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第9話 あの日の約束
「……あの日のこと?」
湊音が小さく呟いた。
静佳は黙って頷く。
「……うん」
二人の表情から、さっきまでの明るさが少し消える。
「どうしたの?」
心音が近づいてくる。
「……なんでもない」
静佳がすぐに答えた。
「またそれ?」
心音が苦笑する。
「静佳の『なんでもない』は、だいたい何かあるよね」
「……ないもん」
「本当に?」
「……」
静佳は黙り込む。
すると。
「心音!」
莉犬が遠くから呼んだ。
「次のミッション始まるって!」
「分かった!」
心音は振り返る。
そして静佳を見る。
「あとで聞かせてね」
「……うん」
心音が戻っていく。
静佳は小さく息を吐いた。
「……危なかった」
「うん」
湊音も頷く。
「でもさ」
「なに?」
「もう、隠す必要ないんじゃない?」
静佳が湊音を見る。
「……昔のこと?」
「うん」
「でも……」
静佳は少し迷う。
「みんなに言うの、恥ずかしい」
「俺も」
「……」
「でも、今なら話してもいい気がする」
湊音は笑った。
「だってもう、家族のことも全部バレたし!」
「……それはそうだけど」
静佳も少し笑った。
「じゃあ……話す?」
「うん」
二人は頷いた。
***
「それでは次のミッション!」
スタッフの声が響く。
「チーム対抗・記憶力ゲーム!」
「おお!」
「これは得意!」
「俺、記憶力ない……」
「大丈夫、俺も!」
みんなが盛り上がる。
ルールは簡単。
スクリーンに一瞬だけ表示される大量の写真を覚え、指定された写真を選ぶ。
「第一問!」
スクリーンに写真が映る。
数秒後――
消える。
「はい、どれ!?」
「えっと……」
「これ!」
「違う!」
「こっち!」
「それも違う!」
「分からん!!」
あちこちから声が飛び交う。
そして。
「第一チーム、正解!」
「やった!」
湊音が喜ぶ。
「静佳のおかげ!」
「なんで?」
「静佳、全部覚えてたじゃん!」
「……普通だよ」
「またそれ言ってる!」
みんなが笑う。
続いて第二問。
さらに難しくなる。
しかし。
静佳は画面を見た瞬間、細かいところまで覚えていた。
「右から三番目」
「これ?」
「違う、その隣」
「こっち?」
「そう!」
「正解!」
「すげぇ!」
「静佳ちゃん強すぎ!」
男子たちから歓声が上がる。
静佳は少し照れながら笑った。
「……昔から、覚えるの得意だから」
「昔から?」
ころんが反応する。
「じゃあ昔の話聞きたい!」
「えっ」
静佳が固まる。
「どんな子だったの?」
「……普通」
「絶対嘘!」
ぷりっつが笑う。
「今でも十分すごいんやから、昔もすごかったやろ!」
「……」
静佳は湊音を見る。
湊音も静佳を見る。
そして――
二人は小さく笑った。
「じゃあ……」
湊音が口を開く。
「ちょっとだけ話す?」
「……うん」
***
全員が集まる。
「何の話?」
「二人の昔話!」
「おお!」
みんなが興味津々で二人を見る。
静佳は少し恥ずかしそうに座った。
「私たちが初めて会ったのは――」
「幼稚園!」
湊音が即答する。
「早い!」
あっきぃが笑う。
「俺と静佳、家が近かったんだよ」
「それで幼馴染?」
「うん!」
湊音が頷く。
「最初は、静佳が全然喋ってくれなかった」
「え?」
莉犬が驚く。
「今と全然違うじゃん!」
「……昔は人見知りだったの」
静佳が小さく反論する。
「でも俺が何回も話しかけた!」
「……うん」
「そしたら仲良くなった!」
「……そう」
静佳が少し笑う。
「湊音がうるさかったから」
「え!?」
「ずっと喋ってた」
「だって静佳が喋らないから!」
「だからってずっと喋る?」
「喋る!」
みんなが笑う。
「それで?」
心音が聞く。
「ずっと一緒にいたの?」
「うん」
湊音が頷く。
「遊ぶ時も一緒だったし」
「学校帰りも一緒」
静佳が続ける。
「家族同士も仲良かったから」
「……なるほど」
心音が頷く。
「それで、あの日があった」
湊音の表情が少し変わる。
「……うん」
静佳も頷く。
***
――数年前。
まだ二人が幼かった頃。
「湊音ー!」
「静佳ー!」
二人は公園で遊んでいた。
「こっち!」
「待って!」
「早く!」
湊音が走る。
静佳も追いかける。
その時。
静佳の足が、石に引っかかった。
「きゃっ!」
ドサッ。
「静佳!」
湊音がすぐに駆け寄る。
「大丈夫!?」
「……痛い」
膝を擦りむいている。
「血……」
湊音の顔が青くなる。
「どうしよう……」
「大丈夫……」
「お母さん呼んでくる!」
湊音が走り出そうとする。
しかし。
「待って」
静佳が湊音の服を掴んだ。
「……?」
「行かないで」
「でも……」
「一人、嫌」
その言葉を聞いた湊音は――
走るのをやめた。
「……分かった」
静佳の隣に座る。
「ここにいる」
「……ほんと?」
「うん」
「ずっと?」
「ずっと」
湊音は小さな手で、静佳の手を握った。
「泣いていいよ」
「……泣かない」
「痛いでしょ?」
「……ちょっと」
「じゃあ泣いていい」
「……」
静佳の目から涙が落ちた。
「……うぅ」
「大丈夫」
湊音が言う。
「俺がいるから」
それが――
二人の間で最初に交わされた約束だった。
***
「……」
話を聞いていた全員が静かになっていた。
「……優しいなぁ」
莉犬が呟く。
「小さい頃からそうだったんだ」
るぅとも微笑む。
静佳は恥ずかしそうに俯く。
「……もう昔の話だから」
「でもさ」
湊音が笑う。
「今でも同じじゃん」
「え?」
「静佳が無理してたら、俺が気づく」
「……」
「俺が怪我したら、静佳が怒る」
「……それは」
静佳は少しだけ笑う。
「湊音が無茶するから」
「ほら!」
湊音が嬉しそうに言う。
「昔から変わってない!」
「……ほんとだ」
心音が笑った。
「だから二人は、そんなに息が合うんだね」
「うん!」
湊音が頷く。
静佳も小さく頷いた。
「……ずっと一緒だから」
***
その日の合同企画は、夕方まで続いた。
最後の競技が終わる頃には、みんな疲れ切っていた。
「疲れたぁ……」
ころんが床に座り込む。
「楽しかったけどな」
さとみが笑う。
「明日筋肉痛だ……」
「俺も」
「俺も!」
男子たちが次々と声を上げる。
静佳はというと――
「……」
一人だけ平然としていた。
「静佳ちゃん、疲れてないの!?」
けちゃが驚く。
「ちょっとだけ」
「嘘だろ……」
「運動神経良すぎる……」
「でも静佳も今日は頑張ったから、ちゃんと休んでね」
心音が言う。
「……うん」
静佳は素直に頷いた。
しかし。
数歩歩いたところで――
「……っ」
ほんの一瞬、足がふらついた。
「静佳?」
心音がすぐに気づく。
「大丈夫!」
「またそれ?」
「……」
「今日はもう休もう」
「でも――」
「静佳」
心音が優しく言う。
「頼っていいんだよ」
静佳は黙った。
そして。
「……うん」
小さく頷いた。
その姿を見ていた湊音が笑う。
「静佳、ちゃんと頼れたじゃん!」
「……うるさい」
「褒めてるのに!」
「……ありがと」
「え?」
「……なんでもない!」
静佳は走り出す。
「だから走るなって!」
おさでいが叫ぶ。
「静佳ー!」
湊音も追いかける。
「待って!」
「また始まった」
心音が笑う。
みんなも笑う。
――そんな平和な一日の終わり。
けれど。
事務所へ戻る途中。
新しいマネージャーの二人が、静かに話していた。
「……あの二人、昔のこと話したんですね」
「ええ」
「少し安心しました」
「私も」
二人は微笑む。
そして。
静佳の母親がぽつりと言った。
「でも……」
「?」
「まだ、あの子たちには話していないことがあるでしょう?」
もう一人の母親が静かに頷く。
「……ありますね」
二人だけが知っている。
湊音と静佳が幼い頃。
あの公園で起きた出来事には――
まだ、誰にも話していないもう一つの秘密があった。
コメント
1件
湊音と静佳の子供の頃のエピソード、すごくじんわり来ました……。泣いていいよって言える湊音も、行かないでって言えた静佳も、小さくて弱かったあの頃の二人の形がそのまま今に繋がってる感じがして。最後の「もう一つの秘密」ってフレーズ、めちゃくちゃ気になります……!!