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丑三つ時、ハイネは誰もいない廊下を一人で歩いていた。その手にはワインがあった。それはかつて、ヴィクトールが好きだと言った、ニーダーグランツライヒ州の白ワイン。
コンコン、とノックの音が響く。
「…失礼します、陛下。」
「その声は、王室教師殿か。もう謁見の時間は過ぎているはずだが?」
「…少し、晩酌をしませんか?」
「……入りなさい。」
それは久しぶりのお誘いで、尚且つハイネから誘うことは滅多にないので、余程のことがあったのだ、とヴィクトールは察した。
「どうしたんだ、珍しいじゃないか。
子供のハイネには、まだ早い品物だな。」
「貴方の冗談は聞き飽きました、ヴィクトール…」
2人で同じグラスを手にし、乾杯をした。
グラスの縁に口をつけたハイネの指先が、わずかに震えているのを、ヴィクトールは見逃さなかった。
それでも、彼の声はいつものように穏やかで、澄んでいた。
「あの夢が…まだ、脳裏に焼き付いて離れない。」
潤んだように見えるハイネの目は、ヴィクトールにはとても魅力的で、麗しいものだった。
「もう一度、夢を見せてはくれませんか。」
ハイネの声は低く、微かにかすれていた。
その瞳に宿るのは、理性ではなかった。
迷いでもない。ただ──本音だった。
「……君が望むなら」
ヴィクトールは立ち上がり、そっと歩み寄る。
ハイネは抵抗しなかった。視線を外さず、ただまっすぐに彼を受け止めた。
優しく肩に触れた手の温もりに、もう、あの夜の冷たさはなかった。
「本当に、これでいいのか?」
「……ええ。今夜だけは、教師も王も忘れて」
グラスの中で揺れる白ワインが、ゆっくりと傾き、やがて机の上に置かれる。
代わりに近づいたのは、二人の唇だった。
再び触れたそのキスは、あの夜よりも長く、深く、熱かった。
躊躇いも、拒絶も、もうどこにもなかった。
そして静かな夜の奥で、ふたりの夢が、そっと再び始まった。