(西園寺さんにダメ出しされないのは、凄いことなんだ……)
他のモデルの撮影風景を目の当たりにした千鶴は改めて蒼央の凄さを痛感していた。
それから蒼央は別のモデルの撮影も行ったのだけど、先程同様ダメ出しは続いていく。
そして、そこから数時間が経過してようやく全ての撮影が終わり、蒼央は黙々とカメラを片付けていた。
そんな彼の元へ近付こうと千鶴が歩いていると、
「あの子、一体どんな手を使って西園寺さんに取り入ったんだろうね?」
「どうせ寝たんじゃないの?」
「えー? でもあの西園寺さんが簡単に靡くとも思えないけどなぁ」
「あ、じゃああれよ、事務所のゴリ押し! 社長のお気に入りだって、同じ事務所の子が言ってた気がするし」
「うわぁ、最悪」
先程蒼央に撮影してもらい、ダメ出しをもらっていたモデルたちがヒソヒソと噂話をしていて、聞こえてしまった千鶴の心は複雑だった。
(……取り入ったとか、寝ただなんて……酷い)
けれど、この程度の噂をいちいち気にしてても仕方が無いと思い聞かなかったことにしようと気持ちを切り替えていると、
「くだらない噂話は止めろ。お前らは遊佐の撮影を見ていなかったのか? プロなら撮影風景を見ていれば、コイツの何が良かったのか気付きそうなものだがな……まあ、それに気づけねぇからダメ出しを食らうんだろうな。そんなんじゃ、お前らはずっとそのまま、売れることもねぇだろうよ」
いつの間にか片付けを終えて千鶴の傍までやって来ていた蒼央が、不快な話ばかりしているモデルたちを睨みつけながら一喝した。
「…………っ」
「い、行こうっ!」
蒼央の冷めた視線と騒ぎに気付いた周りの視線を一気に浴びて居づらくなったモデルたちは逃げるようにその場を立ち去った。
「……西園寺さん……すみません」
「何故お前が謝る?」
「その、私が言い返さなかったから、西園寺さんに嫌な事を言わせてしまって……」
何も悪くない千鶴が突然謝った事を不思議に思った蒼央はその理由を問うと、全く的外れな事を彼女が口にしたので驚き目を見開いていた。
「……あの、西園寺さん?」
彼の表情と何も言葉が返って来ない事で、何か変なことを言ってしまったのかと慌てる千鶴に蒼央は、
「千鶴、お前は面白い奴だな。俺は別にお前が言い返さなかったからアイツらを一喝した訳じゃない」
「え?」
「アイツらはな、以前も他の現場で顔を合わせたことはあるんだが、いつもああなんだ。自分よりも優れた奴を相手に陰口を叩く。まぁ元はアイツらもそれなりに売れていたから余計に悔しいんだろ。努力をすれば、まだまだ売れる実力を持ってはいるんだが、売れたことで天狗になって努力すらしなくなっているからな、あれくらい言ってやった方が良い。周りは皆、顔色窺って言わねぇから代わりに言ってやったまでだし、あの程度で腐るようなら無理だろう――帰るぞ」
「あ、はい……」
言い終えた蒼央は何事も無かったような表情を浮かべながら「帰る」と言ってさっさとスタジオから出て行ってしまったので、そんな彼に続いて千鶴も慌てて後を追いかけた。
車に乗り込んだ二人の間には無言の空気が流れている。
相変わらず何も話をしない蒼央と、終始彼の顔色を窺いつつ、何か話した方がいいのかと考える千鶴。
時折視線を感じる蒼央はいつまでも何も話さない彼女に代わって口を開いた。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!