緊張が足の動きに出ている気がする。
やけにかくかくとした足並みで、
ズレるリュックの肩を握りしめて
僕はその──目の前に僅かに見えた白い巨大な校舎に向かって歩いていた。
スマートフォンのナビアプリを起動し、
にらめっこする。
「多分…この方向だと思うけど…」
目的地に表示された、「私立英才学園」の文字を見て、額に汗がつたる。
超名門校として名高い英才学園に僕が選ばれた実感はまだ少し湧かない。
あらゆる分野で「超高校級」の才能を持った高校生たちを集めることで有名なこの学園。
それは、世界中から大注目の天才スプリンターであったり、はたまた伝説級になると噂の歌舞伎役者であったり様々だ。
「卒業すれば今後の人生の成功が約束される」なんて言われてしまうくらい、卒業生は偉大で有名なんだから、全国各地の高校生のいわば憧れ。
僕もその憧れていた平凡な学生のひとりに過ぎなかった、のに。
『 入学通知書
明戸 新 様
貴方を 超高校級の小説家 として
本校に 招き入れることになりました 。 』
漂白されたような、綺麗な白い封筒に
綴られた自分の名前を見て、頭が真っ白になったことはまだ記憶に新しい。
必死になって「英才学園スレ」で検索をかけたものだ。名前一覧にはどう検索しても確かに自分の名前が載っていて、手汗が滝のように流れたのだった。
…そうだ!みんなに自己紹介するのを
忘れていた。
長々と、またくどくどと話してしまうのは
僕の悪い癖だ。
人とコミュニケーションを取らず、
いつもメモ帳とにらめっこしていたのも大きな要因だろう。
今のうちに練習のつもりで喋らなければ。
自己紹介で躓くなんて、縁起が悪いし。
僕の名前は、“明戸新“。
見た目や性格と全くもって噛み合っていない
希望に満ちたそんな名前。
…なんだかんだ気に入っているけれど。
まあ、そんな事は置いておいて。
まさか、趣味の一環でネットに投稿しただけのただのど素人小説が知らぬ間に超高校級になっていただなんて…。世にも奇妙とはまさにこのことだ。
僕が選ばれるなんて、今年は欠員があったのか?と心配になってしまうくらいだ。
そもそも、入学試験を行っておらず、完全スカウト制なこの学校に欠員なんて概念はないのだけれど。
そんなことで唸っていると、
通り道の記憶もあやふやなまま、
無事校門の前に着いてしまった。
正直、何もかもまだ実感は湧かない。
なんで僕なのか。
そのくらい、僕にとっての小説というものは自分の体の爪くらいの感覚で、全てを捧げた努力も強く込められた思いもない。ほんとに、沢山ある趣味のひとつ程度の感覚だった。
けれど、選ばれたってことは
きっと何か僕の小説に「超高校級の良さ」があるはずなんだ。
僕の見いだせていないものが眠っているはずなんだ。
僕がそう思っていなくとも、
傍から見れば「英才学園の学生」
ふさわしい模範的な生徒になれるよう、
頑張らなければ!
高校デビューや大学デビューでキャラ変するように、僕はここで新しい人生を歩むのだ。
爽やかな春の門出を祝うように、強く、力強く右足を前に出した…はずだった。
出したはずの右足は思い切りバランスを崩した。ぐにゃりと曲がった視界は、
まるで白紙に広がるインクのように静かに、でも恐ろしい速さで広がっていく。
ああ、失敗したな、
出だしでコケるとか絶望的だなあ…なんて、
呑気なことを考えながら、何も抵抗もできないまま、僕の意識はインクにただただ吸い込まれていった。
そうだ。
..この先の学園生活が幸か不幸かなんて、
この時点で気づけるはずもなかったんだ…
だっ█、
僕はずっとずっとずっとずっと███に憧れていて、
それででもだって僕は██で才能才能才能才能も██ だからこそ僕はどうしてもきっとだからそうそれでそれでそれでそれでそれでそれでそれで
▶︎ 未知のウイルスを発見しました
処理します。少しの間お待ちください
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DANGANRONPA |
タイプ―T|
CONTINUE
▶︎NEW GAME
QUIT
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………………………
……………………………… 。
あの門を潜った。
たしかに僕はあの門を潜った。
それだけだった。
別にそこから階段を登って、渡り廊下を渡って、教室に移動した訳でもない。ただ。ただ、1歩踏み出しただけ。
それなのに………。
僕の目は目の前に現れた「教室」を確かに捉えていた。
つい過剰に息を飲んでしまう。
そして、その目の前の…合計30もある目もまた、僕を確実に捉えていた。
「 おい、貴様。何者だ?」
1番奥の椅子に腰かけた、銀髪の青年が軽く僕を睨みつける。
「あ、ごめん……いや…その。」
緊張して言葉がどもってしまう。
仕方ないじゃないか、そもそも外に出たことすら僕の中では奨励賞ものなんだから。
僕の夢にまで描いた英才学園での高校デビューは無事教室の隅に儚く散った。
慌てたように手前の席に腰掛けている、
毛先のはねたショートボブの少女が
「 まあまあ!きっと、そこの彼も大喜多たちと同じ状況で混乱してるんじゃない… ? 」
と、優しくフォローする。
「 こんなモブ顔みたいなのが本当にわたしのクラスメイトなの……???」
疑い、少し怯えるような表情でこちらをじっと見ている少し乱れた長髪の少女。
それから何も気にしちゃいないように飛行機の模型を撫でている桃髪に、
ちらちらと周りの異性の脚ばかり眺めている少年。
間違いない。
僕がいるのは、
紛れもなく、英才学園の教室なんだ。
確かに掲示板で見た、あの人たち。
平凡な教室に似つかないオーラを見事に纏っている様は、まさに超高校級そのもので。
少し変わっているだけの普通の人々に過ぎないはずなのに、僕の身体に緊張が走る。
いや、かなり変わっているような気もする。
ドがつくほど普通で平凡で。
そんな僕と対等に接してくれるのだろうか。
門をくぐる前に出した勇気はとうに忘れて、ただ獲物に狙われた小動物のように背中が縮こまる。
振り向く事すら何か恐ろしいように感じられて、手探りで教室の扉を閉める。
「 えっと…その、僕も一応…その、超高校級で。小説家やってて…えっと、明戸新です……気づいたらここにいて。」
怪しくないよう、怪しくないよう取り繕うほどどんどん怪しい動作になっていく。
こういう人を人は不器用と呼ぶのだろう。
少し、噛んでいるような気さえする。
目も右往左往と泳いでいるせいか
上手く焦点を合わせられず、全体的に白くモヤがかかっているように見える。
「 あら、やっぱり私たちと同じ状況みたいよ??」
長い三つ編みを垂らした、研究者のような少女が目配せをしてそう言い、
「 いやはや、関係者だったんだな!疑ってすまん…!!」
奥に座る大男が豪快な声で謝る。
少しばかりか僕をじっと見つめる目の鋭さが落ち着いたような気がした。
緊張がほどけ、そっと胸を撫で下ろす。
「それでそれで!やっぱりメイドくんも〜なんにもわからない感じなんだよね〜?」
「…こんな奴が情報持ってる訳ないわ…ゴキブリに聞いた方がまだいいわよ。」
「 そういうお前もなんも知らなかっただろーが……… 」
「 ぐ、ぐぎぃ!?!」
僕をよそ目に思い思い会話をし始めた。
自分からみんなの視線が完全に離れたことを喜んでいると、そこにストップをかけるように、1人の少女が呟く。
「 しー…今は彼に話を聞くターンでしょ?待てるわよね?」
人差し指を口に当てて、少し首を傾けているその仕草。簡単な仕草のはずなのに有無を言わせないような雰囲気がそこにはあった。
蛇に睨まれたかのような錯覚さえある。
「 …もう既に分かっているとは思うけれど、今ここに集まっているのは、貴方のクラスメイトで同級生の「英才学園102期生」なの。 」
そう言いながら、彼女は彼女自身の「入学通知書」を開いて、その白く細い指で僕に事を示す。
「 貴方もこの通知書を見て、この日、この時間にここに来たんでしょ? 」
彼女の通知書は、僕と同じ形式のものでただ1つ違うのはその「超高校級の検察官」の肩書きのみ。僕が確認したのを見て、丁寧に指でなぞりながら三つ折りにし、優しく封筒に戻す。
「 …う、うん。でも、校門をくぐった所からすっかり記憶が無くなっちゃってるみたいで。 」
僕の口からその言葉が漏れた瞬間、
目の前の机がガタッと揺れた。
「 え、だよなだよな!!?!オレもそうなんだよ!!!!! 」
先程まで人の脚をじろじろと眺めていた少年が目をまんまるとして反応する。
「 あ〜やっぱ、これ全員ビンゴって感じっスね〜!! 」
「 僕もかなり驚いてるよ、まさか明戸くんまでとはね… 。」
「 超高校級にアンラッキーって感じだね、皆。しかも、閉じ込められちゃってるし。」
奥の席に座る気だるげでゆるい猫のような少女の声を聞いて、慌てて後ろを振り返る。
「 閉じ込められてるなんて…そんなはず…!!!」
ガタガタと揺らすように扉を引くも、ビクともしない。まるで、誰かに鍵でもかけられたのように。最初から開かずの扉だったのかも、と思わせるほどその扉は固く、重かった。
「 やはり、ダメなようですね。」
淡々と、そして少しの甘さを含む声が
教室内に淡く反響する。
「 僕が閉めなければ……こんなことには…。」
「 んな、抱え込まなくて大丈夫っスよ〜さっき頑張って閉まらないように手を挟んでた毒島ちゃんでも無理だったし」
前から2番目の席に座る彼は後ろを振り向いて、「毒島さん」と思わしき人物に目配せをする。
「 なによ…しょうがないじゃない…… 」
「 どんな人間でもいきなり扉の側面から刃なんて出てきたらびっくりして抜くでしょ…? 」
不服そうにブツブツと呟く、例の「 毒島さん 」…どうやら長いことブツブツ話しているようだが僕には上手く聞こえない。
「 それにね〜!ここ『 揺れてる 』んだよ〜 」
無邪気な声色で小学生くらいの背丈をした少女が呟いた。
僕がさっと、問いを返そうと口を開いた瞬間、
まるで、地震かなにかのような…そんな大きな揺れ。皆の机が少しずつズレる。
どこにも掴まっていなかった僕の体は上下しそのままふらついて尻もちをついた。
「 っつぅ…いってててて……」
「 なななな……何なんだよ……ほんと… 」
痛い腰を持ち上げ、扉にできた少しの隙間で体を支えながら起き上がる。
…少し手が赤くなっている。
盛大にコケて初めて気づいたが、
僕のいるこの教室はずっと、小刻みに揺れていたのだった。
多分、緊張していて、気づかなかったのだろう。
「 …とりあえず俺たちが把握している状況はここまでだ。」
「 よくわかんないことの方がずっと多いんだよね〜… 」
後方で座る鋭い目付きの男に目の前の少女はうんうん、と柔らかい声で相槌を打つ。
彼女の相槌を最後にして、僕らの間には暫くの沈黙が流れた。
席に着くべきなのかも分からず、僕は相変わらず扉の前で立ち往生。
その空気感に耐えかねたのか頬に冷や汗がつたる。
この空間に満ちた沈黙を、打ち破るように鶴の一声をあげたのは先程の、僕が蛇のようだと例えたあの少女だった。
「 …自己紹介とか、どうかしら。 」
「 …ほら、こんな状況に陥ってる訳だし、お互い相手の素性くらい知っていた方が安心しない? 」
指先に長い髪を少し巻き付けては戻し、
巻き付けては戻し。
どこかそっぽを向きながら彼女は僕たちに最善の提案をした。
「 た、たしかに!!!!」
いかにも明るそうなクラスメイトたちが口を揃えて言う。
「 ウヌも賛成だ!!! 」
ガッハッハと地響きのような笑い声が教室にこだました。
…教室が少し大きく揺れたような気もする。
「 …あたしは別に構わないよ〜 」
「 ふーーん、自己紹介、ね。いいんじゃない?? 」
どうやら、みんなこの提案には乗り気らしい。誰1人暗い顔色などしていなかった。
…僕1人を除いて。
「 …そうと決まればお姉さんも自己紹介しちゃおっかな? 」
「 わーい!れっつらごーなのだよ〜 」
僕が色々と唸っているうちに、皆それぞれ好きなように自己紹介を始めた。
…すこし、すこしだけ虚しく感じた。
自己紹介の様子をパッと目で追うと、談笑している所もあれば、喧嘩しているところもあったり様々のようだ。
…こんな僕が自己紹介していいのだろうか。
そんな事を思っては顔が曇る。
ネガティブな性格は相変わらずの物だ。
天然物。
しかし、僕も皆に合わせるために皆と同じ土俵に立つために誰かに自己紹介しなければ。
ここで勇気を出さなきゃ何になるのだ。
自分自身の体にかかる負荷なんて知らないフリをして、僕はきょろきょろと辺りを見回した。
「まずは……」
とりあえず僕は目の前に座っている5人の生徒たちと話してみることにした。
僕が足を最初に向けたのは、
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