テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
倉庫には、男の荒い呼吸だけが響いていた。
鈴木の撃った弾は、床を抉って止まっている。
火薬の臭い。
耳鳴り。
震える指。
鈴木は拳銃を握ったまま動けなかった。
霧矢が、床に座り込んだ男を見る。
それから鈴木を見る。
「外したんだ」
軽い声。
でも。
観察するみたいな目だった。
鈴木は舌打ちする。
「……殺す気なんかねぇよ」
男が涙目で何度も頷く。
「そ、そうだ……! お、俺何も——」
パン。
乾いた音。
男の言葉が途切れた。
額には赤い穴。
そのまま、後ろへ崩れ落ちる。
鈴木の呼吸が止まる。
霧矢は煙みたいに銃を下ろした。
「それじゃ困るから」
何でもない声だった。
鈴木は数秒、死体を見下ろす。
理解が遅れてやってくる。
「……お前」
胃がひっくり返る。
吐き気。
怒り。
恐怖。
全部混ざる。
「なんで撃った」
「合六サンの敵だから」
「そういう話じゃねぇだろ!」
叫び声が倉庫に反響する。
霧矢は瞬きをした。
本当に不思議そうだった。
「でも生かして帰したら面倒じゃん」
「……」
「鈴木クン、復讐したいくせに甘いよね」
その言葉に、鈴木は拳銃を向けた。
反射だった。
霧矢の額へ照準が向く。
倉庫が静まる。
だが。
霧矢は笑った。
「あは」
怖がりもしない。
避けようともしない。
「撃つ?」
鈴木の手が震える。
引き金に指がかかる。
霧矢はただ見ていた。
まるで。
人間の感情を観察しているみたいに。
「……っ」
鈴木は舌打ちして銃を下ろした。
霧矢は少しだけ首を傾げる。
「やっぱ優しいね」
「違う」
「じゃあ怖い?」
鈴木は答えない。
霧矢は笑う。
「じゃあ普通のままでいたいんだ」
霧矢がそう言った瞬間。
鈴木の眉が僅かに動いた。
「あ、ビンゴ?」
本当にさっきから何を言っているんだコイツは。
気味が悪い。
まるで、自分の心を読まれたみたいだった。
そのぐらい的確にあの一言が僕の気持ちを表していた。
霧矢は死体の横へしゃがみ込む。
血溜まり。
広がる赤。
見てるだけで吐き気がするのに、霧矢は汚れた床を見るくらいの顔しかしていない。
「でもさ」
ぽつりと言う。
「普通って、結構すぐ壊れるよ」
鈴木は黙る。
霧矢は死体のポケットを漁り始めた。
スマホ。
財布。
社員証。
いろんなものを淡々と回収していく。
「オレ、昔よく言われたんだよね」
「……何を」
「“お前おかしい”って」
霧矢は笑う。
「でも逆に、普通って何なんだろ」
鈴木は答えられない。
霧矢は続ける。
「痛いの怖がること?」
「……」
「人殺せないこと?」
財布から写真を抜き取る。
家族写真だった。
霧矢は数秒それを見る。
でも。
何も感じていない顔だった。
「でもさぁ」
写真を丸めて死体の胸に投げる。
「人って案外、簡単に人壊すじゃん」
鈴木の脳裏に、昔のコメント欄が浮かぶ。
《かわいい》
《もっと泣かせて》
《神回》
知らない大人たち。
笑いながら、子供を消費していた。
霧矢が立ち上がる。
「直接殺すか、笑って見て、集団で直接手を下さずに間接的に殺すかの違いで」
その声だけ、少し静かだった。
「結局やってること変わんない気する」
鈴木は何も言えなかった。
霧矢は死体を見下ろす。
「この人もさ」
靴先で死体を軽く小突く。
「誰かの大事な人だったかもしれないけど」
無感情な声。
「合六サンの敵だったから終わり」
鈴木は拳を握る。
「……お前、ほんとに何も感じねぇのか」
霧矢は少しだけ考えた。
そして。
「わかんない」
笑う。
「多分、最初から欠けてるから」
その笑顔を見て。
鈴木は初めて、少しだけ怖くなった。
ルージュとは違う。
あいつは、人を利用する側の人間だった。
でも霧矢は。
もっと根本的に、人間の形が違う。
その時だった。
スマホが震える。
霧矢が画面を見る。
「あ」
「……何」
「冬橋サン」
電話に出る。
『直斗』
低い声。
スピーカー越しでも空気が変わる。
『今どこだ』
「倉庫ッス」
『……また勝手に処理したな』
霧矢が笑う。
「バレちゃったぁ」
電話の向こうで、冬橋が小さく息を吐く。
『帰って来い』
「はーい」
『あと鈴木連れてこい』
「了解ッス」
通話が切れる。
霧矢はスマホをしまった。
「怒られるかも」
「自業自得だろ」
「あは」
霧矢は笑いながら歩き出す。
「車に袋置いてなかったっけなぁ」
「あ、鈴木クンちょっと待ってて」
どうやら処理用の袋を取りに行くようだ。
鈴木は動けない。
床に転がる男を見る。
さっきまで生きていた。
泣いていた。
助けを求めていた。
なのに。
今はもう、ただの物体だった。
「鈴木クン、はいコレ」
「コレに詰めて」
袋を手渡される。
「っ……」
できない。
どうしてもできない。
霧矢が振り返る。
「鈴木クン」
「……」
「できない?」
鈴木は小さく頷いた。
「んぅー残念。まぁ銃撃てたから上出来ッスね」
そう言って鈴木の肩をぽんと叩くと慣れた手つきで死体を袋に詰めていった。
時折ゴキッと骨が折れる音がした。
作業が終わったのか、霧矢は袋を陰に置いて車に向かった。
「置いてくッスよぉ」
鈴木は数秒、袋を見ていた。
それから。
ゆっくり霧矢の後を追った。
その背中を見ながら。
自分がどこへ向かっているのか、少しずつわからなくなっていた。
コメント
1件
うわっ……10話、めっちゃ重かったけどめっちゃ良かった……!😭💔 霧矢くんの「普通ってすぐ壊れるよ」ってセリフ、心にズドンと刺さった。彼の無感情な感じと、逆に鈴木くんの揺れる人間らしさの対比がエモすぎる……。人を♡♡♡ことへの感覚の違い、でもネットで他人を消費するのも「間接的には同じ」って言われて、確かにって考え込んじゃったよ。 最後の「どこへ向かってるのかわからなくなってた」で終わるのも、続きが気になりすぎる!次が待ちきれないよ✨📖
#御本人様とは一切関係ありません
🫧想美🎐🍏
561
#だけなんだ
だけなんだ
653
だけなんだ
3,529