テラーノベル
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とある山奥の、開けた草原に一軒のバンガローが建っている。そこには医師が一人と、看護師が一人だけいるらしい。
彼がここに来た理由は、ただ一つ。人が、あまり好きではなかったからだ。
それでも、こんな場所にも今日も患者はやってくる。
彼が抱えているのは、少し先の未来に、人類にとってあたりまえになることなのかもしれない。
その日、やってきたのは二十代半ばの男性だった。診察室に入るなり、男は言った。
「こんな状態……治せるんでしょうか」
男はそう言って、両手を前に差し出した。
見た目は普通の手だ。
だが、どこかおかしい。
「やりたいことをしようとすると、手が進まないんです。動かそうとしても、途中で止まってしまう」
何かを書こうとしても、何かを掴もうとしても、決まって指先が固まる。
医師も看護師も、特に驚いた様子はなかった。男だけが、世界から取り残されたような顔をしている。
医師は、ため息まじりに言った。
「あなた、自分以外の誰かに祈りすぎましたね」
男は言葉を失った。
「誰かが決めてくれる。誰かが導いてくれる。誰かが正解を用意してくれる」
医師は淡々と続ける。
「そう思い続けると、人は自分の手を動かせなくなるんです」
男は何も言えなかった。
「動けるようになるのは、簡単ですよ」
医師はそう言って、診察を終えた。
「祈る相手を、自分にしてください」
次の日から、男は自分以外の誰かではなく、自分自身に向かって問いかけるようになった。
少しずつ、手は前に進むようになったという。
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