コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
変身の光が、夜のビル街を裂いた。
「――アストレア・オン」
桜色、水色、雷光。
三つの光が交差し、少女たちの姿を魔法少女へと変える。
右足に走る鈍い痛みを、モモは歯を食いしばって押し殺した。
まだ完全じゃない。
でも、立てる。戦える。
「……来るよ」
ミオの声が静かに落ちる。
街路を覆う黒い影――
β級アビスが二体、γ級が一体。
前と同じ構成。
でも、もう――怯えない。
「先手取る!」
ライナが弓を引き絞る。
「雷穿《ライトニング・ピアース》!」
雷の矢が夜を裂き、β級の胴体を貫く。
以前より速い。精度も高い。
「……凍らせる」
ミオが地面に杖を突き立てる。
「氷結陣《フロスト・フィールド》」
路面が一気に凍結し、アビスの動きが鈍る。
γ級が低く唸り、力任せに氷を砕こうとする。
――そこへ。
「今だよ!」
モモが踏み込む。
右足が悲鳴を上げる。
でも、止まらない。
「桜閃ピンクブレイク!」
双短刀が桜色の軌跡を描き、β級の首元を裂いた。
黒い霧が噴き上がる。
「続ける!」
「任せて!」
ライナが即座に追撃。
「雷鎖《サンダー・チェイン》!」
雷が鎖のように走り、γ級の脚を絡め取る。
動きが止まった、その一瞬。
「……削る」
ミオが静かに息を吸う。
「氷刃雨《アイス・レイン》」
無数の氷の刃が降り注ぎ、
γ級の“肉体”を深く、確実に削る。
――怯んだ。
前なら、ここで誰かが怪我をしていた。
でも今は違う。
「畳みかけるよ!」
モモが前に出る。
「桜暁ブレードラッシュ!」
連撃。
桜の閃光が重なり、γ級の体表が裂ける。
反撃の黒い腕が伸びる――
だが。
「させない!」
ライナの雷が腕を打ち落とす。
「モモ!」
「わかってる!」
「桜霞フラッシュ!」
視界を覆う桜の霞。
γ級が一瞬、完全に動きを止めた。
ミオが静かに告げる。
「……終わらせよう」
モモは、双短刀を交差させる。
右足が震える。
腕が重い。
それでも、声を張り上げた。
「燈火クロスブレード!!」
桜色の十字閃光が、γ級の核心を貫いた。
黒い霧が夜に溶け、
アビスは完全に消滅する。
――静寂。
三人は、息を整えながら立っていた。
「……やった」
ライナが小さく笑う。
ミオは頷いた。
「前より……確実に、強くなってる」
モモは右足をかばいながら、でも胸を張った。
「うん……
怖かったけど……逃げなかった」
街の遠くで、避難解除のサイレンが鳴る。
三人は並んで歩き出した。
傷も、恐怖も、まだ消えない。
でも――
ルピナスは、確実に前に進んでいた。
◆ 翌日 ―― ネットの中の「ルピナス」
戦闘から一夜明けた朝。
モモは星守院の病室で、ベッドに腰掛けたままスマホを眺めていた。
画面は、ほとんど指を動かさなくても更新されていく。
《速報》
《市街地第九区アビス事件、ルピナスが迎撃》
《怪我明けとは思えない連携》
《あの三人、前より強くなってない?》
動画サイトには、
昨夜の戦闘を遠くから撮った映像が次々と上がっていた。
雷が走り、氷が広がり、
桜色の光が夜を裂く。
コメント欄は、驚きと称賛で埋まっていく。
《連携やばすぎる》
《普通にヒーロー》
《怖かったけど助かった、ありがとう》
《ルピナス、ほんとに街守ってる》
モモは思わず、口元を緩めた。
「……すごい……」
ミオが隣のベッドからちらっと画面を覗く。
「評価、上がってるね。
戦闘の精度が映像でもわかる」
ライナは椅子に座ったまま、腕を組んで笑った。
「そりゃね。
昨日の連携、正直言って完璧だったし」
けれど――
スクロールしていくうちに、
少しだけ空気が変わる。
《でも怪我してたよね?大丈夫なの?》
《無理して戦わせてない?》
《足、引きずってた子いたけど……》
ほんの一部。
全体から見れば少数だった。
それでも、モモの胸がちくりと痛む。
「……心配、されてる」
ミオは静かに言った。
「批判じゃない。
“守りたい”側の気持ちだよ」
ライナもスマホを見ながら頷く。
「うん。
アンチより、応援の方がずっと多い」
実際、画面の大半は温かい言葉だった。
《怪我してても前に出るのすごい》
《子供なのに覚悟が違う》
《ルピナス推しになった》
《この三人なら信じられる》
ファンアートや応援イラスト、
手書きの応援メッセージまで流れ始めている。
モモは胸の奥がじんわり熱くなるのを感じた。
「……こんなに、見てくれてる人がいるんだ」
ミオが小さく微笑む。
「見られるのも、責任だね」
ライナが軽く肩をすくめる。
「でもさ、嫌われるよりずっといい。
それに――」
ライナはモモを見た。
「モモ、昨日一番前に立ってた。
それ、ちゃんと伝わってるよ」
モモは照れたように視線を逸らす。
「……こわかっただけだよ」
「それでも、立ったでしょ」
ミオの言葉は、短くてまっすぐだった。
そのとき、スマホに通知が表示される。
《#ルピナスありがとう》
トレンド入り。
モモは思わず息をのんだ。
「……すごい……」
喜びと同時に、
胸の奥に小さな、不安が芽生える。
――こんなに期待されて、
――もし、次は守れなかったら?
画面を閉じた瞬間、
星守院のスピーカーから静かなアナウンスが流れた。
《アストレア各員、訓練スケジュール更新》
《次回出撃に備え、準備を》
ミオが立ち上がる。
「……行こう。
期待に応えるためじゃなくて」
ライナが頷く。
「自分たちが生き残るために」
モモは、右足にそっと力を入れた。
まだ痛む。
でも、折れてはいない。
「……うん。
私たちは――ルピナスだから」
画面の向こうでは、
無数の“好き”と、少しの“不安”が渦を巻いていた。
それを背負って、
三人はまた前へ進む。
◆ 星守院主催・ルピナス ファンイベント
週末。
星守院の広場には、普段では考えられないほどの人が集まっていた。
色とりどりの風船。
即席のステージ。
「ルピナス」のロゴが描かれた横断幕。
子供も、大人も、
皆が同じ方向を見つめている。
「……人、多すぎない?」
控室で、モモは小さく呟いた。
右足はまだ完璧じゃない。
でも今日は杖を使わず立てている。
ミオは静かに状況を確認していた。
「入場制限も警備も問題ない。
……想像以上に、支持されてる」
ライナは鏡の前でアストレアスーツの襟を整えながら笑う。
「この前まで普通の中学生だったのにね。
急に“ヒーロー”扱い」
そのとき、スタッフが扉をノックした。
「準備が整いました。
ルピナスの皆さん、お願いします」
――扉が開く。
歓声が、波のように押し寄せた。
「ルピナスー!!」
「ノノちゃーん!」
「ミオ!ライナ!」
モモは一瞬、足がすくんだ。
でも、前列にいた小さな女の子が、
桜色のリボンを振りながら叫ぶ。
「がんばってー!」
胸が、ぎゅっとなる。
三人はステージに並んだ。
拍手が鳴り止まない。
最初は、子供向けの簡単な質問コーナー。
小さな男の子が、マイクを両手で持って聞く。
「どーしたら、つよくなれますか!」
モモは少し考えて、答えた。
「……怖くても、
逃げないって決めること、かな」
その言葉に、周囲の大人たちも静かに耳を傾ける。
別の子が聞く。
「いたくない?」
ミオが代わりに答えた。
「痛いよ。
でも……守れたって思えたら、耐えられる」
ライナが笑って付け加える。
「だから、みんなは無理しないでね!
私たちが代わりに戦うから!」
子供たちがぱっと笑顔になる。
次は、大人向けの取材。
記者が丁寧な口調で問う。
「ルピナスとして、
世間からの注目をどう感じていますか?」
ミオが一歩前に出る。
「正直、戸惑っています。
でも……期待されること自体は、悪くない」
ライナが続ける。
「応援されると、
“ちゃんと生きて帰ろう”って思える」
最後に、モモが言った。
「……好きって言ってもらえるのは、
すごく、嬉しいです。
でも……それ以上に、
無事でいてほしいって思ってもらえるのが、嬉しい」
会場が、静かにうなずく。
イベントの最後。
短いサイン会。
モモの前に、小学生くらいの男の子が立った。
包帯の跡を見つめて、
少し震えた声で言う。
「……もう、いたくならないで」
モモは、しゃがんで目線を合わせた。
「……約束はできないけど、
ちゃんと戻ってくるよ」
男の子は、力いっぱい頷いた。
⸻
◆ イベント後
控室に戻った三人は、
一気に力が抜けて椅子に座り込んだ。
「戦闘より疲れた……」
ライナが言うと、ミオも珍しく苦笑する。
「注目されるのは、
思ったより体力を使うね」
モモはスマホを見つめながら、静かに言った。
「……こんなに応援してくれる人がいるなら、
私たち……簡単に倒れちゃだめだね」
ミオが頷く。
「うん。
それが“ルピナス”の立場だ」
その頃――
星守院の上層フロアでは、
誰かがモニター越しに微笑んでいた。
「……よく育っている」
その声は、
優しくて、どこか冷たかった。
◆ 突然の招集
その通知は、あまりに唐突だった。
《星守院・緊急命令》
《ルピナス、即時出動》
《任務区分:公開制圧》
モモはスマホを見たまま、言葉を失った。
「……公開、制圧?」
ミオの眉がわずかに動く。
「避難完了区域じゃない。
しかもこの時間……人通りが多い」
ライナが画面をスクロールする。
「場所……中央区の再開発エリア。
記者、絶対来るよね」
沈黙が落ちる。
――それは、戦闘というより見せるための任務だった。
その直後、露花の声が通信に割り込む。
『安心して。今回はβ級1体のみよ』
やけに、優しい声。
『“今のルピナスなら問題ない”。
そう、上層部が判断したわ』
モモは胸の奥がざわついた。
「……私たち、試されてる?」
『違うわ』
露花は微笑むように言った。
『“示す”のよ。
あなたたちが、希望だって』
⸻
◆ 中央区 ―― 夜の公開戦場
現地に着いた瞬間、
モモは理解してしまった。
もう、人がいる。
避難線の外側に、
スマホを構えた群衆。
ドローン。
中継車。
「……多すぎる」
ミオが低く言う。
「この距離で戦うの、初めてだよ……」
ライナの声も、いつもより硬い。
アビスは、確かにβ級1体。
だが、異様に“大人しい”。
まるで――
待っているみたいに。
「……来る」
ミオが告げた瞬間。
アビスが、わざとらしく咆哮した。
観客の悲鳴。
フラッシュ。
歓声すら混じる。
「変身……!」
「――アストレア・オン」
光が弾け、
三人は一瞬で戦闘態勢に入る。
⸻
「……早く終わらせる」
ミオが氷結陣を展開する。
「氷結陣《フロスト・フィールド》」
だが――
アビスは、あえて氷を踏み砕いた。
ゆっくり。
見せつけるように。
「……っ、挑発してる?」
ライナが雷矢を放つ。
「雷穿《ライトニング・ピアース》!」
直撃。
けれど、致命傷にはならない。
観客のどよめき。
《あれ?》
《思ったより苦戦してない?》
――その声が、モモの耳に刺さる。
「……私が行く」
右足が痛む。
でも、下がれない。
「桜閃ピンクブレイク!」
桜色の閃光。
アビスの体表が裂け、黒い霧が噴き出す。
――歓声。
「すごい!」
「やっぱルピナスだ!」
でも、次の瞬間。
アビスの腕が、
わざと人のいる方向へ伸びた。
「――っ!」
モモは反射的に前に出た。
間に合った。
でも――
右足に、鈍い衝撃。
「っ……!」
バランスを崩す。
その一瞬を、
カメラは逃さなかった。
⸻
ミオとライナが即座にカバーに入る。
「下がって!」
「モモ、無理しない!」
モモは歯を食いしばる。
下がれない。
ここで弱さを見せたら――
それが“見せしめ”になる。
「……まだ、動ける」
「桜霞フラッシュ!」
視界を奪い、
一気に距離を詰める。
「桜暁ブレードラッシュ!」
連撃。
確実に削る。
最後は――
「……終わらせる」
「燈火クロスブレード!!」
桜色の十字閃光が、
夜空を切り裂いた。
アビスは、完全に消滅する。
歓声。
拍手。
安堵の声。
――でも。
モモは、胸の奥が冷え切っていた。
⸻
◆ 任務後
通信が入る。
『素晴らしいわ、ルピナス』
露花の声。
『とても“分かりやすい”戦いだった』
ミオが静かに言った。
「……これ、
市民のためだけの任務じゃない」
ライナが唇を噛む。
「私たち……
“安心材料”として使われてる」
モモは、まだ痛む右足を押さえながら、夜空を見上げた。
拍手の音が、
なぜか遠く感じる。
「……でも」
小さく、言う。
「守れたのも、事実だよ」
その言葉に、
ミオとライナは否定しなかった。
――けれど。
その夜、
星守院の上層フロアで、
別の声が囁かれていた。
「――“見せしめ”としては、上出来だ」
「次は、もう少し厳しくてもいい」
ルピナスは、
まだ知らない。
人気の裏で、
首輪が少しずつ締められていることを。