テラーノベル
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よし…ひとつずつ終わらせないといけないな。
私は救急箱を持って部屋の鍵を掛けると、第一家事室に向かう。
田中さんに、退職の手続きを聞いて制服の返却とか……あ、エプロンは一枚ボツだ…そのあたりも確認しないと。
お母さんたちにも連絡しないといけないな…
曲げづらい膝を気にしながらゆっくりと進むにつれて、ざわざわとした空気が近くなる。
荷物を運んでいるのか、と思い出した私の目にまず映ったのは
「運転手さん……?」
何をしているのか、じっと立っている運転手さんの後ろ姿だった。
身動きしない彼の向こう側が揺れている。
そっと運転手さんの隣まで行くと
「ぇ……動画……?」
私は口元を押さえて、もしも音声が入っちゃいけないと……運転手さんに囁き声で聞いた。
「声、入ってもいいですよ」
「はぁ……何を撮影……あ、危な……っ……」
両手、両腕、両肩、そして首にバッグを何個だ……1.2.3.4.5.6.7.8…9?あ、10個…もっとかな…を持った遥香が、足元の見えないまま螺旋階段を降りて来た。
そして、よろめいて手すりにぶつかって尻餅をついた。
「いった……ぁ……」
そうよね……階段の段に打ち付けたよね……
「先ほど巨大なスーツケースを持って降りて来た時に、手すりにぶち当たるわ、最後の段は持ちこたえられずに投げ置くわ、で、ご主人様の大切な家に傷が付いては困るので撮影しています。傷や破損は修繕費の請求をすると、お二人に伝えています」
「大理石、割れたりしたら大変ですよね……今のは、どちらかと言うとバッグが傷つくコケ方ですね」
という私の声と
「ぃやぁ……最悪……こんな傷じゃ売れないし……ええぇぇ……これは、これだけは最低でも持ってないと恥ずかしいブランドなのに…傷……」
階段に座ったままの遥香が発した、波のある声が重なった。
「行き先住所の確認が出来ました。あと25分で出発して、3時間で到着予定です。その後、速やかに荷降ろしをさせていただきます!」
開けたままの玄関ドアからは一歩も入って来ない引っ越し業者さんが、屋敷に響き渡る大きな声で告げる。
「真奈美さん、湿布、足りた?」
「わっ……ビックリした…はい、足りました」
目の前の光景に気を取られて、背後の気配に気付かなかったので、篤久様の声に驚いた。
篤久様は私の手から救急箱を受け取ると
「3時間ということは、廃墟と噂の実家?」
私を挟んで、運転手さんに尋ねている。
廃墟…?怖くない……?
「はい、そこを指定されたようですね」
平然と答えは返っているけど…私は両隣をキョロキョロと見た。
「正しくはあの人の実家ではないけれど、あの人が相続した家があると聞いている」
「はぃ……」
私は分からないなりに、篤久様の説明に耳を傾けた。
「子どものいない伯母が亡くなったと言っていたと思う。その時にその土地と家の相続人があの人だけだった。でも本来ならば相続放棄した方がいい案件だったよね?」
「そうです、篤久様。廃村になると分かっていた土地の古い建物は、売却出来ないですし、取り壊す費用だけが必要になりますから」
「そう。だけどあの人は怠慢さから放棄手続きをしなかったのか、不動産という響きに無知だから騙されたのか、それを相続している」
「じゃあ……一応家はあるということですね。今も住所確認が出来たって、業者さんが言っていたので」
ヨタヨタとバッグに埋もれながら歩く遥香を見ながら、私がそう言うと
「たぶん崩れはせずに建っているだろうけど、周辺住民のいない場所の空き家だから、掃除から始めないと。スーツケースひとつで、マンスリーマンションから再出発する方が楽だと思うが……」
篤久様が両肩を上げたのが分かった。
コメント
7件
落ち着く場所は、廃村に有る廃墟化した🏚️お店は無いわね
家と共に朽ちてください。誰にも相手にされずに
あらあら素敵なマイホームがあるのね🤣 篤久様の言うとおり何でも揃ってるウィークリーアパート(マンションじゃない!)に行けばいいのに 、つくづく愚かな母娘だよ😒