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撮影終了後、シャワーを浴びて着替えを済ませた蓮は、そのまま帰宅する気にはなれず、なんとなくスタジオ内を探索していた。
「……うーん……」
あれからずっと兄の言っていたことを考えてはみるものの何が言いたかったのかさっぱり理解できない。そもそも、どうして突然あんな事を言われたのかも謎だった。
「うーん」
「何を唸ってるの? もしかして便秘?」
「……は?」
いきなり後ろから声を掛けられて、不機嫌さを隠そうとせずに振り返ると、そこには不思議そうにこちらを見ているナギと、撮影を終えたばかりだと思われる草薙姉弟が立っていた。
3人とも獅子レンジャーのジャケットを羽織ったままだ。恐らく着替えに戻る途中だったのだろう。
「小鳥遊さん、公共の面前で下品な会話は控えてください」
「えー? 便秘って聞いただけなのに下品って……」
心外だとばかりに唇を尖らせるナギの横で、弓弦が呆れたような視線を向けて小さくため息を吐いている。
「とりあえず、便秘ではないよ」
「じゃぁなんで唸ってたの?」
「それは……」
不思議そうに訊ねられ、蓮は言葉に詰まった。先ほどあった出来事を気軽に話せるような間柄ではまだないし、弓弦と美月に関しては殆ど話もしたことがない状態だ。
言い淀んでいると、それを見兼ねた美月がすかさずフォローを入れてきた。
「きっとお腹空いてるのよ、ね?」
「えっ? あぁ、うん……実は何食べようか迷っちゃってて、肉がいいか魚にしようか……なんて」
全く見当違いではあるものの、渡りに船とばかりに話を合わせる。
「そうか、ちょうど夕食時だもんな。じゃあさ、お兄さんも一緒にご飯行かない? 俺たち、ちょうどこの後ご飯食べに行こうって話してて」
「えっと……急に僕が参加しても大丈夫なのかな? さすがにいきなりは迷惑なんじゃないかな」
適当に話を合わせただけだったのに、思わぬナギからの提案に蓮は戸惑い、美月と弓弦に視線を移した。
誘ってもらえるのは嬉しいが、一度か二度しか話したことのない相手と食事に行くのを嫌がる人もいるだろうし、相手はあの草薙弓弦――今をときめく人気俳優だ。そんな第一線で活躍している俳優と気軽に食事に行けるはずがない。
それに今日は、さっき凛に言われたことをじっくりと考えようと思っていたところだったのに。
「アタシは別に構わないよ? 御堂さんと話してみたいと思ってたし。ゆづもいいでしょ?」
「そうですね。私も特に不都合はありません」
予想外にもあっさりと承諾されてしまい、蓮は困惑して目を瞬かせた。どうせ断られるだろうと踏んでいたのに、まさかOKされるなんて。
「キャストとアクターは表裏一体だって、御堂さん……凛さんが言ってたし。どうせなら、はるみんとゆきりんも呼んじゃおっか」
美月の提案に、ナギと弓弦がうなずく。どうしよう。なんだか大変な大所帯になってしまう気がする。
「んじゃあ、みんなでご飯食べに行きましょ」
「お兄さんも、いいよね?」
まさかこの流れで自分だけ嫌だとも言えず、蓮は静かにうなずいた。
「んじゃぁ、第一回獅子レンジャー親睦会を始めます! カンパーイ」
美月が音頭を取りながら乾杯の合図をする。それを向かい側で見つめながら、蓮が控えめにグラスを掲げた。
まさか本当に雪之丞と東海が来るなんて思っていなかった。しかも、全員同じテーブルに着いてしまうとは。
美月の案内で連れて来られたのは、駅前の路地にひっそり佇む創作和食料理屋。全室掘りごたつ式の座敷になっている個室だ。
受付をしてくれたバイトの女の子が弓弦の顔を見るなり目を輝かせ、特別席をあけてくれた。アポなしで来たのに、すんなりいい場所が確保できるあたり、さすがだ。
「まさか雪之丞たちも来るなんて……」
特に東海はこういう場には顔を出さないと思っていた。
「別に、好きで来たわけじゃないよ。でも……凛さんから言われてるから」
「言われてる? 何を?」
斜め向かいに座った東海の言葉に、蓮は食いついた。あの言葉のヒントが隠されているのではないだろうか。
「役者と自分たちは表裏一体。少しでも側にいて、相手の行動や仕草、動きやちょっとしたクセをじっくり観察しろって。まずはそれが基本だからって」
「……表裏一体……」
そういえばさっき美月も同じことを言っていた。確かにアクターと役者は二人で一つのキャラを演じることが多い。だが、それだけでは答えにならない。もっと深い意味があるはずだ。
蓮はそっと隣に座っている雪之丞の様子を窺った。彼は気づくことなく、黙々とビールを煽りながら食事を摂っている。若干ペースが速いような気もするが、酒に強いのか、顔色は変わっていない。
やがて視線に気づいたのか、雪之丞と目が合う。ほんの少しバツが悪そうに俯き、そっと耳元に唇を寄せてきた。
「ねぇ、もしかして。凛さんに何か言われた?」
「え?」
どうしてわかったのだろうか。できるだけ顔には出さないよう注意していたはずなのに。
「なんでわかったの? って顔してる」
「……まぁ、そうだけど。どうして分かった?」
「わかるよ」
雪之丞が困ったように笑う。
「キミのこと、ずっと見てきたから」
「……え?」
「あっ! いや、へ、変な意味じゃないからね!? えーっと、ほ、ほらっ! 昼の練習の後、凛さんに呼び出されてただろ? だから、なんか言われたんじゃないかと思っただけで……ええっと」
こちらは何も言っていないのに、雪之丞はワタワタと慌てながら一気に早口でまくしたて、ジョッキのビールを一気に煽った。
そしてすぐに新しいビールを追加注文する。耳まで赤く見えるが、アルコールのせいだろうか。
「なになに? お兄さん、凛さんって人にダメ出しされたの? 俺はお兄さんの演技、綺麗だし好きだけどなぁ」
蓮と雪之丞のやり取りに、ナギが興味を示して身を乗り出してきた。彼の両隣に座っている美月と弓弦も、会話に興味津々といった様子だ。
「別にダメ出しされたわけじゃないよ」
「ふぅん? そうなの? でもその凛さんって人、演技専門の監督でしょ? 俺を見るときだけ、めっちゃ冷めた目してるんだけど……なんでかな」
ナギの不満げな言葉に、弓弦が淡々と返す。
「それは貴方が、時々集中してないからですよ」
「ぅ……ッ、だって長時間の撮影、苦手だし……」
「アタシも苦手~。集中力続かないよ」
弓弦の指摘にナギが言葉を詰まらせ、美月も便乗するように声を上げた。
「美月の場合、演技の練習もだけど、もう少し色気出す練習もした方がいいんじゃないか?」
「は!? なんですって!? 色気なんて、子供番組なんだから必要ないでしょ!」
東海の一言に、美月が頬を膨らませて反論する。
「そうだけどさ、仕草が男性的なんだよ。俺はやりやすくていいんだけど……。一応紅一点なわけだし? もっと可愛い仕草を出した方が美月の演技が映えると思うんだけど」
「ぐぬぬ……っ、悔しいけど言い返せないっ」
美月が拳を握り、歯噛みしながらビールをグイッと一気にあおる。その姿には、どこか逞しさすら漂っている。
見た目が幼いため、酒を飲む姿はどうしても違和感がある。
「すみませーん! ハイボール」
「えっ、あっ……あの、未成年の方の飲酒はご遠慮いただいておりますので」
「失礼ね! これでも22歳なんだから! ほら、ちゃんと確認して!!」
そう言って免許証を見せる彼女の姿を、今日だけで何度見ただろうか。
「姉さん……あまり飲みすぎない方が……」
「大丈夫。自分の限界くらいちゃんとわかってるから。あぁ、それと串の盛り合わせと山芋の鉄板焼きと~……」
「……よく食うな……女のくせに」
弓弦の制止も聞かず、美月は注文を重ねていく。その様子を呆れたように見つめながら、東海が小さくため息を吐いた。
「女のくせに、は余計でしょ!」
「いやぁ、もっとおしとやかにしとかないとモテないぞ。ただでさえ中学生か小学生にしか見えないんだから、もう少し女らしくしろよ」
「っ、うるさいっ! 余計なお世話よっ! だいたい、はるみんだってそんな嫌味ばっか言ってたらモテないんじゃない?」
「んなっ!? それは……っ、関係ないじゃん!」
ぎゃいぎゃいと言い合いを始めた二人を見て、弓弦がヤレヤレと肩を竦め、席を端の方へと移動していった。