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花月夜れん
2,251
世羅 鈴🎨🎤
269,850
ひより
5,242
#主人公最強
伊織
41
魔獣狩猟大会を終えた、その日の夕方。
「きゅいーーっ!」
「待って、ルピ! まだ怪我が完全に治ったわけじゃないんだから!」
夕暮れの学院の中庭を、白いもふもふが元気いっぱいに駆け抜けていく。小さな翼をぱたぱた。芝生をぴょんぴょん。
「ルピー!」
「きゅいっ!」
私が両手を広げると――。
ぴょーんっ!
「わっ!」
「きゅ~♡」
勢いよく胸元へ飛び込んできた。
「もう……」
ふわふわの頭を撫でる。
(可愛いから、全部許す!!)
フローラの精霊魔法のおかげで、翼の傷もほとんど塞がっている。とはいえ、今日保護したばかりなのだ。無茶はさせられない。
「そういえば……」
私は腕の中のルピを見つめた。
「この子、普段は何を食べさせればいいのかしら?」
「…………」
フローラと顔を見合わせる。
「私、魔獣を飼うの初めてなのよね」
「私もですっ。精霊さんたちは、ご飯を必要としませんから」
「…………」
(あれ?)
(勢いで連れて帰ったはいいけど――)
(私、飼育方法なんにも知らないじゃない!!)
「それなら、僕が教えようか?」
「え?」
背後から、聞き慣れた声。振り返ると、レオンがこちらへ歩いてくる。
「レオン?」
「ピボットの基本的な飼育なら分かるよ」
「意外ね」
「意外って失礼だなあ」
レオンが苦笑する。
「僕も使い魔を飼って長いからね」
「あれ? そういえばアレクは?」
「騎士志望の生徒たちと実戦訓練。戦場じゃ有名人だからね。生徒たちが『ぜひ直接指導を』って騒いだらしいよ」
(なるほど)
レオンが首元の宝石に触れた。
「ソル、おいで」
ぱあっと金色の光が弾ける。
「わ……!」
現れたのは、純白のプリズム。虹色に輝く一本角。銀白色のたてがみと、美しい翼。すらりとした四肢に、堂々とした立ち姿。
(何、この子)
(めちゃくちゃ格好いいんだけど!?)
狩猟大会でレオンが捕まえたプリズムも美しかったけれど――。
(顔立ちといい、雰囲気といい……明らかに別格だわ)
「クンッ」
ソルが気品たっぷりに頭を下げる。その瞬間。
「…………きゅ」
「ルピ?」
腕の中で、ルピが固まった。つぶらな瞳が、ソルに釘づけになる。
「きゅ……」
じーーーーっ。
「きゅぅぅ……♡」
「…………え?」
するり。私の腕から飛び降りる。とことことソルの前まで駆け寄ると――。
「きゅい♡」
くるんっ。さらに、くるるんっ!
「きゅいっ♡ きゅいっ♡」
(まさか)
(これ……)
(ルピ、一目惚れしてない!?)
「クン?」
ソルが首を傾げる。興奮したルピは、さらにくるくる。
「あっ、ルピ!」
足をもつれさせた、そのとき。すっ。ソルが鼻先で、ルピの身体をそっと支えた。
「きゅぅぅぅ~~♡」
(完全に恋に落ちた!!)
「…………」
その横で、フローラの目がすっと冷たくなった。
「使い魔まで女性慣れしているなんて」
「え?」
「飼い主に似るって、本当なんですね」
「ちょっと待ってよ、特待生ちゃん。今、ソルは助けただけだよね?」
「あなたといい、その魔獣といい……存在自体がチャラいんです」
「ソルにまで風評被害を飛ばすのやめてくれない!?」
「クーン……?」
ソルが困ったようにレオンを見上げる。
(どう見ても、ルピの方がグイグイいってるわよね……?)
***
「ピボットは、木の実や果物を食べるよ」
「人間が食べるものでいいの?」
「うん。リンゴやベリーで十分。ただ、特に好きなのが――」
レオンが上着から、小さな袋を取り出した。
袋を開いた途端。ふわっ。甘い香りが漂ってくる。
「蜜木の実」
「きゅ!?」
さっきまでソルに夢中だったルピが、ものすごい勢いで振り返った。レオンの掌には、金色に輝く丸い木の実。
「これは王室の果樹園で採れた最高級品」
「きゅいーーっ!!」
ぴょーん!!
「ちょっと、ルピ!?」
私の足元をすり抜け、フローラの前も通過。そのままレオンの胸元へ一直線。
「きゅいっ♡」
「おっと。よしよし」
「ルピぃぃぃ!?」
フローラが、この世の終わりのような声を上げた。
「危険人物から食べ物をもらってはいけませんっ!」
「え、僕、危険人物なの?」
「チャラ男は存在自体が害悪です!」
「ははっ。手厳しいなあ」
レオンは笑いながら、蜜木の実を差し出した。
「きゅきゅきゅっ♡」
ルピは両前脚で抱え、夢中で齧り始める。
「普通の蜜木の実と、そんなに違うの?」
「甘さも違うし、含まれている魔力も多いよ。ソルも大好物」
「クン」
ソルもレオンの隣へ座り、渡された一粒を上品に食べ始める。
「きゅぅ……♡」
ルピが再びソルに釘づけになった。
(イケメン魔獣に最高級おやつ)
(ルピにとってここ、天国なんじゃないの!?)
あっという間に食べ終えたルピが、レオンの指先へ鼻を擦りつける。
「きゅっ♡」
「おしまい」
「きゅ?」
「今日は一粒だけ」
「きゅうぅ……」
丸い耳がぺたんと下がった。
「もう一粒くらい、いいんじゃない?」
「駄目」
「え?」
レオンは、意外にもきっぱり断った。
「ピボットは身体が小さいからね。蜜木の実は栄養も魔力も豊富だし、食べすぎるとお腹を壊す」
「そうなの?」
「可愛いからって、欲しがるだけ与えるのは世話とは言わないよ」
レオンがルピの頭を撫でる。
「また今度ね」
「きゅぅ……」
「そんな顔しても駄目」
(何でも甘やかすタイプだと思ってた)
(意外とちゃんとしてるのね)
***
「水は普通ので大丈夫。ただ、魔獣は本能的に魔力を含む水を好むんだ」
「魔力を含む水?」
「例えば、神殿の聖水。泉の水には濃い魔力が含まれてるからね。ソルも大好きだよ」
「じゃあ毎日あげてるの?」
「いやいや。聖水は汲んだそばから魔力が抜けていくから、保存できないんだ。飲ませられるのも、神殿へ行く年に数回くらい」
「クーン……」
ソルが、心底残念そうに鼻を鳴らした。
(魔獣にとっては、高級天然水みたいなものかしら)
「それから、僕が渡した〈魔獣収納具(ケージ)〉」
レオンが私の手首を指差す。
「便利だからって、ずっと入れっぱなしにしないでね」
「え?」
「中は休むには快適だけど、魔獣にも運動は必要。餌や水も自動じゃないから」
「そこまで万能じゃないのね!?」
「食事と健康管理は、飼い主の仕事」
「はい……」
(責任重大ね……!)
「例えば――ソル」
「クン」
呼ばれたソルが、慣れた様子でレオンの前へ座った。レオンは一本のブラシを取り出し、銀白色のたてがみを梳かし始める。
さらさら。
「……自分でブラッシングしてるの?」
「僕の相棒なんだから当然でしょ」
(使用人に任せてるのかと思ってた……)
その手つきは驚くほど丁寧だった。絡んだ毛を見つければ、無理に引っ張らず、指先で優しくほぐしてからブラシを通す。
「クーン」
ソルが気持ちよさそうに目を細める。
「……あなた、本当にソルを大事にしてるのね」
「?」
レオンが一瞬だけ目を丸くした。
「当たり前だよ」
柔らかな笑顔だった。
「僕がこの子を選んだんだから。最後まで面倒を見るのは当然でしょ? 一体、僕を何だと思ってたの?」
「顔面最強のチャラ王子?」
「即答!?」
「自覚が足りないんじゃないですか?」
フローラが真顔で割り込む。
「……ちょっと当たり強すぎない?」
「事実を申し上げているだけです」
「クーン……」
ソルが慰めるように、レオンへ鼻先を寄せた。
「ほら。ソルだけだよ、僕に優しいのは」
「きゅい♡」
するとルピまで、レオンの脚にすりすりと頬を寄せた。
「あ、訂正。ルピも優しいね。よしよし」
「ルピ! 今すぐ離れなさい!」
「きゅ?」
「こっちです! 私のお膝に避難してください!」
私は、ソルの頭を撫でるレオンを見つめた。
(こんなに甲斐甲斐しく世話する人だったのね)
ソルがこれほど彼を信頼しているのも、ずっと大切にされてきたからなのだろう。
(……ほんの少しだけ、見直したかも)
***
「せっかくだし、ルピの爪も見ておこうか?」
「きゅいっ!」
レオンがしゃがんで手を差し出す。フローラの膝の上にいたルピは、素直にちょこんと前脚を乗せた。
「少し伸びてるね」
「切った方がいいの?」
「うん。伸びすぎると、自分の身体を引っかいちゃうから」
「じゃあ、私が――」
「最初は僕がやるよ」
小さな爪切りを取り出す。
「深く切ると痛いから、この辺までね」
「なるほど……」
ぱちん。ぱちん。
「きゅ~」
ルピは嫌がるどころか、気持ちよさそうに目を細めている。
「上手ね。さすが使い魔飼育の先輩……!」
ぱちん。
「はい。前脚はこれで――」
「殿下!」
少し離れた場所から、教師が駆けてきた。
「王室へ提出する今期の活動報告書と、次期の学院支援金申請について、ご確認いただきたい箇所がございます」
「ああ」
レオンが顔を上げる。
「収支報告も一緒だよね?」
「はい。そちらもお願いいたします」
「分かった。すぐ行くよ」
レオンは爪切りを私へ差し出した。
「後ろ脚も同じ要領。深く切りすぎないようにね」
「分かったわ。いろいろ教えてくれてありがとう」
「どういたしまして。また困ったら、いつでも聞いて」
「行くよ、ソル」
「クン!」
ソルがレオンの隣へ並ぶ。
「きゅぅぅ……♡」
ルピが名残惜しそうに前脚を伸ばした。
(完全に恋する乙女じゃないの……)
「次は後ろ脚ですねっ」
フローラがルピを抱き直す。
「きゅ!」
その時。
「あれ……?」
「どうしたの?」
フローラが、ぴたりと手を止めた。
「お姉さま。こんな模様ありましたっけ?」
「え?」
私も覗き込む。
「……何これ?」
後ろ脚の内側。白い毛の隙間に、金色の細い線が浮かんでいる。円を描くような、不思議な模様だ。
「こんなの、前からあったかしら?」
「最初に治療した時には……気づきませんでした」
「怪我?」
「見てみますね」
フローラが手をかざした。淡い緑色の光が、ルピの足を包む。けれど――。
「治癒魔法が反応しません。ケガや病気ではなさそうです」
「じゃあ、ほくろみたいなもの?」
「たぶん……?」
「きゅいっ!」
「本人も元気だし、まあいっか!」
ふわふわの頭を撫でる。
「きゅ~♡」
ルピはご機嫌そうに、私の手へ頬を擦りつけた。