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「あ、どうも……」
「宮本おまえ、今日は仕事じゃないのかよ?」
「休みです」
せせらぎ公園の駐車場に到着して対面した瞬間に、宮本がこの間見せたものと同じような、しょんぼりした顔でぺこりと丁寧に頭を下げた。
「貴重な休みにデコトラに乗って、わざわざ何をしていたんだ?」
胸の前で両腕を組みながら、突き刺すように瞳を細めて見つめる橋本の視線を真正面から受けた宮本は、弱り切った表情をありありと浮かべて、むぅと唸った。
「おいおい、『むぅ』じゃねぇだろ。疲れた顔して、何をしているんだと聞いてるんだ、このクソガキ!」
「ひいっ! すみません。トラック仲間から黒塗りのハイヤーがよく走っている場所の情報を仕入れて、それをもとに車を流してました! だけどナンバーを覚えていたので、すぐに見つけられたんですよ」
「……俺を捜していたっていうのか。疲れてるくせに」
橋本の声色がどんどん低くなっていくと同時に、宮本の顔色が青くなった。額に青筋を張らせつつ目じりを吊り上げる表情に気圧されて、大柄な躰を小さくさせる。
「は、橋本さんが思うよりも疲れてないっスよ、ホント……」
「どう見たって、俺よりも顔色が悪いだろ。しかも俺を捜すなんて無駄なことを、何でしたんだか」
「無駄じゃないです。俺としては、あんな中途半端な感じで別れたことに悔いが残ったから、必死に捜していたんです」
宮本の青かった顔色が、一生懸命さを表わすような表情に変化した。
「そんで俺を見つけました。おまえは何がしたいんだ?」
「はい、あのときはすみませんでした。いただいたエナジードリンクのお蔭で頭が冴えたので、無事に帰宅することができました」
「ああ、良かったな」
呆れた面持ちを変えずに橋本が告げると、金魚のように口をぱくぱくさせたまま宮本が固まった。
「何やってんだ。おかしな顔して、笑いをとろうとするなよ」
「違いますぅ。そんなんじゃなくてあのですね、橋本さんはお仕事中なんですよね?」
緊張のはらんだ宮本の声を橋本は聞いて、何をしたいのかがますますわからなくなった。
「ああ、仕事中だ。だから話し合いはこれでお終いな、さよなら」
(俺の何を知りたいのかわからねぇが、変な奴に関わるとロクなことにならないから、さっさと逃げよう!)
自身の経験を踏まえて立ち去ることを判断し、橋本がひらひらと右手を振りながら背を向けた瞬間に、宮本の両手が橋本の左腕をぎゅっと掴んだ。予想外の足止めを食らって、顔を引きつらせつつ振り返る。
「な、何だよ?」
「橋本さん、俺と……俺と友達になってくださいっ」
必死な形相で告げられたお願いを断るべく、目の前で心底嫌そうな感じの渋い表情を作りこんでやった。
「何でおまえと、そんな関係にならなきゃいけないんだよ」
「公道を走るドライバー同士の交流というか、えっとほら国道何号線が混雑してますよー、みたいな情報交換したら、スムーズに走ることができますよ。何かと有益な情報を、橋本さんと共有したいなぁと思ったんです」
「そういうものはGPS付きのナビで得られる情報で、俺としては必要ない。それに車は個人でそれぞれ運転するものだ、わざわざ仲良しごっこをしなくてもいい」
宮本に掴まれている腕を外そうとしたのに、痛みを感じるくらいに握りしめられた。
「橋本さんはすげぇ運転がうまいし、その極意が知りたいんです」
「そんなもんねぇよ、いい加減にこの手を放せ」
「友達になってくれるまで、絶対に放しません!」
「しつこいな。おまえのそういう態度は、恋人に嫌われるものだぞ」
「仰る通りに、ウザすぎて捨てられました」
(適当な言葉が、まさか図星を突いてしまうなんて……)
しまったと顔に書いた橋本を見ながら、宮本が切なげに顔を歪ませる。
「大学の頃の話でもう大昔のことだし、気にしないでください」
「や、悪かった……」
何とも言えない嫌な雰囲気がふたりの間に流れた刹那、静寂を切り裂くように黒電話の呼び出し音が、どこからともなく聞こえてきた。
困惑顔の橋本から手を放して、神妙な表情の宮本が着ていたブルゾンのポケットからスマホを取り出し、画面をタップした瞬間に、男の大きな声が辺りに響いた。
『もしもしっ、宮本知らないか?』
「ゲッ、スピーカーにしていないのに、この声のボリュームはいったい……」
宮本は恐々とスマホを耳に当てて、後頭部を掻きながら口を開く。
「もしもし江藤ちん、俺は佑輝と一緒じゃないぞ。というか今日は仕事を休んで、そっちの両親と食事をする約束をしていたんじゃなかったっけ?」
喋り終えたら、スマホを耳から外して距離をとる。目の前に佇む橋本を見る宮本の弱りきった様子に、思わず苦笑いを浮かべた。
随分と騒がしい友達との会話だなと、笑わずにはいられない――。
『その食事会の土壇場でアイツはビビッて、姿をくらましやがったんだ』
「江藤ちんがあれこれ煩く、注文をつけすぎたんじゃないのか。まぁ、佑輝がしっかりしていないのが悪いんだけど」
『さすがは雅輝、俺様のことをよくわかってるな』
(うわぁ、自分のことを俺様っていうヤツが友達って、やっぱりコイツはヤバい男なのではないだろうか)
「とりあえず俺から佑輝に電話するけど、逃げたのを知らないことにして、江藤ちんのところに連れて行くわ」
『機転の利くおまえに電話して良かった。すげぇ助かる。食事会は宮本を急病にしたんで、親子水入らずでやることになったから安心してくれ』
「わかった。それよりもご両親と食事をする前に、少しは落ち着かないと駄目だぞ。江藤ちんはキレやすいんだからさ」
さきほどまで浮かべていた困惑の色を滲ませた顔が、柔らかい笑みに変わった宮本を見て、橋本は引っ掛かりを覚えた。友達を思いやるにしてはどことなく甘いものを、そこはかとなく感じたから。
互いに短い挨拶で電話を終えると、宮本が頭を抱えながらその場にしゃがみ込んだ。
「あーもう、こんな大事な場面だっていうのに、どうして逃げたんだよアイツは……」
「何だか、大変そうな内容の電話だったのな」
「はい。今の電話はさっきお話した、大学時代に俺を振ったヤ――」
流れるように言葉を口にした宮本だったが、再生しているDVDを一時停止させた人間のように、ぴきんとそのまま固まった。
「おい、どうした?」
「あー……、えっとそのあのなんて言うか、うーん」
「さっき電話してきた江藤ちんというヤツとおまえは、その昔付き合っていたんだな?」
濁していた宮本の言葉を、橋本がズバリと訊ねた。
「うおっ、いきなり単刀直入に突っ込んでくるなんて、心の準備がですね」
「なーにが心の準備だ。俺はハッキリしないのが嫌いなんだ。白か黒かさっさと打ち明けろ、このクソガキ!」
怯えるように膝を抱えてしゃがみ込んでいる宮本にプレッシャーを与えるべく、橋本は鬼のような形相で見下ろした。
「ひいっ! すみません、付き合ってました!」
脅し文句にビビった宮本は、両目をつぶってカミングアウトした。そのことに橋本は心底満足して、にんまり笑いながら質問を続ける。
「それで、ユウキっていうのは?」
「それは実の弟です」
(昔付き合っていた男が、現在付き合っている宮本の弟と一緒に、両親を交えて食事をする――同性愛について暴露することを考えると、確かに逃げ出したくなるシーンだ)
さっきからオドオドしまくりの宮本を安心させようと、橋本は同じように目の前にしゃがみ込み、肩をぽんぽん叩いた。
「宮本がすげぇこと教えてくれたから、俺もカミングアウトしてやるよ」
「はあ……」
「俺もゲイなんだ、男子校に通ったのがきっかけでな」
橋本がさらりと告げたセリフに一瞬だけ呆けた宮本が、数秒後に驚愕の表情を浮かべた。
「はっ橋本さんが俺と同じなんて、そんなふうには見えない……」
「人ってそんなふうに見えないからこそ、いろんな性癖があってもいいんじゃないのか。それよりもおまえの恋愛経歴についてのほうが、大変興味深いんだけどさ」
言いながら宮本の襟首をガシッと掴んで逃げられないようにしてから、強引に立ち上がらせた。
「ちょっ、いきなり何を!?」
「おまえが江藤ちんという男との馴れ初めやら、現在に至るまでをゲロったら、めでたく友達になってやるよ。しかも黒塗りの高級車に乗ることもできるという、オマケつきだ」
細身の躰をものともせずに、橋本は大柄な宮本を引っ張って、駐車してあるハイヤーまで連行した。断る間を与えずに後部座席に押し込み、ドアの縁の隅にあるチャイルドロックのレバーを倒し、内側から開けられないようにしてからドアを閉めた。
ハイヤーに閉じ込められた宮本は、外にいる橋本を見つめながら眉根を寄せて、不安そうな表情をありありと示したが、それをスルーして運転席へと乗り込む。
橋本としては滅多に聞くことのできない、ゲイの三角関係が気になって、妙にハイテンションになったのだった。