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アルフレッドは火の番をしながらも、グラハムを心配していた。
グラハムがテントに入ってから二時間。酷く荒い呼吸は徐々に落ち着きを取り戻し、一時間ほどで眠りについたようだ。
第一王子の専属騎士となってから五年。グラハムに付き従い、数々の仕事をこなして来たアルフレッドであったが、こんな状態のグラハムを見るのは初めてだった。
明らかに本調子ではない。昼に行うはずだったウルフ狩りを中止にしてよかったと心の底からそう思っていた。
病気であればギルドで診てもらえれば良くなるのに、頑として譲らないのはグラハムらしい。だが、意地を張っている場合ではない。
(……そうだ! グラハムさんが寝てる間にギルドの|神聖術師《プリースト》を連れて来て、治してもらえばいいじゃないか!)
そうと決まれば善は急げだ。深夜に村を訪れる事になるが、こちらも緊急。理由を話して助けてもらうしかないと、アルフレッドは急ぎ支度を開始した。
ギルド職員の説得を含め、往復で一時間もあれば戻って来られるだろう。
それまでに焚き火が消えてしまわないよう薪を多めに投入し、組み替える。
(グラハムさん、待っていて下さいね!)
アルフレッドは最低限の装備を纏い、村を目指し走り出した。
――――――――――
凄まじい悪寒がグラハムを襲い、目が覚めた。グラハムは起こるべくして起こってしまったのだとすぐに理解した。
とはいえ二回目。すぐに飛び起き、アルフレッドに声を掛ければ何とかなるだろうと行動に移そうとしたが、その見込みは甘かった。
目覚めたその時から、体が言う事をきかないのだ。
「カッ……ハッ……!?」
アルフレッドを呼ぼうにも、まるで喉に何かが詰まっているようで声すら出ない。
昨日と同じく、ブツブツと何かを呟きながらグラハムへと迫ってくる声の波。
テントの布一枚を隔てた先にはアルフレッドがいるのだ。焚き火の明かりが、その影をテントに映している。
距離にして僅か二メートルほど。その程度の距離が、グラハムには限りなく遠く感じられた。
(アルフレッド! 気づいてくれッ!!)
何かを呟きながら迫る声達がテントの目の前まで迫り来ると、それが急に途絶えた。
一時の静寂――
次の瞬間、テントに白い手形がべたりと張り付くと、徐々にその数は増えていく。その勢いでガサガサと揺れるテントは、台風の中に閉じ込められたかのように激しく形を変える。
再びの恐怖がグラハムを支配し、心臓が乱打を打ち、喉の奥がひきつる。
動けるのなら一目散に逃げ出しているだろう。いや、恐慌して気が触れているかもしれない。
テントが手形で覆いつくされると揺れが収まり、昨晩と同じ声が耳元で囁かれた。
「カエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレカエレ……」
「……やめろ! やめてくれぇぇ!!」
するとその声はピタリと止まった。
グラハムはハッとした。声が出たのだ。これで助けが呼べる。そして、渾身の力を込めて叫んだ!
「アルフレッド! 助けてくれぇぇぇ!」
テントの薄膜を隔てアルフレッドの影が立ち上がると、その顔を覗かせ、いつもの調子で「グラハムさん、大丈夫ですか?」と言ってくれる――そう思っていた。
しかし、アルフレッドの影はピクリとも動かない。
なぜ動かないのか……。聞こえなかったのかと再度声を上げようとした刹那、耳元で囁かれた言葉に絶句した。
「うらめしや――」
グラハムがその意味を理解する間もなく、アルフレッドの影が揺れ、首から上がずるりと滑り落ちるように地面へと転がったのだ。
「――ッ!?」
白く染まったテントが赤みを帯びてじわりと滲む。幕に映る影は頭を失ったまま、ゆっくりと膝を折り倒れた。
その先に凄惨な光景が広がっているだろうことが、グラハムには安易に想像ができたのだ。
「アルフレッドぉぉぉぉぉ!」
視界が滲み、涙が頬を伝って落ちていく。後悔の念が胸を締めつけ、呼吸さえもままならず、グラハムはそのまま意識を失った。