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初夏のあたたかい風が青々とした枝葉を遊んでいる。この校門を最後にくぐったのは7年前だったろうか。あの頃の私はこの梅郷中の制服に身を包んでいたが今は黒のスーツが私の身を覆っている。あの先生方はまだいるのだろうか。気を抜いたら7年間大事にしてた想いが溢れてきそうだ。改めて気を引き締め職員用玄関へと足を踏み入れる。「うわぁ」
慌てて口を塞ぐ。あまりの懐かしさに声がでてしまった。
「一ノ瀬さん?」
急に名前を呼ばれ体が2cmほど浮いてしまった。やはり人と関わるのは何年経っても慣れないものだ。話しかけてきたのは50前後に見える女性だ。
「あっ、えと。はい一ノ瀬です。えっと…」
「お待ちしてました。教頭の冬野です。」
冬野…?聞いたことがある名前だ。さりげなく名札を見る。冬野…千春、
「冬野先生ですか!?」
「思い出してもらえてよかった!悠希ちゃん久しぶりね、すごく大人っぽくなって。またよろしくね」
「はい!こちらこそ。また会えて嬉しいです。」
この女性は私が中学3年生のときにも教頭先生をしていた方だ。当時参加した学校のイベントで大変お世話になり密かに憧れていた先生だ。
「ここで立ち話もなんだし職員室に行っちゃいましょう。悠希ちゃんに会いたがってる人もいるのよ。」
「あっはい。」
会いたがっている人?まさかあの先生がまだいるというのだろうか。期待に胸を弾ませて職員室に入る。
「じゃあ、自己紹介軽くしちゃおっか。」
「あっはい。教育実習生の一ノ瀬悠希乃です。教科は理科です。3週間よろしくお願いします。」
「はい、席はあそこね。見覚えのある先生がいないか探してみてね。」
「はい。」
なんだか母校に転校してきた気分だ。
「悠希乃!久しぶり!おっきくなったね!」
「新井先生はしゃぎすぎ。やっほー悠希乃久しぶり元気にしてた?」
元気いっぱいな女性2人が私を抱き締めてきた。あまりにも突然のことでたっぷり3秒は硬直しただろう。我に戻り彼女たちの顔を見るとそこにはかつて担任の先生をしてくれた懐かしい顔があった。
「えっ!新井先生と畑野先生!?まだ居たんですか?」
「なにー?居ちゃ悪いの?あと橋本先生ね!」
「あ!橋本先生!違いますよー、会えると思ってなくてすごく嬉しいんですよ!新井先生なんてもう12年目ですよね?」
「そうなの!すごくない?」
「はいもう感激です!」
懐かしい、あの頃と全く同じノリだ。ただ1つ違うことといえば今新井先生の左手が光ったことだ。
「えっ新井先生、結婚したんですか?」
「あ、そうなの!あたらしい名字は岩本ていうんだけど、畑野先生には一回も呼んでもらったことないんだよね~」
「あんただってまだ私のこと畑野先生よびでしょ!」
まだ2人の仲は健在なようだ。私も1つお祝いの言葉を用意しないと。
「新井先生ご結婚おめでとうございます。」
「ありがとう!悠希乃も3週間またよろしくね!がんばれ!」
「あんたならまぁ大丈夫だと思うけど何かあったら言いなね。」
「はい!ありがとうございます!」
母校とはいえ、やはり知り合いがいるのはとても心強い。クラスは教科が違うので恐らく別れてしまうだろう。一喜一憂した思いを胸に教頭先生が指したデスクにつくと隣の席にはすでに先客がいた。
「おはようございます。今日からよろしくお願いします。」
「おはようございます、悠希乃さん。3週間がんばってくださいね。」
あぁ、なんということだろう。そう挨拶をしていただいた顔に目をやると何度も会いたいと願った人が私の瞳に顔を映した。高科想先生、私が中学生当時先程の先生たちに次いで大好きだった先生。恋愛感情も抱いたことだってあった。無論それは胸に秘めた想いとして終わった。彼には妻子がいたし、当時は先生と生徒。どう抗っても人の道に外れることになってしまう。だがこの再会くらいはささやかに喜んだって罰が当たったりはしないだろう。
「高科先生、また会えて嬉しいです。」
「卒業式の日に言われちゃいましたもんね。」
あ、そうだ。また会いたいと言ったのは他のだれでもないこの私だ。
つづく