「なるほど。その反面、伊藤氏は時間にはかなりきっちりしていたらしいですね?」
宇賀神先生が言う。
「はい、その通りです。
いつも約束の時間の30分前にはその場に居ました。
不思議に思って聞いてみると、『いつも腕時計の時間を30分早めているんだ』と自慢気に言って居ました。」
「ほぉ?
これは興味深いですね!
伊藤氏は腕時計の時間をいつも30分早めていた!
検察側の証拠は果たして証拠として成り立つのでしょうか!?
続けて質問します。
伊藤氏は事件当日も腕時計を30分早めていたと思いますか?」
「はい。
その可能性が高いと思います。」
「ということは!
ということは、ですよ!
みなさん、もうお分かりですね!?
伊藤氏が殺されたのは、昼の12時ちょうどではありません!
そう、11時30分だったのです!!!」
先生は言った。
よしっ!
これでこちらがかなり有利になったわ!
「さらに、ここで検察側にとっては残念な証拠がもう一つあります。
それは、地下鉄の防犯カメラの映像です。
佐伯友子被告は、渋谷駅から、11時45分発の地下鉄に乗っています。
これは、防犯カメラで証明されている事実です。
渋谷駅から青山一丁目駅までは約5分。
彼女が青山に着いたのは、11時50分頃ですね。
さぁ、どうやって佐伯友子被告が11時30分に伊藤氏を殺す事が出来るのでしょうか?
以上で弁護側の弁論を終わります。」
傍聴席からは見事な弁論に拍手までが巻き起こった。
そうして、第1回の裁判は、かなりこちらに有利な状況で終わった。
後日、佐伯友子被告は仮釈放された。
しかし、彼女はまだ有力な被疑者の1人と考えられていた。
「どうやら、真犯人を見つけ出す必要がありそうですねぇ。」
先生は綺麗な指先を口元に当てて考える。
「そうですね!」
私も同意する。
「ところで…
映画でも見に行きませんか?」
「はぁ?
何でそうなるんですかっ!?」
「休憩も必要でしょう!?
大体あなたは…」
「はいはい、分かりましたよー。
行けば良いんでしょ、行けば…」
私は先生が文句を並べ立てるのを防ぐためにとりあえずそう言った。
「何見るんですか?」
「『湯けむり殺人事件』っていう映画がちょうど今あってるんですよ。
犯人当て勝負しませんか?」
「あっ、先生、自分が勝つと思ってるんでしょ!?」
「へなちょこ弁護士には負けませんよね、そりゃ。」
「勝負しますよ!」
私は俄然やる気になってそう言った。
絶対犯人当ててやるんだから!
そして、暗くなった館内で映画が始まった。
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