テラーノベル
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世界を埋め尽くす大増殖の悪夢 ――人類の存亡は、一匹の『モフモフ』の胃袋に託された第一章:甘美なる世界の終わりその部屋に漂う空気は、常人であれば一歩足を踏み入れただけで、あまりの甘ったるさに眩暈を覚えるほどに濃厚だった。チョコレート、生クリーム、カスタード、そして焼き上がったスポンジ生地の芳醇な香り。本来であれば、子供たちが目を輝かせるはずの幸福の象徴。しかし、ここにいる財団の職員たちにとって、それは死の宣告に他ならなかった。財団の最深部、エリア-19の特別消費室。防護服に身を包んだ研究員たちと、屈強な武装エージェントたちが、一様に青ざめた顔で床に転がっていた。彼らの腹部は異様なほどに膨れ上がり、誰もが苦しげに荒い息を吐いている。「もう……無理だ……。水、水をくれ……。さもなくば、いっそ私を殺してくれ……」ベテラン研究員の一人が、床に走る隙間に這いつくばりながら血を吐くような声で呻いた。彼の目の前には、一口も手を付けられていない、純白の生クリームで彩られた美しいホールケーキがぽつんと置かれている。それこそが、人類が直面している最も理不尽で、最も滑稽な世界の危機――『SCP-871(無限ケーキ)』であった。外見は、ごく普通のどこにでもある美味しいケーキ。だが、その異常性は極めてシンプル、かつ恐るべきものだった。このケーキは、出現してから24時間以内に「人間(またはそれに準ずる生物)」が最後の一粒まで完食しなければ、全く同じケーキがすぐ隣の空間に『生えて』くる。もし消費に失敗すれば、1個が2個に、2個が4個に、4個が8個にと、恐ろしいスピードで倍々に増殖していくのだ。財団のスーパーコンピューターが弾き出した最悪のシミュレーション結果は、全職員の心に深い絶望を刻み込んでいた。もしも消費が完全にストップした場合、わずか80時間で地球の表面はすべてケーキによって埋め尽くされる。海は生クリームで濁り、大気は糖分の霧で満たされ、あらゆる生命はケーキの重圧によって圧死、あるいは窒息死する。人類の歴史は、甘いお菓子の海に沈んで幕を閉じるのだ。「しっかりしろ! スプーンを持て! あと3時間だ……あと3時間以内に、その3ホールのケーキを完全に消滅させなければ、増殖の連鎖が止まらなくなる!」エージェントが怒鳴るが、その声にも力がない。彼自身もすでに、限界を超えて4ホールのチョコケーキを胃袋に詰め込まされていた。喉元まで競り上がってくる生クリームを、強靭な精神力だけで親の仇のように押し止めている状態だった。元々の担当職員がインフルエンザで突然倒れたという、あまりにも下らない不運。それが、この世界の終わりの引き金になろうとしていた。ボフッ。その時、密閉された室内に、あまりにも場違いな、マイルドで気の抜けた音が響き渡った。空間がぐにゃりと歪んだかと思うと、何もないはずの机の上に、イチゴが乗った新しいホールケーキが唐突に出現した。「ひっ……!?」エージェントの口から、情けない悲鳴が漏れた。タイムリミットを待たずして、消費が追いついていないことを検知したオブジェクトが、本格的な大増殖のフェーズへと移行し始めたのだ。ポフッ、ポフッ、ポフッ。連鎖は止まらない。さらに3個、4個と、芸術的なまでに美しいケーキが次々と空間から生えてくる。机の上は一瞬で埋まり、溢れたケーキが床に落ちてベチャリと不気味な音を立てた。「終わりだ……」研究員は絶望に目をみはり、涙を流した。「人類は……核戦争でも、凶暴な神格の目覚めでもなく……ケーキの食べ残しで滅びるのか……」部屋全体が、甘い絶望の底へ沈んでいこうとしていた。第二章:白い救世主の来訪その時だった。ガリガリ、と部屋の頑丈な自動ドアの底から、何かが擦れるような音が聞こえた。自動ドアのわずかな隙間。本来ならネズミ一匹通れないはずのその場所に、無理やり体をねじ込んでいるモノがいた。長い耳。雪のように白い毛並み。 Sandwich のように左右の体側に対称に並ぶ、不気味なほど整った黒い斑点。「ルゥ?」ひょっこりと顔を出したのは、体重わずか数キログラムほどの、どこからどう見ても愛くるしい一匹のアナウサギだった。「な……んだ、あれは。どこかの実験室からウサギが逃げ出してきたのか?」床に倒れたエージェントが、かすむ視界でその白い影を捉えた。「おい、ダメだ、ウサギを近づけるな……! チョコケーキの成分はウサギにとって猛毒だ。カカオに含まれるテオブロミンを摂取したら、あの小さな体は一発でショック死しちまう……!」しかし、そのウサギの正体を知る研究員は、驚愕のあまり完全に硬直していた。「バ、カな……なぜあいつがここに……。収容室は完全にロックされていたはず……!」「おい、知っているのか!? あれは何なんだ!」「『SCP-524』……通称、雑食ウサギのウォルター……!!」研究員の声が震える。それは恐怖ではなく、一縷の希望を見出した者の震えだった。「ウォルターだと? 危険なオブジェクトなのか!?」「いや、違う! あいつの異常性は……『目の前にある物質を、何でも噛み砕いて消化する』ことだ!」ウォルターはトコトコと短い足で歩を進め、床に落ちたケーキの前に立ち止まった。普通のウサギであれば、生クリームの匂いを嫌がって逃げ出すか、あるいは口にした瞬間に毒性で命を落とす。しかし、ウォルターにとってこの世のすべての物質は、有害無害に関わらず、単なる「エサ」でしかなかった。過去の実験記録が、研究員の頭を駆け巡る。ウォルターは、木材、衣服、ガラス、硬質な鋼鉄の檻、さらには防護服を溶かすほどの高濃度放射性物質ですら、何の影響も受けずに平然と食べ尽くしてきた。あいつの顎と胃袋の前では、ダイヤモンドすら豆腐と同じ硬さに過ぎないのだ。「ルゥ」ウォルターは小さく鼻を鳴らすと、おもむろに目の前のチョコケーキに顔を近づけた。そして、ピンク色の小さなお口を開く。――バリボリバリボリボリボリボリ!!!!密閉された部屋に、ウサギのものとは到底信じられない、凄まじい破壊音が炸裂した。それはケーキを食べる音ではなかった。まるで大型の産業用シュレッダーが、巨大な岩石を力任せに粉砕しているかのような、地響きを伴う轟音だった。「な、なんだあの音は……!?」エージェントが耳を塞いで叫ぶ。ウォルターの小さな口が、超高速で動いていた。生クリームも、濃厚なチョコレートも、固いイチゴも、すべてが物理法則を無視した吸引力でウサギの口内へと吸い込まれていく。質量保存の法則はどこへ行ったのか、1ホール数キログラムはあるはずのケーキが、わずか30秒で跡形もなく消滅した。ウサギのお腹は、1ミリも膨らんでいない。「た、食べた……。本当に食べやがった……!!」ウォルターは口の周りを満足そうにペロペロと舐めると、今度は机の上に目を向けた。そこには、先ほど大増殖を始めたばかりのケーキの山が不気味にそびえ立っている。「ル!」ウォルターは短い後ろ足で器用に跳躍すると、ケーキの山へと飛び込んだ。第三章:無限 vs 雑食ここからは、財団の歴史に永遠に刻まれるであろう、理不尽と理不尽の真っ向勝負が始まった。無限に増殖し、世界を埋め尽くそうとする悪魔のケーキ。目の前にあるすべての物質を、跡形もなく消し去ろうとする最強のウサギ。ボフッ、ポフッ、と空間から新しいケーキが生えてくる。だが、それが完全に実体化するよりも早く、ウォルターの恐るべき顎が襲いかかった。――バリボリボリボリボリ!!!――グチャ、バキバキバキ!!!ウォルターはまるで、お気に入りの牧草でも貪るかのように、凄まじいテンポでケーキを解体し、胃袋へと収めていく。イチゴタルト、モンブラン、チーズケーキ。どんな種類のケーキが apologetic に現れようとも、ウォルターにとっては等しく「ただの有機物の塊」だった。人間が命がけで食らいつき、涙を流して拒絶した絶品ケーキたちが、一匹のモフモフによって信じられない速度で「処理」されていく。5ホール、10ホール、20ホール……。どれだけ食べても、ウォルターの速度は全く落ちない。それどころか、おやつを見つけてテンションが上がったのか、耳をパタパタと楽しげに揺らしながら、狂ったように食べ続けている。増殖のスピードが、ウサギの咀嚼スピードに完全に負けていた。新しく生えてこようとするケーキの空間そのものを噛みちぎるかのような勢いで、ウォルターは部屋中のケーキを貪り尽くしていく。そして、勝負の時間は唐突に終わった。しん、と静まり返る室内。漂っていた濃厚な甘い匂いは、ウォルターが空気ごと吸い込んだかのように薄れていた。「……消えた……?」エージェントが呆然と声を漏らす。机の上にも、床の上にも、あれほど職員たちを絶望させたケーキの姿は、一粒の生クリームすら残っていなかった。完全に、文字通り綺麗さっぱりと消滅していた。世界を滅ぼしかねなかった大増殖の悪夢は、一匹の白いウサギの「おやつタイム」によって、完全に阻止されたのだ。「人類が……救われた……」研究員は床に顔を埋めて、今度は嬉しくも情けない涙を流した。ウォルターは机の上でちょこんと座り、ふぅ、と一息つくように鼻を鳴らした。そして、前足を使って丁寧に顔を洗い始める。その姿は、どこにでもいるただの可愛いペットそのものだった。第四章:最恐のモフモフが残した静寂「おい……信じられないものを見たが、あいつは本当に世界の救世主だな」エージェントは痛む腹をさすりながら、ウォルターへの感謝と敬意を込めて近づこうとした。「ありがとうよ、ウォルター。お前がいなけりゃ、今頃俺たちは……」「待て! 近づくなエージェント!!」研究員が悲鳴のような声を上げた。「ウォルターの食事は、まだ終わっていない!!」「は? ケーキはもう全部ないだろ?」「あいつの性質を忘れたのか!? 目の前にある物質を『何でも』食べるんだ。そして、ケーキを食べ尽くしたあいつの目の前に今、残っている物質は……!」エージェントの動きがピタリと止まった。ウォルターは、前足で顔を洗うのをやめ、じっと自分の『後ろ足』を見つめていた。その瞳には、知性があるのかないのか分からない、純粋で無垢な光が宿っている。ウォルターはペロリと舌を出すと、おもむろに自分の後ろ足をガブッと力強く噛んだ。――パキィン!!!静寂の部屋に、再びあの恐ろしい咀嚼音が響き渡る。「ぎゃあああああ!? あいつ、自分の足を食ってやがる!!」エージェントが絶叫した。ウォルターは、痛がる素振りを微塵も見せなかった。それどころか、まるで他人の足をかじっているかのように、至って平然とした様子で、自分の後ろ足をモグモグと噛み砕き、飲み込んでいく。骨が砕ける音、肉が断たれる音が響く。しかし、流血は一切ない。ウォルターの異常性は、食べられた部位そのものを空間から完全に「消滅」させるため、傷口という概念すら存在しなかった。後ろ足を食べ終えたウォルターは、そのまま器用に体を丸め、自分の胴体へと口を突き立てた。バリバリ、ボリボリ。自分の腹を平らげ、胸を平らげ、首を平らげていく。最後に残ったのは、ウサギの頭部だけだった。ウォルターは、まるで手品のように自分の口をぐにゃりと裏返すと、自身の頭部を内側から包み込むようにして――完全に、空間から消滅した。そこには、肉片一つ、毛の一本すら残されていなかった。ただ、さっきまでウサギが座っていたプラスチックの机の表面が、ぽっかりと丸く削り取られているだけだった。「消え……た……。死んだのか……?」エージェントが冷や汗を流しながら呟く。「いや……これがウォルターの『自己捕食』だ」研究員は、深くため息をつきながら防護服のマスクを外した。「あいつは満腹になると、あるいは気が向くと、こうして自分自身を完全に食べ尽くして消滅する。だが安心しろ……。あと30分もすれば、何事もなかったかのように、無傷の状態でこの部屋のどこかに再出現するさ」「……世界を救う最強のウサギの生態が、一番ホラーじゃねえか……」エージェントはそう言い残し、緊張の糸が切れたように床に大の字に寝転がった。数十分後、静まり返った実験室の隅で、ポフッ、と小さな音がした。そこには、何事もなかったかのようにのんびりと毛繕いを始める、一匹の白いウサギの姿があった。地球の平和は、今日も財団職員たちの胃薬と、底知れないモフモフの胃袋によって守られたのだった。
コメント
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読んだ読んだ!第5話、めっちゃ面白かったわ😆 SCP-871の無限ケーキ、あの絶望感とシュールさがまずヤバい。しかもそこに現れたのが“雑食ウサギのウォルター”って…ギャップで笑った。バリボリ音で無限増殖を食い止める光景、脳裏に焼き付いたわ。 そして最後の自己捕食からの再出現、“最強のモフモフの生態が一番ホラー”ってエージェントのツッコミ、まさにそれ。🍊好きさんのユーモアセンス、めちゃくちゃ刺さった🔥
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