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酒言葉、というのがある。
酒言葉とは、酒の名などにこめられた意味を指す。
その意味は、愛の告白に使われたりするのがほとんどの場合だ。
――ねえ、知ってる?ブルームーンの意味って、フランス語で完全なる愛って言うんだってさ。
歩美に言われた言葉だった。
俺は一応仕事柄酒言葉は知らぬうちに覚えていたが、歩美に言われた言葉の意味に納得いかなかった。
何故ならブルームーンには叶わぬ恋という意味も込められているから。
彼女がその酒の意味を知っているのなら、彼女に意図を聞いてみたいくらいだ。
それとも、自分の恋に躓いているのか。彼女の真意は掴めない。
俺たちは幼馴染だが、俺には彼女の心を読むことはできないし、彼女の事を無理やり探ることはできない。
(俺の杞憂かな)
と思っていた。
色々な思考が頭の中をめぐっていた時、カウンターが勢いよく響いた。
何事かと顔を上げると、目の前には松村とベルが居た。
2人だけとは、珍しかった。
ベルの隣にはすでに空になった、アメール・ピコン・ハイボールがあった。
「雪は?」
「アンタ、話聞いてなかったの?雪は、サ、景音の見舞いに行ったの」
「え?どこか悪いのか?」
「はあ……もう駄目だわこの人」
ベルは呆然自失というようにため息をついた。
「ご馳走様。アンタが呼んだんだから、松村が払ってよね」
「良いよ別に。お前のことを上に報告しても証拠がない上に、俺はただの協力者。まともに話を聞いてくれるわけない」
「よくわかってて安心したわ」
ベルは椅子から立ち上ると、そのままドアを開けて出て行った。
「秋原は今日ツケだと」
「珍しいな」
「手持ちがないんだと」
松村は千円札を出すと、俺はそれを受け取った。
レジを打った後、レシートを松村に渡した。
「また、サッカーしような」
松村はそう言って、レシートをレジの横のごみ箱に捨てた。
カランカラン。
ドアの閉まる音が聞こえてから俺は床に倒れこんだ。
「はあ。疲れたな~」
カランカラン。
ドアの開く音がして俺は我に返り立ち上がった。
「いらっしゃ……露?」
「イエーイ。流。仕事ぶりを見に来たよ」
露はダブルピースで俺の方を見ていた。
「前にも来ただろ?」
「そうだねー」
露は席に着くと、俺に言った。
「ブルームーン。頂戴」
「またかよ」
「何?」
露は笑顔のまま聞いてきた。
「いや別に」
俺は首筋を強くさすった。
俺は食器棚からカクテルグラスを取り出すと、冷蔵庫からブルームーンを取り出した。
また、この酒だ。
なんで?
もしかしたら知らないだけなのか?
まあ、こいつが酒言葉なんか知ってるわけないしな。
俺はそう思いながら作業していたが、頭のどこかには、露にはもう好きな相手がいて、その相手とうまくいっていないんじゃないか?という妙な考えがあった。
俺は、別に露の事は好きでも嫌いでもないが。
「はい」
俺はカウンターにブルームーンを入れたカクテルグラスを置いた。
「ありがとう」
露はそれを笑顔で受け取った。
四年前に起きた戦争なんて知らないような、純粋な笑顔で。
俺は、なぜか妙に苛立ってきた。
俺はこんなに真剣に考えているのに、彼女は何も知らず酒を飲む。
「おい」
「んー?」
「お前、失恋したのか?」
「へ?」
露は、先ほどの笑顔とは打って変わって怪訝そうな顔をした。
俺は我に返った。
「あー、なんか最近暗いしな」
適当な理由をつけた。
「やっぱ、そう見える?」
露は右手で頬杖をついた。
「まあ、失恋っていうか……。恋の悩みならあるかな」
「えっ、ええ、ええお前っ、好きな人いんのかよ!」
俺は思わず大きい声で言ってしまった。
俺が口を押えていると、露は悲しそうな顔をして俯いた。
「……その人ね。不器用で、口下手で、顔も怖いんだけどね。だからかな。時々不安になるの」
露は俯いたまま、顔を上げなかった。
俺は少し驚いた。
しかし、露には男を見る目が無いらしい。なんでそんな奴を好きになったんだ?
俺なら、俺なら……お前を――。
俺は露の手を握って言った。
「俺なら、絶対、そんな悲しい顔させないから!」
「……」
露は驚いて目を見開いていた。
俺はそんな露の顔を見て、自分が何を言ったのか冷静になって、考えた。
体温が上昇するのを強く感じた。
俺は露の手を放すと、首元をさすった。
「い、いや今のは違う!えっと……」
俺は露から視線を逸らした。
「ハハ。面白いね。ありがとう。そんなこと言ってくれて」
「……」
「じゃあ、恥ずかしい気持ちにさせたお詫びに、ハイ・ライフ」
「え?」
「私が払うから、流も一緒に飲もう」
露は隣にある椅子を後ろに引いた。
「ね?」
露は笑顔で首を傾けた。
「あ、ありがとう」
――これが俺の酒物語だ。