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新しい体制でデビューして間もない頃
スタジオはいつもたのしそうな声がきこえて、
誰かの笑い声が重なっていた
佐野は真ん中で笑っていることが多かった。
吉田も呆れながらも、どこか楽しそうで、
年下組もこの上ない位笑顔だった
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きっかけはあるドラマ出演だった。
佐野の名前だけが、SNSで急に広がり始める。
雑誌、撮影、単独インタビュー。
気づけば5人の時間も減っていった。
練習に遅れることが増える。
でも本人が一番戸惑っていた。
「ごめん、また先帰ってて」
軽く言うけど、楽屋の空気がほんの少し変わる。
大智は明るく返してくれて、ほかのみんなも受け入れてくれる。
誰も責めていないのに
佐野だけが距離を感じ始めていた
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テレビのなかでは「佐野勇斗」を演じる
明るく振る舞って、誰にもバレないように
迷惑をかけないように
上手く笑えてると思っていた
けど本来の居場所のM!LKのなかでは自分の居場所がわからなくなった。
人気が出るほど、
“一人で頑張らなきゃいけない人”になっていく。
帰り道、スマホを見ても通知は仕事の連絡ばかり。
吉田に言われたことを思い出す
「どんな些細なことでもいいから俺ら頼って」
佐野は1人で呟く
「余計なお世話だよ、ばーか…」
それが本心なのか佐野にもわからない
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吉田は心配と焦りで今にでもどうにかなりそうだった。
佐野が有名になるのはとても嬉しいことだった
佐野も嬉しそうで、自分も誇らしく思えた
しかし、最近の佐野は自分のことなんて二の次で
目を離したらフッと消えてしまいそうだった
連絡をできる勇気もない
メンバーである前に、友達なのに
自分の不甲斐なさに、涙が出た
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リハーサル終わり。
いつもなら誰かがふざけて終わる時間なのに、
今日は誰も笑わなかった。
小さなズレが続いていた。
スケジュールが合わない。
話す時間が減った。
気を遣う瞬間が増えた。
吉田がぽつりと言う。
「最近さ、無理してない?」
責めている声じゃない。
心配している声だった。
でも、その優しさが逆に刺さる。
佐野は少し黙ってから笑おうとする。
「大丈夫だって」
「大丈夫に見えないから言ってんの」
山中が真剣な顔で続ける。
空気が重くなる。
佐野の中で、ずっと溜まっていたものが揺れる。
「……俺さ」
言葉を選ぼうとして、失敗する。
「ちゃんとみんなと同じ方向向けてるのか、分かんなくなる時ある」
静かになる部屋。
曽野が顔を上げる。
「それ、どういう意味」
「いや、違くて…!」
焦るほど言葉が追いつかない。
「仕事増えて、嬉しいのに、
なんか一人で進んでる感じして…」
声が少し震える。
「置いてかれてるの、俺の方なんじゃないかって思う時ある」
それが本音だった。
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呆れられ、嫌われると思った
しかし、 誰も怒っていなかった。
むしろ——傷ついた顔をしていた。
山中が小さく言う。
「…なんで一人で抱えるの」
笑いながらも目を逸らす。
「言えよ、そういうの」
曽野は短く。
「俺ら友達でしょ?」
吉田が言う
「方向なんて、ズレたら合わせればいいだけ」
その言葉で 、
佐野は初めて気づく。
みんなは離れていたんじゃなくて、
ずっと待っていたんだと。
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それからM!LKは変わった
初期より楽しそうで、
毎日が充実していた
みんなの意見がぶつかった日、佐野の共演者さんが言っていた
「M!LKの吉田さんですよね?」
声をかけられて振り向くと、共演者の一人が笑っていた。
「あ、はい」
軽く頭を下げる。
すると相手が少し嬉しそうな顔をする。
「やっと会えた。佐野くんからよく聞いてます」
――え?
吉田は思わず聞き返した。
「…俺のことですか?」
「うん、というかM!LKの話めっちゃしてくれるよ」
何気ない調子で続けられる言葉。
「休憩中ずっとメンバーの話しててさ」
胸が少しざわつく。
「どんな…?」
共演者は笑いながら思い出す。
「塩﨑くんは空気作る天才って言ってた」
「吉田くんは誰より周り見てるって」
「山中くんは一番優しい人で」
「曽野くんは安心できる存在だって」
言葉が止まらない。
吉田は黙って聞くしかなかった。
「あとね」
共演者が少し声を落とす。
「忙しくても、後ろにメンバーいる感じがするって」
心臓が強く鳴る。
「だから頑張れるんだって言ってたよ」
吉田の視線が落ちる。
最近の佐野の顔が浮かぶ。
少し疲れていて、
でも大丈夫って笑っていた顔。
(あいつ…)
距離ができたと思っていた。
一人で前に進んでいるんだと思っていた。
でも違った。
離れていたのは物理的な時間だけで、
気持ちはずっと同じ場所にあった。
共演者が笑う。
「ほんとメンバー好きなんだね、佐野くん」
吉田は小さく笑った。
「……はい」
少しだけ声が震えた。
「知ってます」
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スタジオの外は、すっかり夜になっていた。
スタッフの話し声が遠ざかっていく。
吉田は自販機の前で立ち止まったまま、缶コーヒーを握っていた。
さっき聞いた言葉が、頭から離れない。
――後ろにメンバーがいる感じがする。
思わず小さく笑う。
「あいつ、ほんとさ……」
その時、足音が近づいた。
「……あれ、吉田?」
振り向くと、帽子を深くかぶった佐野が立っていた。
撮影終わりらしく、少しだけ疲れた顔。
でも、目が合った瞬間にいつもの笑顔になる。
「帰ってなかったんだ」
「うん、ちょっとな」
短い会話。
前なら自然に続いていた沈黙が、少しだけぎこちない。
佐野が自販機に小銭を入れる。
ガコン、と音が落ちた。
「今日、リハ行けなくて ごめん」
いつもの軽い調子。
でも謝る回数が増えたことを、吉田は知っていた。
「別に。もう慣れた」
そう言いながら、缶コーヒーを一本差し出す。
「え、なに?」
「買いすぎた」
嘘だと分かる言い方だった。
佐野は少し笑って受け取る。
指が触れて、すぐ離れる。
少しの沈黙。
吉田がぽつりと聞いた。
「さ。」
「ん?」
「俺らの話、外でしてんの?」
佐野の動きが止まる。
「……え?」
「共演者さんに聞いた」
視線を合わせないまま続ける。
「めっちゃメンバーの話してるって」
佐野は困ったように笑った。
「……別に、普通じゃん」
「普通じゃないだろ」
即答だった。
その声に、佐野が少しだけ驚いた顔をする。
吉田は小さく息を吐く。
「離れてくのかと思ってた」
静かな声だった。
責めるでもなく、ただ本音みたいに零れる。
佐野はしばらく何も言わなかった。
自販機の明かりだけが二人を照らす。
やがて、小さく笑う。
「離れてないよ」
缶を見つめたまま続ける。
「むしろ、戻り方わかんなくなってただけ」
その言葉に、吉田の肩の力が抜けた。
「……ばかだな」
「どっちが」
「両方」
佐野が吹き出す。
久しぶりに、気を遣わない笑い声だった。
少し遅れて、吉田も笑う。
その距離は、もう前と同じだった。
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