「はぁっ……はぁ……っ」
風の止んだ静かな夜。
寝室のベッドからは荒い息づかいが響き渡る。
昼の間吹いていた強い風が塵を飛ばし、澄んだ空気が冬特有の凍てつく寒さを視覚でも感じられる。今宵は空に宝石を散りばめたように星が綺麗に煌やいている。
その中で一際存在感を放つ月は一片も欠けることのない満月。
裸体で絡み合う2人の姿を月灯りが半分だけ照らしていた。
※※※
遡ること1ヶ月前。
シンは郊外の病院へと研修に行く事が決まっていた。
「1ヶ月間、俺と会えなくて淋しいですか?」
出発の朝、寝癖のついている湊にシンは尋ねた。
「久しぶりの一人暮らしを満喫するわ。ふわああぁ〜」
大きく欠伸をし、背伸びをしながら湊は答えた。
その態度はまるでシンなど居なくても平気だと言わんばかりに見えて
「素直じゃねぇな…」
思わず横を向いてボソリとシンが呟いた。
「ん?何か言ったか?」
「いえ…何も…」
変に大人のプライドを持つこの人の口から、あっさり『淋しい』なんて言葉が聞けるとは思っていなかったが…せめてもう少し言いようがあったのではないかと思ってしまう。これじゃまるで自分は邪魔者だったのか?と捉えられても仕方がないだろう。
これ以上は期待しない方が良さそうだ…。
気持ちを仕切り直し
「それじゃ行きます。広いベッドで普段は出来ない羽をゆっくり伸ばして寝てくださいっ」
嫌みたっぷりに返してやった。
棘のあるシンの言い方に、湊は目を大きくして口をキッと結び口角を上げると
「おぅ。そうさせてもらうわっ!」
強気な言葉で返す。
売り言葉に買い言葉とは、この事を言うのだろうか。湊はしてやったり。と言う表情をする。
そんな湊を見て
全く…大人げねぇな…。
シンはそう思った。
半ば諦めながらも
「泣いても直ぐには帰って来れませんからね」
正直な気持ちをぶつける。
「泣くかっ。ばーかっ!」
「本当に淋しくないんですね…?」
「しつけぇよっ!はよ、行けっ!!」
本当に素直じゃねぇ…。
心の中で思いながら、シンは鞄を手に取る。
「……行ってきます」
見送る湊に背を向けドアノブに手をかける。淋しいのは自分だけなのかと思ったら、なんだか急に湊から離れたくなくなった。この家から出て行くのを躊躇してしまう。最後にもう一度だけ湊に確認したいと
「湊さん…あの……」
そう切り出し振り向こうとした時、背中を抱きしめられる。
「えっ……」
湊が腕をまわし強く抱きしめてきた。
「振り返んなっ!」
シンを抱きしめる湊の手は微かに震えていた。
「湊…さん……?」
「……連絡」
「……えっ」
「毎日連絡してこいっ…」
「……」
「電話も…」
「……」
「おはようも…おやすみも毎日……お前の声聞かねぇと……心配で……だからっ!」
湊の声は明らかに涙声だった。
無理して強がっていたんだとわかった途端、愛おしさが込み上げてきた。
シンは、湊の手に触れゆっくり振り返った。
「ばかっ!振り返んなって言っただろっ!」
湊の頬には涙が伝っていた。
「淋しいなら始めから素直にそう言えよ…」
指で頬に伝う湊の涙を拭う。
「だからっ淋しくねぇって!」
この期に及んでもまだ、強がる湊もまたシンは可愛いと思ってしまう。
持っていた鞄を離し、湊を抱きしめ返す。
「毎日電話します。おはようも、おやすみも…毎日。あんたが、淋しくないようにできるだけたくさん…」
やっぱり離れたくない……。
湊を抱きしめる手に力が入る。
「一緒に連れていきたい……」
つい本音をこぼす。
「…無理だろ……ばか…」
「離れたくないです…」
「……うん」
「もう…少しだけ……」
そう言って口づけをしようと湊に顔を近づけると
「ストップ……」
唇を湊の手が塞ぐ。
「なんでですかっ」
間近に迫った湊の顔をじっと見つめる。
「遅刻するだろっ!」
手のひらでシンの顔を押しのけてきた。
そんな湊の腕を掴み取ると壁に手を付き迫る。
「時間ならまだありますっ」
「時間に余裕を持って行きなさいっ!」
「キスぐらい良いじゃないですかっ」
「……」
反論がない。シンの腕に囲まれ逃げ場がない湊は俯いた。
「どうしたんですか…?」
赤らめる湊の顔を覗き込む。
「……それだけじゃ…済まなくなる……だろ……」
「それ以上…しても良いんですか?」
「……だめ」
俯いたまま小さく答える。
「新幹線1本遅らせても…」
「行かせたくなくなるだろっ…」
「?!」
「やっと…決心がついたのに」
「湊さん……」
「だから…」
「だから?」
「お前がちゃんと研修が終わって帰ってきたら……」
「それまで…待てますか?」
「待てるとか…そんなんじゃなくて…待つんだ。そう…決めたから」
強がっていたのは、決心が揺らぐからだったのかと、ようやく理解した。
それでも…やはり
「キス…させてください…」
暫しのお別れのケジメとして湊の唇に触れたかった。
「……」
「それだけで俺…頑張れますから…」
俯いたままの湊の頬に触れる。
迷う湊は、眉を寄せたがゆっくり顔を上げるとシンの目を見た。
「キス…だけだからな…」
渋々了承した。
潤んだ瞳の上目遣いの湊は、とびきりに可愛い。抱き上げて、今すぐ…
「……やっぱり…やめておきます」
だが、シンは断った。「俺もそれだけじゃ済まなくなりそうだから…」そう付け加えて…。
自制が利かなくなりそうだ。
寝癖のついた無防備な頭。潤んだ瞳に上目遣い。全てが自分の理性を壊す程の破壊力を持っているなんて、この人は気がついていない。だからせめて…
「ハグだけ…」
そう言って湊を抱きしめた。
「帰ったら…ゆっくり続き、させてください」
抱きしめる湊は柔らかく、温かい。
この幸せな一時も暫くはお預けなのかと思うと離すのが名残惜しい。
「待ってるから…」
腕の中で湊が呟いた。
「お前が帰ってくるのをこの部屋で、待ってるから…」
「……!」
「だから、安心して行ってこい…」
いつだって背中を押してくれるのはこの人だ。そして…
「湊さん…」
「ほらっ…早く行けっ」
「やっぱりキス…」
「だめっ!」
やっぱり…可愛い…。
【あとがき】
設定は、湊のアパートです♪
それでは、また…。
2025.3.2
月乃水萌
補足…。
続きが書けましたら、ずっと隣で…の番外編にて公開しますね。
多分、いや、きっとセンシティブ扱いの作品になるので…笑
気長にお待ちくださいませ笑
コメント
9件
今回もやばすぎます🤦♀️ 湊さん可愛すぎるしシンの口調が強い感じも最高です💕 湊さんのアパートだったんですね! これの続きみたいです💕💕
やだーー!可愛すぎる!!🤦🏻♀️😍
今回の作品はシンの口調が強い時が多くて、逆にキュンとしました💕🫰 目が潤んでる&上目遣いとか、絶対可愛いに決まってますよね!!シンちゃんに尊敬します...笑 やっぱり、アパートだったんですね! 玄関、引き戸だったよなって思ったので、納得です😊