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湯気を立てるスープの香りが漂う中、すちはキッチンで静かに鍋をかき混ぜていた。
テーブルの上には小さなスプーンと子ども用の皿。
まさか自分が、みことのためにこんな準備をする日が来るとは思ってもみなかった。
背後から、ぺたぺたと小さな足音が近づく。
次の瞬間、裾をくいっと引っ張られた。
「すちぃ……」
「ん、どした?」
振り返ると、パジャマのままの小さなみことが、眠たげな目でこちらを見上げている。
髪は寝癖のままで、頬はうっすら赤い。
まだ泣いた後の名残が残るその顔に、すちは思わず微笑んでしまう。
「おなか……すいた……でも……すちがいいの……」
「今作ってるよ、もうちょっとでできるから」
「やだぁ……だっこ……」
みことは両手を差し出して、すちの足にしがみつく。
甘えるように身体を預けてくるその仕草があまりに素直で、胸の奥があたたかくなる。
「わかったわかった。じゃあ、ちょっとだけだっこな」
すちは鍋の火を弱め、タオルで手を拭いてからみことを抱き上げた。
みことはすぐにすちの首に腕をまわし、頬をすちの肩にすり寄せる。
「ん……すち、あったかい……」
「お前、ほんとに甘えんぼだな」
「すちは、すちだから……すちがいいの」
すちは小さな背中をぽんぽんと軽く叩く。
そのたびに、みことは安心したように小さく息を吐き、指先でシャツの襟をつまんだ。
体温が胸のあたりにじんわり広がって、すちは息を飲む。
――この温もりを、ずっと離したくない。
「もう少ししたらごはんできるよ。お腹空いたろ?」
「んー……すちといっしょにたべたい……」
「もちろん。二人で食べような」
そのやりとりに、みことは満足そうに頬をすり寄せて「えへへ」と笑った。
まるで子猫みたいに喉を鳴らすような笑い方。
すちはそのまま抱いたまま、鍋の前に戻る。
片腕で鍋をかき混ぜながら、片方の腕でみことを抱きしめる。
そんな不器用な姿を見て、みことはくすくす笑った。
「すち、つよいね。かっこいい」
「おだてても何も出ないぞ」
「……でもすち、だいすき」
その一言に、すちは動きを止めた。
小さな手が彼の頬をそっと触れる。
柔らかくて、温かくて、心臓の奥をくすぐられるような感覚。
「俺もだよ、みこと」
言葉を返すと、みことは満足そうににっこり笑って、すちの胸の中でまた顔をうずめた。
食事を終えて、 ソファに座ったすちの膝の上で、みことは小さな身体を丸めていた。
絵本を読んでもらいながら、眠気に負けて少しずつまぶたが落ちていく。
「……すち、どこにもいかない?」
「行かないよ。ずっとここにいる」
「ほんと?」
「ほんと。みことが起きるまで、ちゃんとそばにいるから」
みことはその言葉を聞いて、小さくうなずいた。
すちの胸に頬を寄せ、息を整える。
その小さな寝息が規則正しくなった頃、すちは頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
――たとえ姿が変わっても、俺にとって“みこと”は変わらない。
守りたいって気持ちは、昔も今も、まったく同じだ。