テラーノベル
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「昨日は……その……夕方、たいよ……じゃなくて……えっと、や、屋久蓑部長のお家でお世話になってて……それで――」
「〝大葉〟でいいわよ。さっき部長から二人の関係、聞いちゃったし。そっか、そっか部長の家にねぇー。へぇー、そうかそうかー。その辺もまた詳しく聞かせてもらうからね!?」
と付け足されてから再度。
「で、体調はどうなの?」
そう問いかけられた。
「……じ、実は今朝はちょっと色々と調子が良くなくて……それで……」
昨日は精神的に。今日は肉体的にグダグダなのだと正直に言えない気恥ずかしさが、羽理の言葉尻を曖昧に鈍らせる。
「色々って何! 朝起きたらまたどこか悪い所が増えてたってこと!? 一晩休んだのに!? 私てっきり昨日は精神的に弱って帰ったんだと思ってたのに……違ったの!? もぅ! だったら寝てなきゃダメじゃない! ――って私が電話で起こしちゃったのか。――羽理、ごめん!」
「いや……わ、私の方こそ……何か色々とごめんなさい。ホント……色々と……」
「さっきからやけに色々と、多いわね? 〝色々〟が何かすごく気になるの、私だけ? あー、けど! とりあえず調子悪いなら無理は禁物! 謝らなくていいからしっかり養生なさい。いいわね!?」
そこまで言って、仁子はちょっとだけ黙ってから、何かに気付いたように小さく息を呑んだ。
そうして――。
「えっと……羽理。悪いんだけどもう一度だけ部長と替わってもらえる? 私、部長に言いたいこと出来たわ! ――羽理は部長に電話渡したらこっちのことは気にせず速やかに寝ること! いいわね!?」
何だかよく分からないけれど、再度大葉に電話を渡すようにまくし立てられてしまう。
羽理は仁子が大葉に何を言うつもりなのか気になりながらも、仁子の勢いに押されるように大葉を呼ばずにはいられなくて。
「あ、あの、大葉! 仁子がまた大葉とお話がしたいって」
「は? 何でだ!?」
「分かんないです。分かんないですけど……何か大葉に言いたいことが出来たみたいです」
***
電話している羽理を残してキッチンへ移動した大葉は、今日一日自宅療養する羽理のため、せっせと弁当を作っていた。
猫柄弁当箱の横に、もうひとつシンプルな容器を並べ置いているのだけれど、自分用ではない。
歩くのもままならない羽理を一人にしておくのは忍びなくて、姉の柚子に羽理の世話を頼もうとメールしたのだ。
まぁ、弁当はそのための賄賂だったのだが。
(昨晩は元気だった羽理が、一晩経ったらズタボロって……絶対なんか言われるな)
そう思いはしたものの、そこはまぁ羽理のため。大葉は甘んじて姉からの非難を受けようと覚悟を決めた。
***
冷凍して持って来ていた作り置きのおかずの中から、甘辛いたれで煮絡めたミートボールを電子レンジへ入れたところで、不意に羽理から声が掛かった。
何故か再度自分に替われと法忍仁子が要求してきているらしい。
生まれたての小鹿みたいにぎこちない様子で立ち上がろうとする羽理を制して彼女のそばまで行くと、通話中のままの携帯電話が差し出された。
今更自分に替わって、何の用があると言うのだろう?
まさか昨夜の情事がバレて、『初心者相手に何してるんですか! ちょっとは手加減して下さい! 部長は発情期のサルですか!』とか何とか責め立てられるのだろうか?
そう思ってゾクッとした大葉だったけれど、別に法忍さんの前で、羽理がヨロヨロとペンギン歩きをして見せたわけではない。
いくら何でも電話で話しただけで、彼女が羽理の不調の理由に勘付いたとは思えなかった。
(羽理もそんなこと話してる素振りはなかった……よ、な?)
女同士がどこまで赤裸々にアレコレ語るのか、大葉には未知の世界だ。
だが、漏れ聞こえていた会話からそんな気配はなかったはずだ。
だが当然のこと、大葉に聞こえていたのは羽理の声のみだったわけで……。
(もしかしたら羽理のやつ、何かやらかしたか?)
何せ相手は奇想天外娘の羽理だ。その可能性は十分にある。
大葉はごくりと唾を飲み込むと、恐る恐るスマートフォンを耳に当てた。
「もしもし……?」
***
「ちょっと部長! 何で羽理、あんなにズタボロになってるんですか!」
もしもし?と電話口から屋久蓑大葉の声が聞こえてくるや否や、仁子は話そうと思っていた会話運びの算段をすっ飛ばして、恨み節を投げ掛けずにはいられなかった。
本人は言わなかったし実際に見たわけじゃないけれど、羽理は絶対相当肉体的なダメージを受けているに違いないと仁子は確信している。
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