グランベル公爵と向かい合って座ると、とりとめのない話から始まった。
具体的には『ご活躍は聞いてますよ、凄いですねー』といった内容の、本当に差し障りのないものだ。
話の出だしとしては自然なものだろう。
少しでも心証を良くしておけば、そのあとの流れもスムーズになる可能性が高くなるのだから。
とは言え、そこら辺の話も案外あっさりと終わってしまって――
「……さて、アイナさん。そろそろ本題に入りましょう。
ブライアンさんからお話を頂いておりますが、今日は見せたいものがあるということで」
ブライアンとは、ジェラードの偽名だ。
そして『見せたいもの』とは、増幅石だ。
「はい。アイテムボックスに入れているのですが、ここに出してもよろしいですか?」
さすがに相手は公爵様。
命を狙われることもあるだろうし、何かを出すときは、相手の了解をしっかり取っておかないとね。
「はい、どうぞ。
このテーブルの上に、そのまま置いて頂いて構いませんよ」
「それでは失礼します」
了解を得たので、増幅石を入れた立派な箱を出して、テーブルの上に静かに置く。
さすがジェラードが見繕った箱。この客室に現れても、まったく違和感の無い外見だ。
「ほう……? 結構大きな箱ですね。
質の良い増幅石があると聞いていたのですが、それにしては大きい……?」
「今日は4つ持ってきましたので、そのせいでしょうか」
「4つ……!?
さ、早速見せて頂けますかな!?」
グランベル公爵の要請を受けて、立派な箱の蓋を静かに開ける。
中からは堂々とした風格を漂わせた、美しく光る増幅石が姿を現わした。
「こちらになります。
各属性のものをご所望ということでしたので、それぞれ作って参りました」
「おお……。こ、これは!?」
グランベル公爵は興奮気味に増幅石の1つを手に取り、真剣に眺め始めた。
隅から隅を見尽くす勢いで、とんでもなく熱心に見入っている。
「……いかがですか?」
「信じられん……。
増幅石はこれまでに何回も作らせたのですが、最高でもA級までしか作れなかったのです。
品質の良い増幅石とは聞いていましたが、まさかS+級とは……」
品質については何も伝えていなかったけど、グランベル公爵は鑑定スキル持ちなのかな?
かなりのお金持ちだし、魔法に詳しい家門だし、それくらいは持っていても不思議では無いか。
「満足して頂けるものでしたら、何よりです」
「満足も何も――
……も、もしかして残りの3つも!?」
ハッと気付いたかのように、私の顔を見るグランベル公爵。
「はい、残りの3つもS+級になります。どうぞ、手に取ってご覧ください」
「うむ、それでは失礼して……!!」
そう言うと残りの3つもそれぞれ手に取り、鋭い目で見定め始めた。
最初に見せた優しげな雰囲気とは打って変わって、近付き難い雰囲気を放っている。
5分ほどすると、ようやくグランベル公爵はこちらに話し掛けてきた。
「……何とも恐れ入りました。
研究中の案件で、可能な限り高品質の増幅石を求めていたのです。
この4つを、是非買い取らせてもらえないでしょうか」
「ありがとうございます。
それではここからは私の代理の、ブライアンとお願いできますでしょうか」
「公爵様、よろしくお願いいたします。
アイナ様の商取引に関しまして、私が代理にて交渉をさせて頂きます」
ジェラードの言葉を聞いたあと、私をもう一度見てからグランベル公爵は頷いた。
「なるほど。失礼ですが、アイナさんはまだお若くいらっしゃいますからね。
金銭的なところは、経験豊富な者に任せるのが賢明というものでしょう」
「ご理解頂きまして、ありがとうございます。
早速ですが、公爵様もこの増幅石の価値はご承知頂いているかと思います。
なにぶんにもここまでの高品質。いえ、最高品質と言えましょう。
……つきましては4つをまとめて、金貨20万枚でいかがでしょうか」
「ぬっ……」
ジェラードから金額を提示されると、グランベル公爵は思わず……といった感じで、低い唸り声を上げた。
金貨20万枚……。
桁が大きくてイメージしにくいけど、元の世界で換算すると100億円くらいの価値になる。
その金額に、グランベル公爵は難しい表情で考え始めた。
即座に断らないところを見ると、その値段で買いとるという選択肢もあるにはあるのだろう。
実際のところ、研究費っていうのは青天井なところもあるからね。
それに値段が高かったとしても、逆に言えば、そこで払ってしまえば確実に手に入るのだ。
次の機会にすればもっと安く済むかもしれないが、『次』がいつになるのか、『次』が本当に来るのかは誰にも分からない。
「やっぱり、高いですよねぇ……」
私がぼそりと呟く。
何となく呟いたものではなく、話の流れを見越してわざと呟いたものだ。
「さすがに公爵様でも、これは大金だと思います。
そこで、実はご相談があるのです」
「相談?」
ジェラードの言葉に、グランベル公爵が反応した。
「はい。それを聞き届けてくださるなら、今回は特別に、もっと安くて構わない――
そんな了解をアイナ様から頂いております」
「ふむ……。
その相談とやらを聞くと、いくらくらいになるのですかな?」
「はい、金貨15万枚までは勉強させて頂きましょう」
「……おお、それは凄い!
それは聞いてみる価値があるというものですね」
グランベル公爵は、こちらの『相談』に興味を持ってくれたようだ。
「それではその内容については、アイナ様からお願いします」
ジェラードが私に話を振ると、身を乗り出し気味だったグランベル公爵も、改めて私の方を向き直った。
「金貨5万枚分の相談とは……はてさて、どんな内容なのでしょう」
「はい。実は公爵様が、ある魔法使いを保護しているという話を聞いております。
以前は王国に仕えていたシェリルさん……という方なのですが、ご存知でしょうか」
その名前が出た瞬間、グランベル公爵の表情が少し曇った。
「シェリル……。ええ、確かに私が保護をしております。
……彼女が何か?」
「私に、シェリルさんとの面会を許して頂きたいのです」
「ほう……? 会うだけで、金貨5万枚も安くする……と?」
「はい、その通りです」
私の即答に、グランベル公爵は眉をひそめてきた。
「ふむ……、確かにアイナさんは高位の錬金術師。
ならば高位の魔法使いに興味が出るのは自然というものでしょう。
しかし……彼女と会うのは、何が目的なのですかな?」
「特に用事は無いんですけど、私の知り合いがシェリルさんの幼馴染なんです。
最近ずっと会っていないというので、近況を知らせてあげたいなって」
「……え?」
グランベル公爵はその答えに、目を点にしていた。
肩透かしを食らったというか、そんな感じだけど……それにしても案外、表情が豊かだね、この人。
そこにジェラードがフォローを入れてくる。
「アイナ様はまだお若く、友達思いの優しい方。
どうかどうか、その思いを汲んで頂けないでしょうか」
「いや、それにしても――」
……他に何かあるのだろう? そんな疑いの目を向けてくる。
「ははは、さすがは公爵様。
もちろんそれはひとつの理由付けでありまして、アイナ様は今度とも、公爵様と末永いお付き合いを望んでいるのです」
「なるほど……?
それにしても、ふーむ……。会うだけ、か……」
ぶつぶつと考えながら、グランベル公爵は私をちらっと見た。
私のことを見定めているようだけど、ここは『チョロい』と思わせた者の勝ちだ。
「……分かりました。こちらとしても、アイナさんとは良い関係を持たせて頂きたいですからね。
しかし、それにしても金貨15万枚とはさすがに……。もう少しまかりませんかな?」
おぉっと? 状況を察した途端に、値切り交渉が飛んできたぞ!?
「えっと……。ブライアンさん、どうしましょう……?」
「そうですねぇ……」
そう言いながら、私とジェラードはこそこそと相談をして答えを出す。
「それでは、金貨13万枚でいかがでしょう」
「ほう、そうですか! それは助かります!
それでは契約と参りましょう。さすがに金額が金額ですから、金貨の準備には数日を頂けますかな?」
「はい、問題ありません。それでよろしくお願いします」
「ありがとうございます。早速、私は契約書の準備をしてきましょう。
申し訳ありませんが、このまましばらくお待ちください」
そう言うと、グランベル公爵は早歩きで客室から出ていってしまった。
「――ふぅ」
「アイナ様、お疲れ様でした♪」
悪戯っぽく、ジェラードが笑う。
エミリアさんはとっさに声が出なかったのか、ジェラードの言葉にうんうんと頷いていた。
「シェリルさんの方は上手くいきましたけど、増幅石は金貨13万枚になっちゃいましたね」
「そうだねー。10万枚で売れたら良いかなって思ってたけど、金貨3万枚も得しちゃったよ♪」
「あはは……。
金貨3万枚を稼ぐのも、大概に大変なんですけどね……」
「まぁ、こちらとしてはシェリルさんに会うのが目的だからね。
お金はおまけってことで♪」
「金貨13万枚がおまけって言える世界に、わたしはドン引きです……」
エミリアさんの言葉に、確かに非日常的なものを感じてしまう。
……でもまぁ、それくらいなら今さらだよね……?