「坂本さん、ありがとうございます。今日のお店もすごく美味しかったです」
「気に入ってもらえて良かった」
少しおしゃれなレストランで食事をし、程よくお酒も入りほろ酔い気分。
隣には一か月ほど前に共通の友人を介して知り合った、最近いい感じの坂本さん。
5歳年上の商社マンの彼とは二人で会うのはこれで3回目。
第一印象はそれほど良いものではなかったけど、こうして会っていくうちに少しずつ彼に惹かれているのが自分でも分かる。
前の彼と別れて2年。
別に彼のことを引きづっているわけじゃないけど、この2年間、恋愛とはご無沙。
気づけば私も27歳。
その間に仲の良い友人たちは着々と結婚、出産と幸せの家庭を築いていって完全に私は置いてけぼり状態。
最近は晩婚というくらいで、それほど気にはしないけど先のことを色々考えてしまうとやっぱり少し焦りは感じてしまう。
そんな私を気にかけて友人が彼を紹介してくれたのだ。
そのおかげで恋愛から遠ざかり、完全に枯れていた私も少しずつ忘れかけていたあの甘い感覚を思い出すことができた。
数回会って、彼となら上手くやっていけるって思えた。
そして多分、彼もきっと私と同じ気持ちのはず。
自惚れすぎなのかもしれないけど、一緒にいて居心地良いし、それはきっと私だけじゃないって思えていた。
「本橋さん……」
隣を歩いていた本橋さんが足を止めて私を見てきた。
ほら来た!!
「は、はいっ」
反射的に背筋がピンと伸びる。
多分、今日言われると心の準部をしてきたはずなのに、いざその時が来たと思ったら恥ずかしいことに声に少し力が入ってしまった。
「率直に言わせてもらいます。ここ数回、本橋さんと会ってすごく話も合うし魅力的な人だと思いました」
坂本さんは私の方を真っすぐ見て言われているこっちが恥ずかしくなるようなセリフをなんの躊躇いもなくサラリと言ってきた。
「ありがとうございます」
気恥ずかしさを感じつつ、軽く頭を下げ心の中でこっそりとガッツポーズをする。
それなのに……
「ごめんっ」
―――え!?
次の瞬間、彼も私に向かって頭を下げていた。
これはどういう状態?
完全に頭の中が混乱してしまった。
「えっと……」
一生懸命、気持ちを落ち着かせて頭の中を整理する。
「本橋さんには俺なんかより良い人が居ると思うんだ」
でも私の頭の中の整理がつかないうちに、彼の口からドラマや漫画の世界で何度か見かけたセリフが飛び出してきた。
「え?」
一瞬、驚きはしたがすぐに冷静さを取り戻した。
――あ、そう……
そして盛り上がっていた私の気持ちが驚くくらい一気に冷めていくのを感じた。
――…
―…
「え?で、終わり!?」
「そう、終わり」
「終わりって……。奈緒はそれでいいの?」
「良いも悪いも向こうがそう言ってるんだから仕方ないじゃない」
会社の昼休み。
ずっと相談に乗ってもらっていた川島 麻美に昨晩、坂本さんと終わったことを報告した
ま、彼とは何も始まっていないのだから終わったというのは間違いかもしれない。
「仕方ないって……。奈緒、坂本さんのこと好きだったんじゃないの?」
「好き?」
私の相談に乗ってくれていた麻美には私が坂本さんのことが“好き”だということになっていたらしい。
「え、違うの?」
「上手くやっていけるとは思ってたけど、向こうには気がないわけだし……」
おかげで失恋と言えばいいのかは分からないが傷は事の外、浅くすんだ。
「もー、それ!それも奈緒の悪いところ。冷めすぎ!!」
「別に冷めているわけじゃないけど……」
昔から自分ではそういうつもりがなくても周りからそう思われてしまう。
「奈緒って他人に頼るのが苦手で何でもかんでも自分でやらないと気が済まないっていうか、甘え下手なんだよね」
やっとしっくりくる言葉が見つかったとばかりに麻美が自信満々といった顔で私に諭すように言ってきた。
さすがの私もそれに関しては返す言葉が見つからず、口を噤むしかなかった。
そもそも元カレと分かれることになったのもそれが原因。
もっともそれだけではないかもしれないけど、別れ際、彼に言われたのが
「別れよう、奈緒と居ると自信なくすわ。そんなに俺って頼りない?少しくらい甘えてほしかった」
だった。
本当のことだから私は別れを切り出した彼を引き留めることができなかった。
そこであっさり受け入れるから私はダメなのかもしれない。
そんなことない!
私には大悟が必要なんだって、言えば少しは可愛げもあって彼とも別れずに済んだのかもしれない。
でも私にはできなかった。
2年も付き合った彼にもそう言われるだけあって自分でもしっかり自覚しているからだ。
「なんかもう誰とも恋愛できないような気がしてきた」
ポツリと本音が零れる。
「え!?何言ってるのよ。諦めないで恋愛しようよ」
「諦めるも何も。こんな私が良いって人がこれから先に現れるとは思えないんだけど……」
麻美が言う通り、諦めないで済むなら私だって諦めたくない。
だけど現実問題、難しい気がする。
「それは奈緒が変わろうとしないからでしょ」
「え?」
「贅沢に自分に合う相手を求めてないで、少しは自分も変わらなきゃ」
「変わる?」
「そう!脱・甘え下手。
私も頑張って相手探すから、奈緒も頑張るんだよ」
なぜか私以上に意気込んでいる麻美に驚きつつも、その優しさに胸が熱くなってしまった。
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