テラーノベル
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先輩が逃げるようにフロアから消えた瞬間――
佐藤は、10まで静かに数えた。
「……10。」
その瞬間、ふっと足を踏み出す。
「ネグ!! もうええって!!」
すかーが必死に腕を掴もうとした。
「ネグ!! 落ち着け!!」
夢魔も、腕を伸ばして佐藤の前に立ちはだかった。
けれど――
「……邪魔。」
佐藤は声を荒げることすらなく、完全に冷めた目のまま、その手を軽く払う。
払った、というより――意図も簡単に、すかーの腕を避け、夢魔の動きすら読んで一歩後ろへ引き――
本当に、人間とは思えない無駄のない動きだった。
「うそ……」
「……速っ……!」
すかーと夢魔の手は、完全に空を切る。
そして、もう佐藤は二人から離れ、先輩の姿を追っていた。
――追いかける。
逃げる先輩の背中を視界に捉えた瞬間、佐藤の中で何かが完全に切れていた。
ビルの廊下を、無音で駆け抜ける。
ただまっすぐ、一直線に。
先輩はエレベーターへ向かおうとしていたが、それが開く前に――
ドンッ!!
先輩の顔の横、ほんの数センチをかすめる形で、佐藤の足が壁に叩きつけられた。
コンクリートの壁が軽くひび割れるほどの衝撃音が響く。
「――ッ!!」
先輩はその場に尻餅をついた。
佐藤はゆっくりと、顔を伏せたまま見下ろす。
「追いかけっこは終わりですか?」
冷たく、嘲笑うように、口の端だけを上げて。
そのまま、先輩の目をじっと見下ろしたまま、指を三本立てる。
「今なら許してあげます。ね? 3……2……1……」
けれど、先輩は泣きもせず、叫び始めた。
「なんで、なんで私が謝らないといけないのよ!!
資料だってちゃんと管理しないあんたが悪いんでしょ!?
仕事仕事って、そんなの自業自得じゃない!!
彼氏と会って何が悪いの!?
私は悪くない!! 悪いのは全部、佐藤!!」
その瞬間――
佐藤は一切の表情を浮かべないまま、右手をゆっくりと握り――
ゴッ。
先輩の顔面に、ためらいなく拳を叩き込んだ。
「……あぁ、すみません、笑
わし、害虫の言葉って聞こえないんですよね、笑」
先輩は鼻血を流しながら、呆然と佐藤を見上げる。
「で? なんでしたっけ?
なんで、私が謝らないといけないの……ですっけ? あはは、笑
なんで逆に幼稚児でも考えられることを貴方は出来ないんですか?
知識足りてます? 笑」
周囲にいた社員たちは誰も動けない。
ただ、凍り付いたように見ているしかなかった。
佐藤は一歩、先輩に近づき――
「……あぁ、汚い。
大の大人……42歳の貴方がお漏らしですか?
恥ずかしいですねぇ。」
本当に、心の底から軽蔑するような声。
先輩は顔を真っ赤にして、ついに涙を流し始めた。
それでも、佐藤は止まらない。
「……そうだ! 他のみんなにも見てもらおう!」
そのまま、先輩の髪を掴み、引きずるようにして部署へ戻っていく。
「や、やめて……!」
そんな声すら、佐藤は聞かない。
元のフロアに戻った瞬間――
ドンッ!!
壁に、先輩を投げつけた。
放り投げられた先輩は、膝をついたまま、泣き崩れる。
けれど、佐藤は無表情のまま言った。
「謝罪、早くしてください。できるんですよね?
大の大人で、お漏らしして、人に責任をなすり付けて、
人が作った資料を無くして、彼氏とイチャイチャラブラブするからぁ笑 とか言って、
残業させまくった貴方は、“謝罪”出来るんですよね?」
先輩は、ただ震えるだけだった。
その瞬間――
「……優しいうちにはやく謝れ。」
それまでとは比べものにならないほど低く、冷たい声。
フロア全体がシン……と静まり返った。
先輩はついに――泣きながら、声を振り絞った。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
佐藤は、ようやくその声を聞き取り――
「……やっとです、か!」
その瞬間――
ゴンッ!!
先輩の顔面に、もう一発、拳を叩き込んだ。
完全に怒りのままに。
先輩は床に崩れ落ち、その場で動かなくなった。
周りの社員たちの誰もが、ただその光景を見て、声も出せずに立ち尽くしていた――。
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