冬寒い休日の昼。
緩やかな日差しを浴びながら湊は、縁側に置いてあるロッキングチェアに座りうたた寝をしていた。
大きな窓がいくつも並ぶこの場所は、日差しが燦々と入り外の寒さを忘れてしまう程に暖かい。
本当は眠るつもりなど無かったが、座ってしまったら最後。心地よい揺れと共に眠りに落ちてしまった。
どのくらいの時間が経ったのだろう。
とっくに揺れなど止まっているはずなのに体がゆらゆらと揺れている。
揺れているのは椅子を押す誰かがいるからだと朧げに思った。
「あんまり強く押すなよ…また、落ちたら大変だから…」
夢現の頭でその人物に向かって声をかける。
「誰と間違えているんですか…」
聞き覚えのあるその声は少しだけ怒りが混じっていた。
ハッとして夢から覚め飛び起きると、声のした方へ顔を向ける。
「シン…?!」
しゃがみながら、椅子の肘掛けに手を置くシンは湊をじっと見ていた。
しまった…。そんな顔をする湊の顔をシンは見逃さない。
その瞳は何か言いたげで、それを回避するように思わず椅子から起き上がる。
「夢の話…かな…」
誤魔化すように頭を掻く。
「今、初めてこの椅子に座っている湊さんを押しました。また。って、どういう意味ですか?」
冷静に聞くシンの追求は終わらない。
「以前、湊さんがこの家に住んでいた時に誰かが同じ事をしたって事ですか?」
シンの目は湊を逃さない。
真っ直ぐ見つめるその瞳は、純真で嘘をついてはいけない気がした。
「…そう…だな」
頼むから…これ以上は追求しないで欲しい…。そう思いながら目をつむる。
思い出したくない。あいつの事は…。
学生の頃、長期の休みの間この家に住んでいた。
友達と称して連れてきたのは、当時付き合っていた奴だ。
祖父母が留守の時に、今と同じようにこの椅子に座って眠る俺を起こそうと、あいつは椅子を揺らした。わざと寝た振りをしている俺に気づいたあいつは力を込めて揺らし始めた。ひっくり返りそうになりバランスを崩し椅子から落ちてしまった。そんな俺に指を差し笑い転げるあいつとの記憶。
そんな思い出したくない過去の出来事と重なったなんて、シンには話せない。
だから…お願いだから…
祈るように眉を歪める。
「目…開けて湊さん」
言われるまま、ゆっくり目をあけた。
恐る恐るシンを見つめると、ふっと息を吐きにっこり微笑むシンの姿があった。
「今、アンタの目の前に居るのは現実の俺です…夢なんかじゃない。ほらっ…」
そう言ってシンは、湊の手を取った。
帰ったばかりのシンの手はヒンヤリと冷たかった。なのに、心が温かくなる。
安心する…。
どうしてこんなにも穏やかな気持ちになれるのだろう。
それ以上聞いてこないシンの優しさに罪悪感を抱きながら、謝罪の念にかられた。
そして、良かった…と、心の底から思った。
シンを選んで…シンが居てくれて…本当に良かった。と…。
冷たいシンの手を握り返し、
「ありがとうな…シン」
礼を言わずにいられなかった。
キョトンとするシンに抱きつき
「おかえり。シン…」
そう言って強く抱きしめた。
「どうしたんですか…まだ寝ぼけてますか?」
「かもな…だから夢じゃないって証明しろ…」
「はい…」
返事をして湊を強く抱きしめ返す。
「まだ…足んねぇ…」
湊はこれ以上をねだる。
その言葉に応えるようにシンは湊に口づけた。
思い出したくない全ての記憶をシンで上書きして欲しい…。
「好きだよ…シン。今も…これからもずっと…」
【あとがき】
そろそろ冬季限定短編集も終わりの時期になりそうです。
春までもう少しですね。
開花宣言までは続けたいと思ってます笑
それでは、また…。
2025.2.16
月乃水萌