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第24話
あらすじ
大森が抱えていた過去
それは誰にも言えないものだった。
📢時間軸 学生時代→現代
21話の続きです
現代の流れを忘れてしまった方
21話を読んでいただけると思せるかも
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「大丈夫、気にしないで」
若井がそういうと、大森は子犬のような雰囲気で若井を見上げた。
縋るような瞳の温度が、まだ大森の心に不安が残っている事を物語っている。
若井は、飴を与える気持ちで大森の頭を撫でた。
すると大森は唇を噛むと、微かに目を伏せた。
まるで、我慢を強いられている子供ような雰囲気が漂う。
つられて若井まで、少し切ない気持ちになった。
その我慢をさせているのが、自分だと言うことも理解している。
しかし、若井は大森から手を離した。
背を向けると、汚れた場所へと向かう。
若井は、ちらりと床の吐瀉物に目を向けた。
まず、これをどう片付けようかと頭を捻る。
雑巾とかで拭き取るのだろうか。
そういえば、こういうものを片付けた経験が無い。
若井が思考を巡らしていると、ソファーに座っていた湯ノ内が口を開いた。
「それは放っておきなさい」
「え」
若井は突然の指示に驚いて、顔を上げた。
ソファーにゆったりと腰掛けていた湯ノ内は、立ち上がると首元の襟を正した。
「うちの者に片付けさせる 」
若井は、まだ湯ノ内に対して恐怖がある。
できるだけ謙虚に見えるように言葉を選んだ。
「…いや、でも」
若井が戸惑いを示しているが、湯ノ内は興味がないのか部屋の中を歩き始めた。
「君たちにソファーだけの部屋は向いていない」
そう言うと、湯ノ内は部屋の隅にある扉に手をかけた。
「こっちの方が楽しめるだろ」
湯ノ内がドアノブを捻って、扉を開けた。
若井が恐る恐る近寄ると、扉の先にあったのは ベッドルームだった。
若井はトイレだろうと思って気にしていなかったので、驚いて口を薄く開けた。
「…え、」
若井は意味を理解すると、湯ノ内を見つめた。
湯ノ内は若井の方には目も向けず、ベッドルームへ入っていく。
若井はもう一度、ベッドルームを見渡した。
他の部屋よりも照明がワントーン暗く、高級感が漂っている。
部屋の主役のように置かれたキングサイズのベッド。
脳裏に浮かんだのは寝心地の善し悪しよりも、色んな体位が試せそうだという不埒な考えだ。
若井の視線が、流れるように大森に向かう。
対して大森は少し離れた所から、扉の向こうを覗いていた。
しかし、よく見えなかったのかゆっくりと近づいてくる。
そして、部屋の中の大きなベッドを見ると緊張からか少し後ろに下がった。
「元貴」
若井は名前を呼ぶと、腰を抱えるように掴んで引き寄せた。
大森はキョトンとした顔で、若井を見上げる。
すると、若井はとりあえずと言った雰囲気で目を細めて笑顔を作った。
嬉しさなど微塵も無さそうな笑顔だが、整った造形がそれを誤魔化している。
「俺の夢、叶えてくれるんだっけ」
その言葉で大森は何かを感じ取ったのか、顔の表情が固まった。
答えずに、こちらを観察してくるので若井は続けて話した。
「なんでもするって言ってくれたよね」
そういうと、腰に回してあった若井の指がスルッと大森の脇腹を撫でた。
大森は微かに目を開くと、黒目がちな瞳を揺らした。
それでも、若井が何も言わないで待っていると大森から瞳を逸らされる。
大森は瞬きを何度かすると、落ち着いて見えるように努めて答えた。
「言ったけど…ほら、しねとか言われたら難しいわけで」
そう言うと、上目遣いで若井を見つめた。
「言葉の綾じゃん、ね」
「あ…そういう事、言っちゃう?」
若井の瞳の奥が、一瞬光ったように感じた。
なので、大森は余計に緊張して喉をゴクッと鳴らした。
二人の間にヒリついた空気が流れた瞬間
若井は打って変わって、柔らかく微笑む。
「うそうそ、思ってないよ」
笑いながら、ポンポンと大森の肩を叩く。
それでも、まだ大森の心は氷水に浸かったままだ。
今まで若井が他人に対して、こういう態度を使っている所を見た事はあった。
だが、大森に対しては決して取らなかった。
それは若井なりに、思う所があっての行動なんだろう。
しかし今日、初めて直接受けた大森は強い衝撃を感じていた。
実際に体験すると、後半の”思ってない”という言葉に心が 入ってないように感じた。
建前という雰囲気が全面に出ていて、予想以上に嘘っぽい。
それに比較して前半の怒りには、嫌というほどリアルさがある。
とっさに謝ろうかと思った程だった。
大森が衝撃で立ち尽くしていると、若井が振り返ってこちらを見た。
「元貴、おいで」
そういうと、手の平を見せながら大森に手を伸ばした。
大森は、その手に恐怖を感じてしまった。
耐えられず一歩下がると、若井の手が固まった。
大森は、微かに罪悪感を抱いた。
意図的に若井を煽った事を、大森が一番自覚しているからだ。
近づいたから、距離を取るなんて確かに身勝手だ。
しかし恐怖を無視して触れる事を許すのも、何か違う気がした。
そんな事をぐるぐる思考していると、若井が一歩近づいてきた。
大森が顔を上げる前に、若井は大森の腕を強く掴んだ。
「えっ」
大森は力の強さに戸惑ってしまい、引かれるままに歩いた。
若井も、弁解せずに大森の腕を引っ張って歩いていく。
「…まって」
大森の怯えた声も無視をして、ベッドに押し倒そうと肩を抱えた。
「な、」
大森が呻くように言うと、倒されないように若井の肩に腕を回した。
「まてって」
大森が絞り出すように低い声を出す。
「なんで?夢叶えてくれるんでしょ」
若井は、抵抗する大森を倒そうと躍起になった。
「言葉の綾だって!!」
大森も叫ぶと、若井から離れないようにしがみついた。
若井は、そんな大森を引き剥がそうとするがなかなか力が強い。
なんだよ、いまさら
若井の苛立ちが加速すると、無意識に舌打ちをしてしまった。
大森は、その音に敏感に反応した。
弾かれるように顔をあげると、若井を見つめる。
「いいから寝て」
若井がうんざりした声色で言うと、大森も伝染したように顔を顰めた。
「…なにしようとしてんの?」
「いや、本当はわかってるでしょ」
若井があっさりと言うと、大森はムッとした表情で黙り込んだ。
若井は大森の肩を掴むと、身体から引き剥がすようにベッドに寝かせた。
大森も諦めたのか、仰向けのまま寝転んだ。
柔らかな黒髪が、ふわりと広がると白い枕によく映えた。
その雰囲気に一瞬、見とれた時
大森の黒い瞳がゆっくり動くと、若井を見た。
視線がぶつかった瞬間、若井は心が竦んだ。
元貴を汚す権利が自分にあるのか
そんな恐怖が、突如として生まれたのである。
この恐怖の根源は、大森の気配から生まれていた。
大森の暖かく優しい瞳の温度や、人懐っこそうな仕草はとても引力が強い。
故に、それでイメージが固まってしまう。
しかし今、刹那に見えた彼の瞳は野生動物の様な気配を思い起こさせた。
その気配が何なのか、はっきりとは分からない。
例えば、何かのタイミングをじっと忍んで待っているような。
その時が来れば、全てを狂わせる程の手段を使って来るのではないか。
そう疑ってしまうほどの何かだ。
「…元貴」
若井は、つい大森の名前を呼んだ。
目の前にいるのは、自分が知っている大森なのか。
それを確かめたくなった。
しかし、大森は首を少し傾けただけで何も言わなかった 。
むしろ、その仕草せいで尚更に浅ましさが見透かけている様な不安に包まれた。
だが、沈黙が痛くても大森からは目を逸らせなかった。
逸らしたら、重要なことを見逃しそうな気がしたからだ。
「若井」
大森のふっくらとした唇が動く。
「大丈夫?」
大森が心配の言葉を吐くが、それでも野生動物のような気配は消えていない。
その所為なのか、若井は大森の言葉を素直に受け取れなかった。
そんな若井の怖気を感じたのだろうか。
大森の瞳が一層暗くなると、若井の視線を食うように見つめ返した。
若井は、その瞳の強さに呑み込まれた。
そして同時に、 大森に一歩近づかせる隙を見せてしまったと緊張に似た感情に襲われる。
大森は若井に手を伸ばすと、手を握った。
「怖くないよ」
そういうと大森は若井の手の平に、頬を擦り寄せた。
さらに打って変わって、大森は聖母のような顔を見せた。
暖かく抱擁するような視線が、若井の心を溶かしていく。
すると、あれ程に強かった気配がただの勘違いの様な気すらした。
「ね、キスして」
大森が若井の手に頬擦りしながら、呟くように囁いた。
その甘い声に心が撃ち抜かれると、急激に欲望が湧き上がった。
若井は誘われるままに、顔を近づけると感触を確かめるようにキスをした。
しばらく触れ合ってから離れると、大森が嬉しそうに目を細めた。
若井も吊られて頬を緩める。
もう一度触れようと顔を寄せると、太ももに何かが当たった。
若井が反射的に視線を下ろすと、大森の足が当たっていた。
若井は偶然だと思い、とくに気にせず視線を戻した。
すると、今度は股間をぐっと押される。
そこで若井はやっと、これが意図的だと気がついた。
再び下半身に目線を向けると、大森の足が若井の股間を撫でていた。
太ももで擦るように刺激されると、物足りなさが溢れる。
大森からの性的なアピールは、若井にとっては抗えないほどの劇薬だ。
愛しさの様な感情が、心から溢れ出る。
若井はアピールに返事をする様に、大森の頬を指で撫でた。
「僕ね、」
大森が、ポツっと言葉を吐く。
じっと若井を見つめると、瞳の色が切なげに揺れる。
若井は、何故か悪い予感がした。
「ちゃんと若井のこと見てるから」
甘かった雰囲気が再び、例の気配に飲み込まれていく。
「そうでしょ」
若井は大森の頬から手を離せないまま、思考を回した。
“そうだね” と彼の言葉を肯定するべきだ。
絆を深めたいなら、それが正解だろう。
しかし、若井は胸騒ぎを感じていた。
やはり、さっきの気配は勘違いじゃなかった。
大森は、虎視眈々と何かを狙っている。
若井は肯定の言葉の代わりに、その場凌ぎでしかない感謝の言葉を使った。
「…ありがと、嬉しい」
若井は、緊張しながら返答した。
すると、大森は顔をくしゃとさせて嬉しそうに笑った。
「えへへっ」
言葉にならないほどの可愛さに、警戒心が一瞬で崩れた。
つい、若井の頬も緩む。
「…こちらこそだよ」
大森が呟くと、ふっと可愛らしい雰囲気が消えた。
口角が三日月のように上がると 、作り物のような不気味さが漂う。
「若井も分かってくれてんだ、嬉しい」
若井は再び、口を閉じた。
崩れた警戒心を慌てて立て直す。
しかし、大森はこのタイミングを逃さんと言葉を続けた。
「若井の為に、何を犠牲にしたと思う? 」
若井の呼吸が早くなった。
この言葉の先を知るべきじゃない
強い恐怖が若井の心を支配していく。
「まぁ、若井と一緒に居れるなら何でもいいんだけどね 」
大森が考え込むように、首を傾げた。
「でも、たまに思うんだ
いつか若井を選ばない未来もあるのかなって」
大森の言葉に、若井の心が悲しみで染まっていく。
その”いつか”が来たら、俺は選ばれなくなるのか
若井が呆然としていると、大森が顔を覗き込んだ。
そして、くすっと笑う。
「そんな顔しないで」
大森の指が若井の頬を撫でる。
「本当、若井って正直だね
僕には隠せないの?」
大森の瞳が、ふわりと優しくなる。
「若井のそういう所が好き」
若井は、都合が良いなと思う反面
抑えられない嬉しさが胸に広がった。
「意外と傷つきやすい所も好き
すぐ空気読んじゃう所も可愛くて好き」
大森にしては珍しい素直な言葉に、若井の体温がどんどんと上がっていく。
「でもね、」
大森が子供を寝かしつけるような、優しい声で囁く。
「若井が一番可愛い時はね
頑張って僕の期待に答えてくれてる時」
若井の頭の中で、警戒アラートが大きく鳴り響く。
何か、大きな物を要求される予感がした。
しかし若井にとって、厄介な所はそこではない。
一番厄介なのは、若井自身がその期待に答えたいと思い始めている事だ。
「僕はそういう時に、若井を一生大切にしようって思えるの」
大森がそう言うと、若井の頬を包み込むように両手で触れた。
「分かってくれる?」
若井は、ごくっと唾を飲み込んだ。
確かに、大森の求める期待に答えようという想いは常にある。
しかし、それは音楽面の話だ。
そもそも、今まで大森がそれ以外の期待を口にする所を見た事がない。
そんな極端さが大森らしいというか
純粋に、音楽に繋がる部分にしか興味が無さそうに見えた。
そうだ、元貴はそう言う人だ。
もしかして、これもその類いなのか
若井は、言葉を探すと口を開く。
「期待してくれるなら…
答えたいって想いはある」
若井は、やけに唇の乾きを感じて舌で舐めた。
「それくらい元貴の音楽が好きだから」
「僕の音楽だけ?」
大森の口角が片方だけ、ぴくっと上がった。
若井は、ほぼ反射的にフォローをした。
「いや、もちろん元貴も好き」
「そうだよね、びっくりしちゃった」
若井は言いようのない切迫感に包まれると、大森の瞳から目を逸らした。
何を期待してるんだ
音楽の事じゃないのか
若井は、とうとう逃げ道を塞がれた気がした。
迷いや不安はあれど、大森に嫌われたくない。
この想いが若井に白旗をあげさせた。
「何したら…いいの?」
「うん、簡単だよ」
大森が驚くほどあっさりと、決死の白旗を受け入れた。
その反応が期待の一部しか答えられていないと言われたようで、余計に心が沈む。
「そのままでいいよ
僕に全部見せて、隠さないで」
若井にも、この言葉が “貴方のままでいい” と言うような甘い言葉ではない事は分かる。
懸命に期待に答えようと努力する人
さらに隠し事もせず、大森を愛せる人
まるで、おとぎ話の王子様のみたいな人格だ。
そのハードルの高さに心が苦くなる。
「ずっと一緒にいよう、お願い」
若井の顔に添えられた両手が、頬の肉を強く揉んだ。
ヒリつくような痛みと圧迫感で、若井は動けない。
「僕に飽きたって思わせないで
終わったって思わせないで」
大森の真っ黒な瞳が、若井の瞳を覗き込んだ。
「それだけ守ってくれるなら
ずっと大切にしてあげる、死ぬまでずっとね」
#🍏
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初コメです!更新ありがとうございます✨️いつも更新が楽しみすぎて、ぴりさんの作品更新ないかなぁ〜とドキドキしてます🥺学生時代のお話も可愛らしくて大好きでしたが、現代の攻め攻められが止まらないOmrさんも好きです最高です!!!続き楽しみにしてます😊
わぁぁぁぴりさぁぁぁんん!!! 待ってました!!!今回も最高😭💘💘 今回も長編!ぴりさんの作品は長ければ長いだけいいですからね! まじ描写神すぎてめっちゃ惹き込まれる笑 ひゃーーー最後の言葉好き!「死ぬまで」とか超重い純愛に過ぎないですからね最高ですまじありがとうございます! もう本当に大好きです! あと、勝手ながらもファンマーク付けました!
わー!!投稿ありがとうございます!現在の続き、すごく気になってたのでうれしすぎます!💕若井さんが優勢なのかな?って思ってたら受けなのに攻め攻めなかんじの大森さんがきてくれて終始にやにやが止まらなかったです😭策士すぎる大森さんに、どこかで分かってても受け入れちゃう若井さんもメロすぎて尊い…ほんといつも描写が細かくてすごいなぁ、すごいなぁって尊敬しっぱなしです!😭(いつかそんな風に書けるようになりたい…)これからも応援してます!!