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静寂が支配する図書室。午後の柔らかな陽光が、埃っぽい本の背表紙を優しく照らしていた。篠原紬は、窓際の奥まった席で、分厚い文庫本を手に取っていた。周囲の喧騒から隔絶されたこの場所は、彼女にとって唯一の安息の地だった。「静かすぎるのも、考えものだよね」
突然、背後から声が聞こえ、紬は驚いて肩を震わせた。振り返ると、そこにはクラスの人気者、橘蒼太が立っていた。いつもは運動着姿の彼が、今日は珍しく制服姿で、手には一冊の文庫本を抱えている。
「橘くん……?どうしてここに?」
思わず尋ねると、蒼太は少し照れくさそうに笑った。
「ちょっと調べ物があって。それに、たまには静かな場所で本も読みたくて」
意外な言葉に、紬は目を丸くした。運動神経抜群で、いつもクラスの中心にいる彼が、読書好きだとは想像もしていなかった。
「読書、好きなの?」
「まあね。特にミステリーとか、推理小説が好きで」
蒼太はそう言いながら、手にした文庫本の背表紙を見せた。それは、紬も好きな作家の、少しマイナーな作品だった。
「私も、この作家さんの作品、好きです」
思わず声を上げると、蒼太は嬉しそうに目を輝かせた。
「マジで?話が合いそうだね」
それからというもの、紬と蒼太は、図書室で顔を合わせるたびに、本の話をするようになった。好きな作家、おすすめの作品、登場人物の考察……。最初はぎこちなかった会話も、徐々に弾むようになり、2人の距離は少しずつ縮まっていった。
蒼太は、クラスではいつも明るく、誰とでも分け隔てなく接する人気者だった。しかし、図書室で見せる彼は、少し違っていた。本の話をする時の真剣な眼差し、時折見せる物憂げな表情……。紬は、そんな蒼太のギャップに、少しずつ惹かれていった。
ある日の放課後、いつものように図書室で本を読んでいた紬は、ふと、古びた書架の一角に、埃をかぶった古い本を見つけた。タイトルは『失われた記憶の迷宮』。興味を惹かれた紬は、その本を手に取り、パラパラとページをめくった。
すると、本の間に、一枚の紙片が挟まっていることに気づいた。紙片には、見慣れない記号や文字が羅列されていた。
「これ、何だろう……?」
紬は首を傾げながら、紙片をじっと見つめた。それは、まるで暗号のようだった。
「何か見つけたのか?」
背後から蒼太の声が聞こえ、紬は驚いて振り返った。
「これ……暗号みたいなんだけど、読めなくて」
紬は紙片を蒼太に手渡した。蒼太は興味深そうに紙片を眺め、目を輝かせた。
「面白そうじゃん!解読してみようぜ」
こうして、紬と蒼太は、図書室で秘密の暗号解読に挑戦することになった。2人は、図書館にある様々な資料を調べ、記号や文字の意味を推測していった。
「この記号、古代文字に似てるかも」
「この数字の羅列は、本のページ数と関係あるんじゃないか?」
2人は意見を交換し合い、少しずつ暗号の解読を進めていった。しかし、暗号は予想以上に難解で、なかなか解読の糸口が見つからない。
「これ、本当に解けるのかな……」
紬が不安そうに呟くと、蒼太は力強く言った。
「諦めるなよ。絶対解けるって。2人で力を合わせれば」
その言葉に、紬は少しだけ勇気づけられた。蒼太と2人なら、きっとこの難解な暗号も解読できるかもしれない。
その日から、紬と蒼太は、放課後の図書室で、暗号解読に没頭するようになった。2人は、時には意見がぶつかり合いながらも、協力して暗号の解読を進めていった。
暗号解読を通して、2人の距離はさらに縮まっていった。読書という共通の趣味、そして秘密の暗号解読という冒険。それは、紬にとって、これまで経験したことのない、特別な時間だった。
しかし、2人の間には、まだ超えなければならない壁があった。それは、周囲の目、そして、お互いへの気持ち……。
図書室で始まった、秘密の暗号解読。それは、2人の恋の始まりを告げる、小さな冒険だった。
「ねえ、橘くん」
いつものように暗号解読に没頭していた時、紬はふと、蒼太に話しかけた。
「何?」
蒼太は、紙片から顔を上げ、紬を見つめた。
「橘くんって、どうして図書室に来るようになったの?」
少しだけ勇気を出して聞いてみた。
「どうしてって……。本が好きだからに決まってるだろ?」
蒼太はそう言いながら、少しだけ目を逸らした。
「でも、橘くんって、いつもクラスのみんなと楽しそうにしてるから……。図書室に来るイメージがなくて」
「イメージか……。確かに、そうかもしれないな」
蒼太はそう呟くと、少しだけ遠くを見つめた。
「俺、昔から本が好きだったんだ。でも、中学の頃は、周りの目が気になって、あまり読めなかった。高校に入って、少しだけ時間に余裕ができて、また読むようになったんだ」
「そうだったんだ……」
紬は、少しだけ驚いた。いつも明るく振る舞っている蒼太にも、そんな過去があったなんて。
「でも、最近は、紬と話すのが楽しくて、図書室に来るのが待ち遠しいんだ」
蒼太はそう言いながら、少しだけ照れくさそうに笑った。
「私も……。橘くんと話すの、楽しいです」
紬は、顔を赤らめながら、そう答えた。
その時、図書室の扉が開く音が聞こえ、2人は慌てて顔を上げた。そこには、紬の親友である橋本結衣が立っていた。
「2人とも、こんなところで何してるの?もうすぐ門限だよ」
結衣の言葉に、2人は慌てて片付けを始めた。
「ごめん、ちょっと夢中になってて」
紬がそう言うと、結衣はニヤニヤしながら言った。
「ふーん。2人で仲良く、何かやってたんだ?」
「べ、別に、何も……」
紬は顔を赤らめながら否定したが、結衣は信じていないようだった。
「まあ、いいけど。早く帰ろうよ」
結衣に促され、紬と蒼太は図書室を後にした。帰り道、紬は、蒼太と2人きりになれたことが嬉しくて、少しだけドキドキしていた。
「なあ、紬」
隣を歩いていた蒼太が、ふと話しかけてきた。
「何?」
「あの暗号、明日も一緒に解読しようぜ」
「うん、そうだね」
紬は笑顔で答えた。明日も、蒼太と一緒にいられる。そう思うと、胸が高鳴った。
図書室で始まった、秘密の暗号解読。それは、2人の恋の始まりを告げる、小さな冒険だった。そして、それは、蒼太の隠された一面を知る、紬にとって特別な時間でもあった。