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雅史が目を覚まして、心底ホッとした。
あんなに嫌悪していたつもりだったけど、やはり倒れたと知らされると気が気ではない。
_____でもそれは、夫としての雅史より圭太の父親としての雅史のことを心配したんだろうな
それにしても、あんなに憔悴してるとは考えてもいなかった。
それが私との離婚のせいなのか、はたまた京香や他の女のせいなのかわからないけれど。
それでも、元気でいてくれないと憎むのも恨むのも躊躇する。
めちゃくちゃ元気でいてくれないと、こちらも言いたいことが言えなくなりそうだったから、ひとまず“よかった”。
「お水、買ってきたよ、冷たいままでも大丈夫かな?」
ペットボトルの蓋を開けたけれど、ベッドに寝たままではうまく飲めないだろう。
「待って、ベッドを少し上げるから」
ベッドのリモコンを見つけて、ゆっくり起き上がらせ、ペットボトルを口元へ運ぶ。
「少しずつね、お腹がびっくりするといけないから」
雅史は言われるままに、こくこくと二口ほど飲んだ。
「うまいな、この水」
「そうなの?よく見かけるやつだよ」
いつもと変わらない水なのに、変なの。
「先生の話だと、2、3日も休めばよくなるそうだから。お父さんと私は帰るわね。杏奈さん、あとはよろしく」
「そうだな、この機会にちゃんと話し合いなさい。明日また来るけど、杏奈さん、今日のところはお願いするね」
「はい、わかりました」
「じぃじ、ばぁば、またね」
そうだ、このタイミングできちんと話し合おう。
コンコンコンとノックの音がして、入れ替わりに担当医が入ってきた。
「岡崎さん、どうですか?どこか痛い所はないですか?気持ち悪かったりしませんか?」
「どこも痛くはないですが、なんだか体が重くて動けないんです」
「それだけ疲れが溜まっているんですよ。この際しっかり休んで体力を回復してください。検査結果には特に悪いものはなかったので、明日の夕方には退院できますよ」
「よかった……」
あらためて思った。
その夜。
「ごめん、本当に悪かった、杏奈の気持ちを考えずに、その…他の女と。もう遅いのはわかってる、でも俺、一度も謝ってなかったなって、今頃になってさ、ごめんなさい、許してくれなんて言わない、ただ謝っておきたくて」
いまさらだけどと言いながらも、とりあえずは謝ってくれた。
その雅史の言葉は自分で思ってた以上に心に沁み込んできて、これまで抑えていた感情が堰を切ったようように、涙となってこぼれた。
「もうっ!今頃、遅いよっ!」
手にしていたハンカチを投げつける。
「だよな?わかってる、今頃だよな。でも、言っておかないと。それに……俺の状況も説明しとかないとな」
「えっ?何があったの?」
そのあと、雅史の会社の状況が思わしくなく、降格していたと打ち明けられた。
それでも生活を維持するためには、その条件を受け入れるしかなかったということも。
転職も考えたようだけど、思うようにいかなかったのだろう。
慣れない厨房の仕事、朝早くから夜遅くまで働き詰め、休みの日には店内の大掃除をしていたこともあったらしい。
別々に暮らしているけど、雅史は実家にいるんだからと心配なんてしていなかった。
_____これでは慰謝料どころか、養育費も払ってもらえないかもしれない、でもそんなことより今は……
「そっか。でも、ごめん、私はもう離婚することに決めてるから」
「あー、うん、だよな。お金のことなら退院したらまた転職とかも考えてみるから」
これまでの雅史とは違って、弱々しくうなだれる。
「ね、ちょっとだけ圭太といてくれる?もう、目を離さないでね」
「え?あ、もちろん」
圭太を雅史の病室に置いて、私は1人になれる場所を探した。
もやもやしている頭の中を、自分なりに整理したかったからだ。
エレベーターで屋上を目指す。
屋上に着くと、洗濯物を干すスペースの周りに、東屋があったり花壇があったりと、くつろげるスペースになっている。
傾き出した日差しを浴びて、思いっきり深呼吸をしてみる。
澄んだ空気で頭の中をスッキリさせたい。
雅史とはもう夫婦でいることはできない、けれどこのまま放ってはおけない。
_____圭太の父親として、しっかりしてもらわないと
今優先すべきことと、自分の気持ちと圭太のことを考えた。
_____これしかないかな
おかしな提案かもしれないけれど、今はこれしか浮かばない。
「よし!雅史に話してみよう」