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大きくも小さくもない話し声が続く夜道に、2人分の靴の音が規則正しく響く。
「あ、そうだ、明日の昼空いてっか?」
『え、明日?』
突然ドラケンの口から告げられたその言葉に舌が同じ音を繰り返す。
私の問いかけにコクリと小さく頷くドラケンの姿を横目に、頭に詰め込まれていた用事を上目遣いになって辿る。
明日の昼。覚えている限りでは特に用事はないはずだ。試しに深く考え込んでみても、友達と遊ぶ約束も親と出掛けるという約束も浮かび上がってこない。
『一応空いてはいるけど……どうしたの?』
「エマがオマエと俺とマイキー誘って駅前に出来たケーキ屋行こうぜって」
『えうそ、行きたい!』
ドラケンのその誘いを受けたその瞬間、それまで感じていた憂鬱さが初めから無かったかのように消え、ワクワクとした心情が苦しいくらいに胸を埋める。自分の胸のドキドキを自ら聞けるほど喜び、重かった足取りがふわりと軽くなる。
そうするとあれほど長く感じた家は驚くほどはやく着き、自宅の鍵穴にエマとお揃いのキーホルダーが付けられた鍵を差し込みながら余った片手でドラケンに手を振る。
『じゃあね、帰り気を付けて。明日楽しみにしてる。』
「おう、じゃあな。」
ドラケンが私から視線を外し、帰路へと帰って行ったのを見届けてから、左右に振っていた手をピタリと止める。
パタンと扉の閉じる固い音を背で受け取りながら開けた鍵を後ろ手で閉め、履いていたお気に入りのスニーカーを脱ぐ。
『…ふふっ』
明日の事を思い浮かべた瞬間、だらだらと心の内に湧き上がって来る歓喜に動かされ、表情の筋肉が反射的に微笑みを作る。熱い血がドキドキ脈打つ。
ただの数合わせなのかもしれないし、特に深い意味は無いのかもしれない。
だけどマイキーはともかく、私を誘ってくれたのは嬉しいな、なんて。
言葉に表せられない暖かい喜びが、流行りの音楽のように体の芯に残る。
ドッと爆発した喜悦の情と深い喜びから出た微笑を唇のほとりにボンヤリと含ませながら上機嫌な鼻歌交じりの息を吐き、私は明日の準備を始めた。
そして待ちに待った次の日。
11月のほんのりと冷気の含んだ風がすぐ傍を通るたびに髪が耳の辺りで揺れる。
『エマー!』
人の多い駅近くにひと際目立つ金髪の集団を見つけ、声を張りながら駆ける。
「○○!」
私の声に気づいたエマがパッと表情を明るくした。
こっちだよ、と叫びながらブンブンと腕を振り、笑顔で私を見つめるエマの綺麗な金色の髪がミルクのような白い肌の肩に垂れかかっており、遠くから見ても酷く映えていることが分かる。
─…不覚にも可愛いと思ってしまうその姿に、ズキリと胸がどきつく。
『ほんとごめんね…遅れちゃった』
すぐさま3人の元に駆け付け、申し訳なさに両眉を下げて口をすぼめるようにして謝る。
そうしている間も人の群れが、蟻が動くみたいにコツコツとこちらに近づいてくる。渋谷の駅前の交差点では大勢の人が、賑やかという言葉では片付けられないほど行き交っており一秒たりとも視界に映る光景が止まることは無い。
「気にしないで。ね!ケンちゃん、マイキー。」
「おー」
「なあオレ腹減った!」
様々な反応を放つ3人を横目にそろそろ動き出そうか、と足を一歩出した瞬間、くいっとごく自然に私の手がエマの手に絡まれる。グッと優しい力で握られた手は暖かかった。
その温かみに、またもや痛みに似た感情が私の胸の中を駆け巡る。
「早く行こ!結構人気なお店だからすぐ混んじゃう。」
私の手を握ったままそう明るく告げ、私が抱く感情も知らないで“仲の良い友達”として接してくるエマに申し訳なさと罪悪感がじわじわと湧き水のように浮かび上がる。
「ほんと仲良いな、オマエら。」
私とエマを交互に見て、呆れたような声色でドラケンが言葉を落とす。
その言葉と優しい表情に先ほどとは違うじんわりと響く痛みを感じ、吐き気を催す。
「えへへ、でしょー!」
無邪気そうなニコニコとした笑顔で言葉を投げ合うドラケンとエマの間には間違いなく友達よりも深い関係性の雰囲気が漂っており、そう理解した瞬間、胸の痛みが深く広がる。
『…エマみたいに可愛い子と友達だなんて幸せ者だわ、私。』
二人に合わせるように意識的に口角を少し上げると、明らかに強張りが不自然だった。ドラケンやエマと居ると、変に緊張してしまいどうしても自然な笑顔が作られない。
「……○○、」
この中で唯一、私の心情を知るマイキーは一度だけ心配を含んだ視線を数秒私に向けると、すぐに目を逸らすように俯いた。
「ねぇ見てこれ可愛い!」
「うわすげぇ甘そう…」
『それが美味しいんだよ。』
それからなんやかんやあって何とか着いた目的地であるスイーツ店。
エマの言う通り相当な人気店のようで、店に入った瞬間、予想以上の人の多さに驚いた。
「なぁエマこのラテアート潰していい?」
「マイキー最低!」
ギャーギャーと楽しそうに騒ぐマイキーたちに苦笑いを浮かべながら運ばれてきたいちごの乗っかったケーキを口に入れて噛むと、自然の甘酸っぱさが舌の上に広がる。
『美味しい…』
フルーツの水気たっぷりの甘酸っぱい味とともに胸の奥まで清々しくなるような豊かな香りが鼻の奥を掠め、先ほどまでずっと痛んでいた胸に限りない幸福が満ちる。
口に広がるさわやかな香りをごくりと飲みこみ、次を味わおうとスプーンに乗っかったケーキに口を開いた瞬間、あー…と小さく唸るような声が鼓膜に触れた。
「…クソ」
その声に引っ張られるまま視線を横へずらすと、ぱらりと口元に落ちた髪を面倒くさそうにしながらも優雅な手つきでサッとかきあげるドラケンの姿が見えた。
辮髪に結われた金髪の前髪辺りに残った髪がちょうど口に当たり、苛立っているのだろう。
だけどその姿にエマがキャッ…と小さな黄色い悲鳴を私は上げたのを見逃さなかった。
ドラケンはエマが好きで、エマもドラケンが好き。
『……ぁ』
そんなのとっくの前に分かっていたことだったが、実際にそう感じられる場面に出くわした瞬間、それまで甘かった心が段々と苦みに蝕まれていく。
どれだけ甘いケーキを口に詰め込んでもこの苦味は消えない。
スイーツでも、ジュースでも、どんなものでもこの辛さは薄くすることすらできない。
そう自覚した途端、心の内に閉まっていた感情が生き物のように勢いよく飛び散った。
制御していた感情がボロボロに砕けて、吹かれた火の子のように八方へ散らばる。
もう、我慢できない。
─…その時に決めた。
告白して、振られようって。
きちんと自分の恋にケジメをつけようって。
ちゃんと終わらせなくちゃ。