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第二章
深まる信頼、縮まる距離
何故カメラマンの蒼央は自ら千鶴のマネジメントを引き受けたのか、周りもそれが不思議でならなかった。
それは蒼央が【冷徹無比】と言われるくらいに人と関わること避けてきたことが理由だだろう。
そんな彼がマネジメントという人との関わりを避けられない役割をわざわざ引き受けたのかというところが一番の問題なのだ。
けれど結局そんな彼の考えは誰も知ることがないまま、千鶴の雑誌デビューとなる特集ページの撮影日当日がやってきた。
人生で初めての緊張をしている千鶴は終始無言のまま、迎えに来てくれた蒼央の運転する車に乗ってスタジオへと向かっていた。
「どうした? 緊張してるのか?」
「……は、はい……。なんて言うか、私、今まで緊張なんてしたことがないから、これが緊張するってことなんだって……実感してます。心臓が、バクバク言ってる気がします」
「寧ろこれまで緊張したことない方が驚きだが、まあ気負うことはねぇよ。撮るのは俺だ。以前のようにお前が思うように動けば問題は無い」
「は、はい……」
そうは言われるも、千鶴の緊張が解かれることはなく、そのままスタジオ入りをする。
スタジオに入り、控え室へ案内された千鶴はヘアメイクを施され、用意された衣装に着替えて蒼央の元へやって来る。
今日はこれまでと違い、雑誌のコンセプトもあるので軽く打ち合わせを行ってから撮影が開始された。
「それでは遊佐さん、スタンバイお願いします」
「は、はい! よろしくお願いします!」
スタッフたちにぺこりとお辞儀をした千鶴は蒼央が構えるカメラの前に立つ。
今回は服を魅せるというよりも千鶴のお披露目がメインなので、自分を存分にアピールするという千鶴にとっては得意分野だ。
目を閉じて深呼吸をした千鶴。
(大丈夫、私なら出来る……西園寺さんも信じてくれているから……)
そう自らに言い聞かせてから閉じていた瞳を開いてカメラに視線を向けた、その瞬間――レンズ越しだけど千鶴は蒼央が『大丈夫だ』と言ってくれている気がして、それが不安から勇気へと変わる。
そして、彼女の緊張の糸は解かれていき、【遊佐 千鶴】の魅力を全面に出しながらアピールをして見せた。
それから衣装やヘアメイクを何度か変えながら撮影は続行されたが、千鶴が緊張をすることはなく、終始撮られることを楽しんでいる。
これにはスタッフたちも噂どおりだと感心するのと同時に、そこに居る誰もが千鶴に魅了された。
カメラマンである蒼央も全くNGを出さなかったので撮影はスムーズに進み、予定していた時間よりも大幅に早く終わり、千鶴は安堵してひと息つけた。
「遊佐さん、お疲れ様です」
「お疲れ様です!」
千鶴がスタジオの端の方で休憩していると、今回特集を組んでくれる雑誌の編集長が声を掛けてきた。
「いやぁ、噂通り、流石だね。思わず見入っちゃいましたよ」
「ありがとうございます。そう言って貰えて、嬉しいです」
「しかし、あの西園寺くんがNGを一つも出さないところが凄いね」
「そんなに、凄いことなんですか?」
千鶴は蒼央に撮影してもらったのは今日で三度目。確かにこれまでもNGは出されたことが無いのでそれはたまたまかと思っていたのだけど、どうやら違うようだった。
「凄いことだよ? ほらあれを見てご覧?」
そう言われて今蒼央が別のモデルを撮影している方へ視線を向けると、
「全然違う。それじゃあ服の良さが消えるだけだ」
早々にNGを出され、酷く叱責されている。
「す、すみません……」
それからも何度か撮影が再開されるものの、
「何度言ったら分かるんだ? そうじゃない」
蒼央のダメ出しは続いていき、
「……っ」
何が駄目なのか理解出来なくなったモデルは、ついに泣き出してしまう。
「あーあ、またか。西園寺くんの言うことは正しいんだけど、言い方がね。やっぱり彼を納得させることはなかなか難しいよ」
そう言いながら溜め息を吐いた編集長はやれやれと言った表情のまま、泣いているモデルの方へ歩いて行った。