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コット村遠征、二日目の夜。
「そろそろ飯にしましょうか?」
グラハムとアルフレッドの二人は、昨日と同じ時間に食堂へと顔を出した。
今日も食堂は盛況。それは、昨晩の事を忘れ去るに丁度良い騒がしさでもあった。
(あれは夢だったのだ。そうに違いない。気にするだけ無駄だ)
食堂の空いている席を探し二人で腰掛け、昨日と同じ物を注文する。
客の入りから、今日も待たされそうだと憂慮していると、隣の席の家族連れだろう客の話が自然とグラハムの耳に入ってくる。
「ねぇお母さん。ご飯がくるまででいいから、何かお話しして?」
「はぁ、しょうがないねぇ。じゃあ村の守り神様のお話でいいかい?」
「わーい。私守り神様のお話好きー!」
子供の母親が控えめに咳ばらいをすると、思い出すように口を開く。
「むかしむかし、この村がまだ炭鉱の村として栄えていた頃。村に住む人たちは平和に暮らしていました。しかし突然、炭鉱に恐ろしい怪物が住み着いたのです。おかげで村人達は炭鉱に入ることが出来ず困っていました。その事を王様に報告すると、王様はお城の兵士達をそこへ向かわせました。しかし兵士達も逃げ出してしまうほどに怪物は強く恐ろしかったのです。王様でもダメなら、もうどうにもならないと諦めていたその時、村に一人の旅人様がやって来たのです」
「私知ってる! その人が神様になるんだよね?」
「そうだよ。……村人達から怪物の話を聞くと、旅人様はその怪物を退治してみせようと名乗りを上げたのです。旅人様と怪物の戦いは三日三晩続く死闘でした。そして最後には旅人様が怪物を打ち滅ぼしたのです。しかしその代償に、旅人様の両腕はなくなってしまいました。村人達は旅人様にお礼を言うと村に住まわせ、死ぬまでお世話し続けました。……その旅人様が村の守り神となって、今でも私達を天から見守って下さっているのよ?」
「ご婦人! その話は本当か!?」
グラハムは勢いよく立ち上がると、ガラにもなく声を張った。
その声に驚き、目を丸くする母親。食堂はシンと静まり返り、 全員の視線が一点に集中する。
「あっ……、いや……すまない……」
ハッとなったグラハムが恥ずかしさのあまり我に返ると、静かに腰を下ろした。
「村の昔話が気になるのかい?」
食堂が賑わいを取り戻すと、グラハムに声を掛けたのは先程の子供の母親。
「ええ……まあ……」
「村に伝わる古い言い伝えでね。ホントかどうかは知らないけど、この村では危険な炭鉱に子供を近づけさせない為の戒めとして、言い聞かせているんだよ」
「そうでしたか……」
両腕のない老人……。グラハムはそれに見覚えがあった。
(あれが、話に出て来る守り神なのだとしたら……)
「グラハムさん。伝承に興味があったんですか?」
「ん? あ、ああ……。まあな。歴史を知ることも重要だ……」
「なるほど。さすがグラハムさん」
(昨晩の老人が守り神だとすれば、私達は敵だと思われているという事なのだろうか……)
村の入口にある看板は、プラチナプレート冒険者がいる村として認知してほしいという意思表示。
村に住むプラチナプレート冒険者など異例中の異例。それは村の特色であり、いずれは誇りとなるだろう。
(それを引き抜き連れて行こうとする私達は、村から見れば悪と言われても当然なのかもしれない……。もしそうなら、今夜も昨晩と同じ事が……)
仕事でなければ帰っていただろう。しかし任務な以上そうはいかない。
昔話など聞いてしまったせいで考え込んでしまったが、あれは夢で片付いたはず。
気のせいだ、今日は大丈夫! 根拠もなく、グラハムはそう自分に言い聞かせると、急ぎ定食を頬張った。
「じゃあ会計は済ませておくので、グラハムさんは先に外で待ってて下さい」
アルフレッドに二人分の食事代を渡すと、先に食堂を出たグラハム。温まった体に冷たい風が吹きつける。
食堂の壁に寄り添うように備え付けられた長椅子に腰掛け、アルフレッドを待つつもりでいたのだが、そこには先客がいた。
長い黒髪の少女。前髪が長く上から見下ろす形になる為、顔はよく見えない。
肌寒い野外にも関わらず、女の子の来ている服は薄手の白いワンピース。村の子供だろう少女が椅子に座り、足をぶらぶらとさせて誰かを待っているようにも見える。
こんな時間に子供を放っておくとはなんて親なんだ。グラハムがそう思っていると、少女はグラハムに気が付きその顔をジッと見上げた。
それに不快感を覚えたグラハムであったが、子供に怒鳴るような真似はしない。
「お嬢ちゃん。お父さんかお母さんは?」
「まだ中でご飯食べてる」
「外は危ない。おじさんは中に戻った方がいいと思うけどなあ」
「大丈夫だよ。この村には守り神様がいるもん」
グラハムはそれを聞いて顔を歪めた。村ではかなり浸透している話なのだろうが、思い出すだけで不愉快だ。
「守り神様は凄いんだよ! この前来た盗賊さんだってやっつけちゃったんだから!」
「なっ!? ……それは本当か?」
村が襲われたのは事実。そして記録では村人達が盗賊団を壊滅させたとなっているが、にわかには信じがたい話だった。
二十人弱の盗賊達が村人達に負けるなどありえない。しかも、その中にはシルバープレート級の賞金首がいたのだ。
(盗賊を倒したのが村人ではなく、守り神様なのだとしたら……)
「ホントだもん! 私見たもん! ……盗賊たちの首に白い線が浮き上がったと思ったら、首がポーンって飛んで行っちゃったの! キャハハハハ……」
目を見開き、甲高い声で笑う少女。
気味が悪く気でも狂っているのかと思い、グラハムが関わるのを止めようとしたその時だ。
少女は笑うのを止め真顔になると、スッと手を上げグラハムの首元を指差した。
「……おじさんにも見えるよ……」
今度は女の子とは思えない低い声。
突如食堂の扉が勢いよく開き、その音にグラハムは驚き跳ねあがった。
「はぁ、食った食った。……ん? グラハムさん、胸を抑えてどうしたんですか?」
出て来たのはアルフレッド。
心臓が口から飛び出そうなほど驚いたグラハムであったが、それというのも全てこの少女の話を聞いたからだ。
(悪い冗談を言う子には、お仕置きをせねばなるまい)
しかし、グラハムが椅子の方へと振り返ると、そこに少女の姿はなかった。
一気に呼吸が荒くなるグラハム。それと同時に冷や汗が大量に吹き出してくる。
「グラハムさん? 大丈夫です?」
「アルフレッド……。ここに今、子供がいなかったか?」
「いえ、見てないですけど……」
アルフレッドを相手にしている内に逃げたのだろうと、食堂の裏へ回ってみても人っ子一人いない。
グラハムは流れてくる冷や汗を手で拭うと、最後に言われた言葉を思い出した。
「アルフレッド! 俺の首に何か……何か線のような模様が見えるか!?」
「えーっと……暗くてちょっと見づらいですけど、確かに白っぽい線みたいなのがありますね。日焼けですか? グラハムさんネックレスとかしてましたっけ?」
バクバクと鳴り響く心臓。その息遣いは最早過呼吸と言っても差し支えないほど激しいものだ。
それを見ていたアルフレッドもグラハムの様子がおかしいことに気付いたのだろう。
「グラハムさん、ホント大丈夫ですか? ちょっと落ち着いて深呼吸とかしてみてはどうです?」
もしかしたら、自分も盗賊達のように殺されるかもしれないと思うと気が気ではない。
しかし、アルフレッドの言う通り。焦っていても仕方がないのも確かである。
言われた通りにグラハムは大きく深呼吸をすると、少しだけ落ち着きを取り戻した。
「大丈夫だアルフレッド。すまなかった……」
そして村の門とは反対の方向へと歩き始めるグラハム。
「あれ? グラハムさんどこ行かれるんですか?」
「今日は宿屋に泊まろうと思う」
「えっ!? なんで急に……」
怖いからだ! とは言えない。グラハムにも威厳というものがある。人前で無様に泣き叫ぶわけにはいかないのだ。
(これは悪い夢だ……)
そう思いたいのだが、もうその範疇はとうに超えていた。
「やはり、ベッドで寝た方が疲れも取れるしな……」
「確かにそうですけど……。テントと馬はどうするんです?」
「宿が確保出来たら引き上げに行く。ひとまず宿屋だ」
「はぁ……。わかりました」
(私の急激な心変わりを不審に思っているだろう。だが、どう思われようともあそこには戻りたくないのだ……)
――――――――――
「申し訳ありませんお客様。本日は満員でございまして……」
グラハムは宿屋の店主の言葉に絶望した。
「いや、どこかに空きがあるはずだ! 探してくれ!」
目に見えて困惑する店主。グラハムはガタガタと震える身体を必死に抑えていた。
昨晩の様な事が起これば、もう堪えられる自信がない。グラハムの心は既に折れかけていたのだ。
その後、グラハムとアルフレッドは一時間ほど粘ったが、空いてないものは空いてないと追い返されてしまった。
仕方なくテントに戻るも、目には見えない何者かが命を狙っているかもしれないという恐怖は続く。
マラソンをした後のような激しい動悸。グラハムの息は荒く、発汗は止まらない。
「グラハムさん、大丈夫ですか? やはりギルドで診てもらった方が……」
「はぁ……はぁ……いや、大丈夫だ。問題ない……」
そう見えないから、アルフレッドはグラハムを心配していた。
喉の渇きを潤そうと、何度も唾を呑み込むグラハム。
「とにかく、今日は休んで下さい。自分が徹夜で見張りをしますので。朝になったら少しだけ仮眠させてくれれば大丈夫ですから」
本来であればそんな申し出を受けるグラハムではないのだが、今のグラハムにはそこまでの余裕はなかった。
(寝てしまおう。寝てしまえば何も起きずに朝を迎えることが出来るかもしれない……)
足に力が入らず、フラフラの状態でテントへと潜るグラハム。
しかし、興奮気味なせいか、なかなか寝付けるものじゃなく、目を瞑ると思い出される昔話……。
忘れようにも忘れられない。最後に少女が見せた冷たい瞳。冷酷で無慈悲。人を人と思っていないような、生気のない瞳。
次に目を開けるときは、天国かもしれない――。
本気でそう思ってしまっていたグラハムは、そんな自分に酷い情けなさを覚えながも、神に祈りを捧げるよう眠りについた。