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だけなんだ
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コメント
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冬橋さん今までセリフ多めで心情を読み取るのが難しくて、今回詳しく冬橋さんの考えが読めて嬉しいです!霧矢は冬橋さんを監視する側で、組織に重宝されている存在でもあるから、なんとなく霧矢が裏で地位が高い方と思ってたのですが、冬橋さんの視点で客観的に見た霧矢が読めて感動…今回も素晴らしいお話ありがとうございます!
いやあ、今回も重くてよかったです……特に冬橋さんの「人♡♡♡たくねぇって思えることだ」ってセリフ、めちゃくちゃ刺さりました。自分たちはもう手遅れでも、鈴木には“まだ戻れる”って言い切るの、かっこよすぎる。でもその奥にある諦念とか、ちゃんと伝わってきました。霧矢さんのキャラも気になる。笑顔だけ浮いてて感情が追いついてない感じ、不気味で面白いです。次も楽しみにしてます!
しぇるたーへ戻った頃には、空が白み始めていた。
朝の四時。
夜と朝の境目みたいな時間。
住宅街は静かで、世界から音が消えてしまったみたいだった。
運搬車が止まる。
エンジン音が途切れた瞬間、嫌になるほど静寂が耳についた。
鈴木は無言で車を降りる。
倉庫を出てから、ほとんど喋っていない。
火薬の臭いが、まだ服に染みついている気がした。
霧矢はそんな鈴木を気にも留めず、大きく欠伸をする。
「ねむ」
声は軽いのに、目だけはやけに冴えていた。
眠いと言いながら、どこかでずっと周囲を測っているみたいな、落ち着かなさがある。
笑っているはずの口元も、ほんの少しだけ遅れて動いているようで、どこか噛み合っていなかった。
「……」
「冬橋サン絶対機嫌悪いな〜」
他人事みたいな声だった。
言いながら、霧矢は指先で自分の袖口を払う。そこに乾きかけた血がついているのに、まるで埃でも落とすみたいな仕草だった。
笑っている顔も、どこか薄い。
軽く見えるのに、ふとした瞬間だけ底が見えない。
目元だけが笑っていないのが、余計に不自然だった。
玄関を開ける。
その瞬間。
「直斗」
低い声が飛んだ。
鈴木の肩がわずかに揺れる。
居間では、冬橋がソファに座っていた。
ブラックコーヒーを片手に持ったまま、こちらを見ている。
完全に起きている顔だった。
起きたまま、待っていたのだ。
霧矢が「あ」と笑う。
「まだ寝てなかったんスか」
笑いながらも、足音を立てずに一歩だけ中へ入る。
その動きがやけに滑らかで、気配を薄くするのが癖になっているみたいだった。
笑顔だけが先にそこへ置かれて、本人の感情は少し遅れてついてくるような、わずかなずれがある。
「誰のせいだ」
冬橋の視線が、霧矢の袖についた血を見る。
それだけで、大体察したらしい。
「また処理したのか」
「だって見張りいたし」
「報告しろって言ってんだろ」
「結果オーライっス」
「お前な」
冬橋は深く息を吐いた。
本気で呆れている顔だった。
だが怒鳴らない。
多分、もう慣れている。
何度もこういうやり取りをしてきたのだとわかる。
鈴木は黙って、その会話を見ていた。
会話の内容がおかしい。
死体処理の話をしているのに、空気はひどく日常的だった。
それが余計に気持ち悪い。
霧矢は気にした様子もなく、濡れた髪を指で梳く。
指先に残った赤を見ても、眉ひとつ動かさない。
その無頓着さが、鈴木にはどうしても理解できなかった。
まるで血の色だけがこの場から切り離されているみたいで、笑っている顔との温度差がひどく不気味だった。
すると。
冬橋の視線が向く。
「鈴木」
「……」
「顔色悪ぃな」
鈴木は返事をしない。
喉の奥がまだ鉄臭かった。
霧矢が横から笑う。
「初射撃だったんで」
軽い口調だった。
けれど、その言い方にはわずかな間がある。
人の痛みを本当に気にしていないのか、それとも気にしているふりをするのが上手いだけなのか、鈴木にはわからない。
笑っているのに、慰めているようにも、面白がっているようにも聞こえて、そのどちらも本心に見えなかった。
冬橋の眉が寄る。
「お前やらせたのか」
「必要じゃないッスか?」
「段階考えろ」
「え〜」
霧矢は不満そうに口を尖らせる。
まるでゲームを途中で止められた子供みたいだった。
だが、その目は笑っていない。
冗談めかした声の奥で、何かを面白がっているようにも見えるし、ただ壊れた感覚のまま喋っているだけにも見える。
笑顔だけが浮いていて、感情がそこに追いついていない。
冬橋はコーヒーを一口飲む。
苦い匂いが漂った。
それから鈴木を見る。
「撃ったか」
静かな声。
責めるでもなく、試すでもない。
ただ確認するみたいな声だった。
鈴木は数秒黙ったあと、小さく答える。
「……外した」
その瞬間。
倉庫の光景が脳裏に蘇る。
泣きながら命乞いする男。
震える手。
床にめり込んだ弾。
冬橋は何も言わなかった。
責めもしない。
褒めもしない。
ただ短く頷く。
「ならまだ戻れる」
その言葉に。
鈴木の喉がわずかに動いた。
戻れる。
その言葉だけが、やけに胸へ引っかかった。
霧矢が壁に寄りかかる。
「戻る場所あるなら、だけど」
軽く言った声だった。
けれど、その軽さがひどく冷たい。
冗談の形をしているのに、どこか本気で、人の足場を平気で崩しそうな危うさがある。
笑っているはずなのに、笑い方そのものが少しずれていて、聞いている側の感覚をじわじわ狂わせるようだった。
冬橋が霧矢を見る。
「直斗」
「はいはい」
霧矢は肩を竦める。
でも笑っていた。
その笑顔はいつも通りなのに、どこか薄い。
口元だけが動いていて、目の奥は別の場所を見ているみたいだった。
返事も軽すぎて、まるで会話の意味を半分も拾っていないように聞こえる。
鈴木はぽつりと呟く。
「……普通ってなんだよ」
二人が鈴木を見る。
鈴木は俯いたまま続けた。
「人を殺せないことか」
時計の秒針がやけに大きく聞こえる。
外では、新聞配達のバイクが走っていった。
世界は普通に朝を迎えている。
なのに、自分だけが別の場所に置いていかれている気がした。
冬橋が先に口を開く。
「違う」
自信に満ちた声だった。
「人殺したくねぇって思えることだ」
鈴木は顔を上げる。
冬橋は窓の外を見ていた。
朝焼けが少しずつ街を照らし始めている。
「俺らはもう手遅れだ」
淡々とした言い方だった。
自嘲もない。
悲壮感もない。
ただ、事実として受け入れている声。
「でもお前は違う」
霧矢が少しだけ目を細める。
その横顔は、笑っているようでいて、どこか獲物を見つけた獣みたいにも見えた。
口元は柔らかいのに、視線だけがやけに冷たく、何を考えているのか掴めない。
冬橋は続けた。
「復讐に飲まれるな」
その瞬間。
鈴木の脳裏に、ルージュの笑顔が浮かぶ。
『みんな今日もお疲れ様』
明るい声。
画面越しの笑顔。
崖。
雨。
凛子。
冷たくなった身体。
無意識に拳を握る。
「……無理だろ」
掠れた声が漏れる。
「凛子が殺されてんだぞ」
冬橋は黙る。
霧矢も、珍しく笑わなかった。
鈴木は続ける。
「なのにあいつ、普通に笑って生きてる」
喉が焼ける。
怒りで。
悔しさで。
「許せるわけねぇだろ」
沈黙。
長い沈黙。
やがて。
「許さなくていい」
冬橋が言った。
鈴木が顔を上げる。
冬橋は静かな目をしていた。
怒りを知っている人間の目だった。
「でも、お前まで壊れる必要はねぇ」
その言葉に。
鈴木は何も返せなかった。
胸の奥が、少しだけ痛かった。
霧矢がふと立ち上がる。
「オレ、シャワー浴びてくるッスね」
軽い声。
いつもの調子。
だが。
リビングを出る直前、一瞬だけ鈴木を見る。
その目が、ひどく静かだった。
観察する目じゃない。
試す目でもない。
何かを測り損ねたまま、底の見えない水面みたいに揺れている目だった。
笑っている顔を貼りつけたまま、そこだけがひどく冷えて見える。
鈴木は違和感を覚える。
霧矢が、あんな目をするのは珍しい。
冬橋がコーヒーを飲む。
「直斗のこと、怖いか」
突然だった。
鈴木は少し黙る。
「……わかんない」
本音だった。
怖い。
でも。
理解できないだけな気もする。
人間じゃないものを見ている感覚に近かった。
冬橋は小さく息を吐く。
「あいつ、昔からああだ」
「……」
「感覚がズレてる」
静かな声。
責めるでもない。
庇うでもない。
ただ説明しているだけだった。
「でも、だからこそ組織じゃ重宝される」
鈴木は昨日の光景を思い出す。
撃たれた男。
広がる血。
笑う霧矢。
あの場で、霧矢だけが笑っていた。
踏み込んではいけない場所へ平然と足を置く異常性があった。
笑っているのに、何も感じていないようにも見えて、逆に全部わかっているようにも見える。その曖昧さが、余計に気味が悪い。
「……なんであんな奴、側に置いてんだ」
冬橋は少しだけ考えた。
そして。
「ガキみたいだから」
「は?」
理解し難い答えだった。
冬橋は窓の外を見る。
朝日が少しずつ差し込み始めている。
夜が終わっていく。
「あいつ、自分が何なのか理解してない」
その声は静かだった。
「だから放っとくと、ほんとに壊れる」
鈴木は言葉を失う。
もう十分壊れているように見えるのに。
それでも冬橋は、“まだ壊れ切ってない”と思っているのだ。
冬橋は立ち上がる。
「お前も寝ろ」
「……」
「顔終わってる」
そう言って、台所へ向かった。
鈴木は立ったまま動けない。
窓の外。
朝焼け。
雨上がりの街。
濡れた道路が、淡く光っている。
その景色を見ながら。
鈴木はふと思う。
もし。
自分が“チョモ”じゃなかったら。
普通に学校へ行って。
普通に友達作って。
普通に生きていたら。
今、どこにいたんだろう。
朝までゲームして笑っていたかもしれない。
誰かとコンビニへ行っていたかもしれない。
そんな想像が、一瞬だけ浮かぶ。
でも。
すぐに消えた。
最初から。
そんな人生、自分には存在しなかった気がしたから。