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「それじゃ、早速だけど、私が受けられる依頼を斡旋してもらえるかな?」
「はいっ。新参者《ニュービー》で受けられる依頼はコチラになります」
そう言って受付の女性が数枚の依頼書をこちらに見せてくれた。
内容はどれも採取、納品依頼だな。だが、どの品も知らない名前だし、依頼書に描かれている絵もこれまで見たことが無い物ばかりだ。まずは、これらが何なのかを知る必要があるな。
「どれも私が知らない品ばかりだね…。これらの知識を得るための施設はどこかにあるかな?」
「それでしたら、二階にある資料室をご利用下さい。”初級《ルーキー》”までではありますが、依頼の達成に必要な知識や、魔術書も蔵書していますよ?」
それは有り難い。早速利用させてもらおうじゃないか。依頼を紹介してもらったというのに悪いが、今日は一日中、資料室とやらに籠りきりになりそうだな。
「その資料室の決まりや注意点があったら教えてもらえるかな?それと、使用料は掛かったりするの?」
「はい、説明しましょう。資料室では原則として資料室内の物を外に持ち出すことはできません。ただ、書写することは認められていますので、文字の読み書きができない方は資料室の書物を書写することで文字を覚える方もいるようです。それから、蔵書の破損や汚れを避けるため、飲食は厳禁です。汚してしまったり破損させた場合は当然ですが、弁償していただくことになります。それと、他の方の読書の邪魔にならないよう、資料室に限らず、読書をする場所では静かにして下さいね?最後に、資料室の利用に料金はかかりませんよ?」
「無料で文字の勉強が出来るのなら、大半の冒険者は文字の読み書きができると考えて良いのかな?」
「残念ながら、先ほど挙げた例はごく一部でして、冒険者の識字率はあまり高くないんです。文字の読み書きができない方は、そもそも書物を手に取るということ自体、避けようとしていますから」
そういうものなのか。折角無償で知識を得られるというのに、勿体ないことだな。
そもそも、文字が読めないとこの人間社会ではかなり損をすることになるんじゃないだろうか?彼等はそれを理解している上で文字を学ぼうとしないのだろうか?そもそも、文字が読めなければ依頼の内容が分からないじゃないか。
少し考え込んでしまったが、結局は関わることの無い他人事だ。私が一々気にする必要はないか。
「折角依頼を紹介してもらったというのに悪いけど、先に資料室を使わせてもらうよ?日が沈むまで読みふけることになるかもしれないけど、どれぐらいまで利用していられるのかな?」
「紹介した依頼の期限は一番近い物で4日後までですので、受注してからでも十分間に合うと思いますよ?それから、資料室の使用は午後の鐘が10回鳴ると閉室します」
「それじゃあ、紹介してもらった依頼を受注した上で、資料室を使わせてもらうことにするよ。色々とありがとう」
「いえいえ、これが仕事ですから。それでは、受注手続きをしますので、一度ギルド証を提示していただけますか?」
受付の女性が説明をしながら、何やら木とも石とも金属とも言えない素材でできた押印に自身の魔力を宿らせ、依頼書に判を押している。
言われたとおりにギルド証を受付の女性に手渡すと、彼女はギルド証を彼女が判を押してできた印にかざしていく。そのたびに印が小さく発光した。
面白いな。まさか、あれで依頼を受注したことになるのだろうか?
「今、貴女が押した印が少し発光したけど、それで依頼を受注したことになるのかな?」
「はい。こちらの押印も魔術具の一種でして、この印が記載された依頼書の内容を記録してギルド証に情報を伝達して依頼を受注させるんです。受注した依頼内容は、ギルド証に魔力を流して念じることで自分の声で読み上げてくれる機能もあるんですよ?その声は魔力を流した本人にしか聞こえないので、他人に依頼内容を知られることも無いんです」
「なるほど、実に素晴らしい機能だね。そこまで便利だと、冒険者の識字率が低いのも少しは納得できるかな?自分で文字を読む必要が無いのだから」
「分かります?便利なのは大変有り難いのですが、便利過ぎて冒険者達の成長の妨げになっているのではないかという声も、少ないですが古参の冒険者達から上がってきているんです」
少し困った表情をして受付の女性が答える。新人の冒険者の成長度合いに関して、彼女には思うところがあるらしい。
だが、それでも今更このギルド証を使ったギルドの仕組みを変えることなど、できはしないのだろうな。あまりにも便利で普及しすぎている。
手放すことになれば、ギルド全体が混乱に陥るだろうし、ギルドに所属しているほとんどの者が反発することは容易に想像がつく。
捨て置こうと思った冒険者達の勉強事情に対する答えの一つが、まさかこんなに早く見つかってしまうとは。
まぁ、私に関与することでは無いのだ。知らないことを知ることができたと素直に喜び、この話は終わりにしよう。資料室の書物が私を待っている。
受付の女性(今更だが彼女達は大抵の者達から老若関係なく男性は受付僮、女性は受付嬢と呼ばれているらしい)に、これまで丁寧に説明してくれたことへの礼と挨拶を済ませて資料室へと移動する。
周りの連中は、移動している最中にも小声で私のことについて話をしていたが、これまで聞いていた内容とそう変わらなかったため気にしないことにした。
資料室の広さは私が宿泊する宿の部屋の約3倍の広さがある。
一ヶ所、壁に沿って書物を格納するための棚が並べられていて、棚いっぱいに書物が立てかけられている。棚の高さは私の首より少し下ほどで、四段になっている。その棚が4つ。なかなかの量の知識を得られそうだ。
部屋には1階にいた冒険者達が座っていたものと同じ机と椅子のセットが二つ並べられていた。ここに座って書物を読むなり書写しろということだろう。
ちなみに、この資料室には私と部屋の管理人らしき初老の人物以外の利用者は見当たらない。
“初級”まで通用する依頼と魔術の知識とはいえ、これだけの量だ。存分に私の知的好奇心を刺激してくれることだろう。早速扉の直近にある棚の一番上の段から一列すべて手に取り適当な机に向かうとしよう。
「お、お嬢さん、一度にそんなに本を読むのかい?」
「ん?ああ、どれだけ時間が掛かっても、日が沈むまでにはこの量なら読み終わると思うよ?」
「ええぇ……」
大量の書物を抱えているためか、管理人らしき人物から声を掛けられた。胸の部分に小さなプレートがあり、資料室管理人と書かれているので、彼が資料室の管理人で間違いないだろう。
私が書物(皆は本と呼ぶことが多いようだ。)を読む大体の速度を説明したらドン引きされてしまった。
どれだけ時間が掛かっても、と言ったのは、家にいる皆の読書速度を参考にしたからだ。
そう。家にいる皆も、私が読み終わった本に興味があったのか、皆で回し読みしていたのだ。
あの子達の中ではフレミーが一番速く、レイブランとヤタールが一番遅い。
いや、レイブランとヤタールも読む速度自体はそれなりに速いんだ。だがあの娘達は、じっとしながら文章を読み続けることができないらしい。
本を読み終わる前に、空へと飛び去ってしまうのだ。文字を読む速さだけでいえば、一番遅いのはゴドファンスになる。
そんなゴドファンスでも、この量の本ならば今から読み始めても日が沈むまでには読み終えてしまうだろう。
フレミーに至ってはその3倍は速い。本を読んでいる時の爛々とした八つの瞳からとても楽し気な感情が読み取れて、実に可愛らしかった。
書物を手に入れた当初は文字を解読し、言語や名称、文法等を学び、更には魔術書の内容を実施したりもしたためあれだけの時間が掛かってしまったが、それらを理解してしまえば後は早い。
最後の一冊は、読み始めてから終わるのまでに、そう時間は掛からなかった。
本を開き文字を読む。というよりも、見開いたページを一つの画像として認識し、瞬きをする間もなくその画像の内容を理解する、と言った方が良いだろうか?
とにかく、文字を完全に理解してからは、一呼吸する間に十数枚ページがめくれる速度で読書が可能だ。
「お嬢さん、それで内容、理解できてるのかい…?」
「うん、問題無いよ。とても参考になる」
「そ、そうかい…」
管理人が私の様子を見て、ちゃんと内容を把握できているのかを聞いてきた。
気持ちは分かる。傍から見たら、パラパラと素早く本を捲っているようにしか見えないだろうからな。普通はその読み方で本に書いてある内容を理解することなどできないのだろう。それどころか、読んでいると思われてすらいないのかもしれない。
読書に集中したいので、失礼なのは承知だが顔を向けず、声だけで返事をする。今、とてもいいところなのだ。
様々な数字の単位が、読んでいる本に記載されていたのだ。
これはとても有り難い。どんなものであれ、分かりやすく情報を伝えようとするならば、共通した単位の認識が必要になってくる。それを個人では無く、世界で共通している単位があるとするならば、情報の伝達が非常に捗るだろう。早速私も今後使わせてもらうとしよう。
ちなみに、文字としては統一されているが、読み方や発音に関しては、国によって微妙に異なっていたりするようだ。
およそ900年ほど前までは国ごとに単位がバラバラだったそうだが、何でも何処からともなく現れた変わった名前の少年が、徐々に世界中に広めていったらしい。
眉唾な話ではあるが、実際にこうして世界共通の単位が広まっている以上事実なのだろう。何とも凄まじい人間がいたものである。
残念ながら、広めた者の名前が覚え辛い上に発音し辛かったらしく、正確な名前は記録されていないようだ。似たような複数の名称で記録されている。
基本的に”ショー”という発音から始まり、濁音の発音で締める名称で記録されている。
今まで読んできた本に記載されている例だと、”ショーズ”、”ショード”、”ショーゴー”、と言ったところか。今挙げたのはあくまで一例であって、実際にはもっと大量にある。
何でも彼の亡き後、彼の偉大さを世界中の者達が一斉に後世に伝え残そうとしたためか、言語や発音が異なる者達によってバラバラに記録されてしまったらしいのだ。
既に本人の亡き後なので、確認を取ることもできず、その結果様々な名前が残ることになった。
彼の子孫は知らないのかというと、これがまた面白い話で、彼は旅行く先々で随分と多くの異性から好意を集めていたのだとか。しかも好意を伝えられた相手を種族、年齢問わず、決して拒絶しなかったらしい。
最終的に、彼は百人に迫るほどの伴侶と数えきれないほどの子孫達に囲まれて見送られたそうだ。
そんな状態では本名など分かる筈も無く、こうして複数の名称が現在まで伝わり続けているというわけだな。
彼の活躍に関しては、詳しくは載っている本が資料室には無いが、間違いなく詳しく書かれた本も存在しているだろう。
十分な知識が揃ったら、ルグナツァリオと”答え合わせ”をしてみるのも面白そうだ。ルグナツァリオならば、彼の名前も正確に記憶していることだろう。
ただ、正直なところ言いたいことがある。これほどまでの偉業を成し遂げた人物に文句を言うのは罰当たりかもしれない。
だが、数字の単位を統一することができたのならば、言語に関しても世界で共通したものを広めてほしかったとは思う。
自分で言っていて、相当な無茶ぶりであることは分かっているが、ただの無い物ねだりだ。叶うものだとは思っていない。
そんな具合で夢中になって読書を続けていた時だ。軽く肩を二度叩かれた。
資料室の管理人だな。要件は何だろうか?
「お嬢さん、鐘が六回なったんだが、晩飯は食わなくて良いのかい?」
「っ!?もうそんなに時間がたっていたのか!?教えてくれてありがとう!一度宿で食事を取って来るよ!鐘が十回なるまでの間は開いているのならば、それまでは再び読書を続けさせてもらって良いかな?」
「そりゃ、もちろん構わないが、そんなに夢中になるほどの内容だったかい?」
「私にとってはね。とりあえず、冒険者の第一目標として、音が鳴る時計を手に入れることにしたよ」
「はははっ、そりゃあ、なかなか大きな目標だ。ま、こんだけ熱心に本を読みふけってその内容を理解できてるんだ。お嬢さんなら、やってやれないことは無いと思うよ。頑張りな」
管理人が笑って私を応援してくれる。
そう、時計だ。書物を読み、時間の概念と単位を知った今、私は時計と呼ばれる道具が欲しくなった。それも、指定した時間に音を出す時計だ。
非常に精巧な作りをした道具で、正確な時を刻む続けることができるのだ。しかも指定した時間を知らせてくれる機能まで付いていれば、私が朝寝過ごしてしまうということも無くなるだろう。これは是非とも欲しい。
ただ、先程述べた通り非常に精巧な作りをしているため非常に高価であり、ランクの低い冒険者ではまず手が出せない代物でもある。
だが、逆を言えば、成功している冒険者であれば手が届く代物でもあるのだ。私は、時計を手に入れることを目標に、冒険者として活動することにした。
そういうわけで、私は食事を取るために一度、”囁き鳥の止まり木亭”に戻って来ていた。
「あらノアさん!お帰りなさい!直ぐにでもご飯が食べられるよ!」
「姉チャンお帰り!まだ席は空いてるから、好きなトコに座って!」
宿の入り口を開けると、シンシアの母親(こういった宿の女主人は女将さんと呼ぶらしい)と昼の時とは打って変わって少女らしい服を着たシンシアが出迎えてくれた。
シンシアは好きな所に座るよう言っているが、私は彼女に手を引かれて彼女が気に入っているであろう席へ案内されている。
今の彼女の格好は白い布を三角形に折りたたんだ布を頭からかぶり、服装は黒に近い半そでのシャツと膝より少し高い位置に裾があるスカートで、白いエプロンを首から下げている。
スカートやエプロンの意匠には目を見張るものがあり、波打った布の帯が複数縫い付けていてその縁には糸を細かく編み込んで綺麗な花柄を形成している(後で聞いたが、それぞれフリルとレースと呼ばれているらしい)。とても華やかだ。
案内された席に座り、彼女の服装を褒めておこう。
「昼間とはまるで別人だね。とても可愛らしいと思うよ」
「うぅ、褒めてくれるのは嬉しいけど、このカッコ腕は出てるし、フトモモちょっと見えちゃったりする時があるしで恥ずかしいんだよぉ」
「シンシアが昼間はああいう格好をしているのは、宿の手伝いをする時はその格好をするからなのかな?」
「そう!手伝いをする時はこの格好じゃないとダメって言われててさぁ!せめて遊ぶ時ぐらいは好きな格好でいたいじゃん?」
なるほど。どうもこの娘は随分な恥ずかしがり屋らしい。肌を露出することが羞恥につながる理由が私にはよく分からないが、人間は自分の肌、とりわけ局部を周囲の目にさらすことに羞恥を抱くらしい。
人間と共に過ごしていけばその辺りも分かるようになるのだろうか?なれたらいいな。人間に対する感情がどうであれ、理解できないものは、目を逸らすのではなく理解できるようにしていきたい。
今の所、人間に対する感情はどちらかと言えば好感が勝っている。
冒険者ギルドにいた絡んできた連中や一々何かやるたびに小声でしゃべり出す連中には少々思うところがあるが、それ以外では概ね好感が持てる。
今後、人間達を理解していく内に、冒険者の連中に対しても気を許せるようになるのだろうか?
ルグナツァリオとの約束もある。なるべくなら、人間達とは友好的に接していきたいものだな。
尤も、それは”楽園”の外での話だ。”楽園”内で勝手な行動をするのであれば、例え誰だろうと容赦なく始末させてもらう。
物騒な話はこのくらいにしておこう。そろそろ食事の注文をしようじゃないか。傍にいるシンシアに頼めばいいのかな?
「シンシア、食事の注文は君に頼めばいいの?」
「うん!メニューがあるから、それ見て食べたい物を選んでくれな!でも、オレがオススメする料理を食べてほしいな!」
食材を加工して味付けし、盛り付ける行為を料理というらしい。私も肉や魚を焼いたことがあるが、一応はこれも料理と言えなくは無いよな?
「その料理は、シンシアが今日、皮を剥いた芋も出て来るのかな?」
「うぅっ!出て来るけどさぁ、姉チャン、思い出させないでくれよぉ!芋の皮むきやらされると、日が沈むまでずうっと同じことやらされるんだぜ!?もう当分皮の付いた芋は見たくねぇよぉ!」
「災難だったね。ずっとやらされるのは、きっとシンシアがそれだけ芋の皮むきが上手いからだと思うよ。それと、君のオススメの料理を注文させてもらうね?」
「毎度っ!料金は銅貨5枚だぜ!」
「それでは、お願いするよ」
「へへっ、姉チャン、スッゲェ美味いから、楽しみにしててくれよな!」
シンシアに銅貨を渡して、食事が来るのを言われた通り、楽しみにして待つとしよう。さて、どんな料理が出て来るかな?段々と肉の焼ける香ばしい匂いと、甘辛の匂いがしてきて、食欲がとんでもないことになってきた。口内に唾液がどんどん溢れてくる。
そういえば、ラビックが持ち帰った騎士が所持していた固形物の食料の正体が、資料室で判明した。
茶色の固形物は麦を原料にしたパンと呼ばれる食材だ。一般的な人間達の主食の一つとしてその種類に差はあれど、世界中に広まっている。出来立ての物は味も香りも素晴らしいのだそうだ。
黄色い固形物はチーズと呼ばれる動物の乳を加工して作られた物だ。
どちらかというと他の食材と共に食べることが多く、加熱することで柔らかく、蕩けるのだそうだ。
以前ラビックが焼き肉と食べたら美味そうだと言っていたが、まさしくその通りだったというわけだ。それも、想像を超えるほどに。
それと、チーズを単体で食べる時は、フレミーが感じていた通り、酒と共に食する場合が多いらしい。
パンもチーズも保存がきく食材だったため、騎士団の者達が所持していたのだろう。今日、ここで食べる食事は、匂いからして私が食べたパンやチーズをはるかに上回る美味さだと容易に想像がつく。早く来ないかなぁ…。
時間にして15分ほどでシンシアが料理を持って私の所まで戻ってきた。普段ならば大したことの無い、とても短い時間の筈だったのだが、この時ばかりはとても長いように感じられた。
「お待ちどーっ!イスティエスタ名物!ハン・バガーセットだぜっ!」
セットということは、彼女が言ったハン・バガーとやらがメインの料理となるのだろう。
はてさて、実に美味そうな匂いを放つこの街の名物料理とは、いかなる味なのだろうな。