テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
77
しめさば
340
冒険者のサハギン討伐隊を追い払い、翌日の正午。
イリヤスの感覚を頼りに白い悪魔を探し船を走らせていると、その反応を捉えたイリヤスの表情が強張りを見せた。
「近い……」
「ついに来たか……。よし、そろそろタライを降ろしてくれ」
それを聞いた船員たちは、俺が持って来た風呂用のタライを次々に海へと投げ入れる。
対白い悪魔用の足場。船尾に繋げたそれが一列にずらりと並んでいるのを見ると、カルガモの親子のようにも見えなくもない。
白い悪魔を中心に、旋回するよう船を操舵すれば、一定の感覚で包囲出来ると考えた。
恐らく白い悪魔はイリヤスを狙うはず。足場の方に注意はいかないだろうと踏んでのことだ。
「お兄ちゃん。気を付けてね?」
「ああ。ミアもな。……カガリ、頼んだぞ」
「無論、何があっても守り抜いて見せます」
ミアは、戦う者たちへの補助魔法をかけたのち、カガリと共に船長室へと避難。
その手に大事そうに抱えられていたのは小さな頭蓋。イリヤスのものだ。
「本当にいいのか?」
「うん、大丈夫。きっとパパが守ってくれるから」
視線を移した先にいたのは、笑顔で頷く霊体のイリヤス。
頭蓋骨をストックしておくのであれば、魔法書の中が一番安全だと言ったのだが、船長室に置いてくれとお願いされたのだ。
父親の面影を残すそこは、イリヤスにとっては思い入れのある場所なのだろう。
「それに、おじさんが死んじゃったら魔法書から取り出せなくなっちゃうんでしょ?」
確かにそうではあるが、死ぬつもりなぞ毛頭ない。
「縁起でもない事を言うな。お兄さんは死なないから安心しろ」
「もし死んじゃったら、一緒に成仏しようね?」
「成仏の仕方がわからないから地縛霊なんだろ?」
「えへへ……」
少々照れくさそうな笑顔を見せるイリヤスだったが、それは恐らく彼女なりの精一杯の強がりだ。死して尚震えるその体からは、十年前の恐怖が滲み出ていた。
それをどうにか和ませようと、冗談のつもりでツッコんではみたものの、返ってきた笑顔は微妙なもの。
ひとまず今はそれでいい。それを最高の笑顔に変えてやるのが俺の仕事なのだから。
徐々に慌ただしくなる甲板。浮き足立つ海賊たち。その緊張感が徐々に伝播していく。
オルクスは操舵を担当し、シャーリーはマストの上の見張り台からの攻撃に専念する。
「コイツの初めての獲物ね……。腕が鳴るわ……」
ミスリル製の弓をジッと見つめ、薄ら笑いを浮かべるシャーリー。気持ちはわかるが、傍から見ると不気味である。
とは言え、レンジャーとしては一流だ。真っ先に相手の反応を捉え、声を上げた。
「来たわよ!!」
「どこだ!?」
「真下!」
蜘蛛の子を散らすように、船から離れるサハギンたち。
「オルクス!」
「【|風変《コントロールウィンド》】!」
信じられないほどの強風。それが帆を膨らませると、船は一気にトップスピードまで加速する。
まるでモーターボートにでも乗っているかのような気分だ。
甲板を船尾まで駆け抜けると、巨大な水柱と共に海面に出現したのは、白い悪魔。そこは、数秒前まで俺たちのいた場所である。
「”アローレイン”!!」
その水飛沫が収まるのを待たずに、先制攻撃を仕掛けたのはシャーリー。
そこから放たれた数十本の矢の雨が、白い悪魔に降り注ぐ。
文字通り矢を雨のように降らせる範囲型の攻撃は、その巨体故、半分以上が命中。それは弾かれることもなく、無数の矢は痛々しく突き刺さる。
「よし、いける!」
それを見て、自分でも戦えることを確信したのだろう。シャーリーの表情は自信に満ち溢れていた。
新たな武器の威力はもちろんのこと、ノーザンマウンテンで戦ったワームと比べれば肉質は比較的柔らかく、動きもそれほど早くない。
「九条の出る幕はなさそうね!」
意気揚々と矢をつがえ、瞬く間に二射目を放つ。
「”スパイラルショット”!」
矢に回転を加え、貫通力を引き上げた一撃。それはシャーリーの想像以上の威力を誇っていた。
ぐわんぐわんと激しく揺れる船上にもかかわらず、その狙いは正確無比。
白い悪魔の巨体に突き刺さると思われたそれは、胴体のど真ん中を貫通し、大きな風穴を開けたのだ。
どす黒い体液が飛散し、誰がどう見ても致命傷と言えるほどの外傷である。
「ヒュウ。やるじゃねえか嬢ちゃん。……でも、それじゃ足りねえ……」
風と同時に操舵もこなすオルクスは、それを素直に賞賛するものの、その表情からは悔しさが滲み出ていた。
力なく沈んでいく白い悪魔。だが、致命傷でさえ修復してしまうのが、悪魔と呼ばれる最大の所以。
ぐじゅぐじゅと不快な音を立てて蠢く傷跡は再生を始め、みるみるうちに塞がっていく。
「早すぎる……」
再生能力があることはわかっていた。だが、あれだけの傷を与えたにも関わらず、白い悪魔はほんの少し動きを止めただけだった。
ゆっくりと体を起こすその巨体には、よく見ると無数の武器が呑み込まれていた。矢は勿論のこと、剣に槍。大きなフックに銛まで。
突き刺したはいいものの、再生能力の所為で引き抜けなかったのだろう。それらは肉体の一部と化してしまっているのだ。
それに気を取られている場合ではない。鞭のようにしなる二本の触腕が、マストの上のシャーリーを狙う。
「やばっ……」
左右から迫る巨大な鞭。そんなもので挟まれたら、ただの人間はぺしゃんこである。
「旦那ぁ! 何かに掴まれ!」
オルクスが声を上げると、船は速度を上げながらもあり得ないほど傾いた。例えるなら片輪走行をする自動車だ。何かに掴まっていなければ確実に滑り落ちるえげつない角度。
甲板に置いてあった木箱がずるずると滑り落ち、海の藻屑と消えていく。
スキルとは違う操舵の巧みな技術と、風を意のままに操るオルクスだからこそ出来る芸当。
そのおかげで、触腕は見事に空を切る。シャーリーは助かったのだが、別の意味でダメージを受けた。
振り落とされないようにと自分とマストを縄で縛り付けていたのが裏目に出た。
甲板の傾き具合を見れば、それ以上にマストの天辺が傾斜していることは明白。
左手には弓。右手には矢。自分を支えているのはお腹に巻き付けた一本のロープのみ。それが圧迫されたのである。
「ぐえ……」
「大丈夫か、嬢ちゃん!?」
見上げるオルクスに片手を上げて答えるシャーリー。急ではあったが、触腕に平手打ちされるよりはマシだろう。
船の傾きが正常を取り戻すと、そこにワダツミとコクセイの姿はなかった。
海へと投げ出されたわけじゃない。一瞬で白い悪魔の触腕へと飛び乗った二匹の魔獣は、それを伝い本体目掛けて走り込んでいたのだ。
水飛沫を上げながら襲い掛かる八本の足を切り刻みながら突き進み、赤く鈍い光を放つ左右の眼球に強烈な一撃を加えると、優雅に浮かぶ木製のタライへと着地する。
「”|雷霆《らいてい》”!」
コクセイの毛が逆立ち、天への咆哮と同時に光の柱が降り注ぐ。
凄まじいほどの雷鳴が辺りに轟き、蒸発する水が霧となって辺り一面を覆った。
「【|呪いの傷跡《カースオブペイン》】!」
そこにダメ押しとばかりに腐食の呪いをかける。再生を止めることが出来れば……。その速度が遅れるだけでもありがたかったのだが、それは何の効果も得られなかった。
オルクスの風の影響かその霧が瞬く間に晴れると、そこにいたのは無傷の白い悪魔。
ワダツミに切り刻まれた眼球も、コクセイに浴びせられた落雷も、まるで何事もなかったかのように佇んでいたのである。