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一夜限りの夢から醒め、ただの国王と王室教師になったある晩、王子たちの勉学の報告に付き添い、ハイネは王の私室を訪れた。公務とはいえ、足を踏み入れるたびに、あの夜の記憶がどこかで疼く。
「失礼いたします、陛下。王子殿下方と共に参上いたしました」
扉が静かに開き、整えられた室内が目に入る。
そこには変わらぬ王の姿と、変わらぬ威厳。
しかし、ハイネの視線は無意識に、部屋の奥──あの夜、月明かりに照らされた場所を探していた。
「……」
ふと、王と視線が交わる。
何でもないように、王子たちの話に耳を傾けるヴィクトール。
けれど、ハイネにはわかる。ほんの一瞬、あの夜の記憶が、あちらにもよぎったことを。
「……ハイネ?」
レオンハルトの声に、我に返る。
「失礼、少し考え事を」とだけ答え、彼は再び淡々と報告を続ける。
何もなかったように、ただ教師として、国王の前に立つ。
だが部屋を出るとき、ふと立ち止まって振り返る。
誰も気づかないような一瞬の間。
そこに、忘れたはずの温度があった。
触れた頬。揺れた睫毛。止めきれなかった気持ち。
──夢だと言ったのは、他ならぬ自分だ。
「……愚かですね、私は」
静かに呟き、再び歩き出す。
振り返ることはない。けれど、その胸の奥には、今もあの夜の名残が、微かに息づいていた。