※LINEオプチャにていただいたリクを元に書いたお話です。CPは変わらず直里×星良。
珍しく風邪をひいた直里を看病したら、うつって自分も具合悪くなっちゃう星良。今回はスカも嘔吐も無し。
夕方頃、バイトを終えて【Felice(フェリーチェ)】に帰宅した星良は、ルームメイトの直里が風邪で熱を出し学校を早退してきたと聞かされた。
――あの直里がねぇ……、珍しいこともあるもんだな。
「おう、直里。早退したんだって?」
部屋に入ると、直里は二段ベッドの上段で体を起こしてスマホをいじっていた。
「星良」
額に冷却ジェルシートを貼った直里は、普段よりも少し顔が赤いものの、それほどつらそうには見えなかった。
「これでバカは風邪ひかないってのが迷信だって証明されたな」
「おい、病人に対してその言いぐさはねぇだろ! ゲホッ、ゲホッ……」
直里は星良に怒鳴った拍子に咳き込んだ。あまり変わらなく見えても、風邪をひいているのは間違いないらしい。
「でも、思ったより元気そうじゃねぇか」
「まぁな、念のためにって帰されただけで、そんな酷くはねぇんだよ」
片手に冷却シートの箱を持ってベッドの梯子を上り、星良は直里の額に貼ってあるシートに触れてみた。
「これ、もうぬるくなってんな」
直里の体温で生ぬるくなった冷却シートを剥がし、新しいシートをペタリと張り付ける。何故だか直里が怪訝そうな顔でこちらを見ている。
「なんだよ、その顔は」
「いや、なんつーか、星良が優しいとヘンな感じがしてさ」
確かに直里とは毎日ケンカばかりしているが、変とまで言われるのは心外だった。
「あのなぁ……、人を冷血漢みたく言うんじゃねぇ」
――ったく、病気してても口の減らねぇクソガキだな……。
「同室のヤツが具合悪くなったら、フツーに看病くらいするっての」
――いつも看病されちまってるし、たまには、な……。
しょっちゅう体調を崩しては看病されて、直里に迷惑をかけている自覚はある。普段は生意気でも、星良が本当につらいときは驚くほど優しく気遣ってくれるのを知っているだけに、今回は少しでも借りを返すいい機会だと考えていた。
「ああ、そうだ。星良、おまえしばらく泉樹のとこで寝ろよ」
「は? なんでだよ」
直里から投げかけられた思いがけない言葉に、つい間の抜けた声を返してしまう。
「うつるかもしんねぇから」
風邪がうつるのを心配してのことだとわかっても、星良は引くつもりはなかった。
「アイツの部屋、アトリエ兼用だろ。絵の具だのインクだの、画材の匂い凄くて気分悪くなるんだよなぁ……」
嘘は吐いていない。実際、塗料類やその溶剤の匂い等で、泉樹の部屋に長時間いると頭痛や吐き気がしてくる。よくもまあ泉樹は平気で毎日過ごしていられるものだと思う。
「風太たちのとこは?」
「風太はいびきがうるせぇんだよ。時彦はもう慣れてるみてぇだけど」
これも嘘ではない。身体の大きさに負けない大音量のいびきを一晩中聞かされ続けては、寝不足で倒れてしまいそうだ。
「じゃあ、どうすんだよ」
「ここで寝るに決まってんだろ」
何を言われても引くつもりはない。今まで、うつる可能性のある病気で星良がダウンしたときでも、直里は傍にいてくれたのだから、自分もそうすると決めていた。
「そろそろ晩飯の時間だな。おまえの分、持ってきてやるよ」
「おい、星良! ゴホッ……」
まだ納得してはいない様子の直里を置いて、星良は部屋を出る。
――元気そうだけど咳してたし、しばらく部屋で煙草はやめとくか……。
そんなことを考えながら、直里の分の食事を運ぶためにキッチンへと向かった。
それから三日後。
風邪の発症後すぐに身体を休めたのがよかったのか、直里はあっという間に回復した。本当はたったの一晩で熱は下がり咳も止まっていて、二日目、三日目は大事をとっての休養だった。
「今日もずっと平熱だったな。もう咳も出てねぇし」
「明日は学校行けっかなぁ。寝てばっかいるのヒマなんだよ」
じっとしているのがどうにも性に合わないらしい直里は、退屈そうに伸びをする。
「このまま熱がぶり返さなかったら、いいんじゃね?」
結局、直里が病人のくせに元気すぎて、星良に出来たのは食事運びと初日の冷却シート貼り替えぐらいのものだった。
「今回は世話になっちまったな。サンキュ、星良」
「いや……」
礼を言われるほどのことは出来ていない、と言うつもりが、咳で言葉が続かなかった。
「おまえ、咳してんじゃん。やっぱうつったんじゃねぇの?」
額に触れようとしてきた直里の手を、咄嗟に払いのける。
「大丈夫だから」
「ホントかよ……」
その日の夜中。
星良の咳はなかなか治まらず、だんだん頭がボーッとしてきて、測らなくても体温が上昇しているのが感覚でわかった。
「おい、星良……」
上段のベッドから、直里が心配そうにのぞき込んでくる。
「大丈夫だって……、ゴホッ……、ゴホッ、ゲホッ……」
「完全にうつったな。だから何度も他の部屋行けって言ったのに……」
直里は自分の枕元に置いていた体温計を星良に差し出してきた。
「熱、測ってみろよ」
「いい……、たいしたことねぇし……」
「意地張んなよ、ほら」
「大丈夫だって言ってんだろ……!」
直里の視線から逃げるように寝返りをうち、咳き込みながら毛布を頭まで被って、星良はそのまま眠りについた。
翌朝。体調のせいか、いつもよりだいぶ遅めの時間に目が覚めた。
上段のベッドは既にもぬけの殻だった。
部屋着のままダイニングに行ってみると、食事当番の泉樹が希以のティーカップに紅茶を注いでいた。
「おはよう、今日はゆっくりだね。バイトは休み?」
「ああ……」
咳が出そうになるのを必死に抑えつつ、泉樹の問いかけに答える。
泉樹の他にダイニングにいるのは、希以、陽出の二人だけ。直里の姿はない。
「直里は?」
「冴里ちゃんと一緒に学校に行ったよ。もうすっかり良くなったみたいだね」
泉樹は穏やかに微笑み、星良のティーカップを出して紅茶を注ぐ。
「そっか……」
起きた直後からズキズキと痛む頭を押さえつつ、小さく息を吐いた。
「それより星良、直里が星良にうつしちゃったって言ってたけど、大丈夫?」
希以が手にしたティーカップを置いて聞いてくるその声が、なんだかフィルターを通したように、ぼやけて聞こえる。
「そうなの!? 星良くん、熱は測った? 気分悪くない?」
陽出の声も同様だった。言っている内容はなんとか理解できる。
「大丈夫、そんな心配するほどじゃ……」
最後まで言い切る前に視界がぐにゃりと歪み、星良の身体は平衡感覚を失った。
「星良くん!」
「星良!」
陽出と希以の呼び声が遙か遠くに聞こえ、プツリと意識が途切れた。
目が覚めると、星良は自分のベッドで寝かされていて、傍には梅子を始めとしたフェリーチェの面々が勢揃いしていた。
ダイニングで意識を失って倒れた後、希以が異能を使って運んでくれたらしい。
熱が高いときでも37度台後半だった直里と違い、今の星良の熱は39度近くあると聞かされた。
「まったく、人の看病して自分が倒れるなんてねぇ……」
梅子が呆れ気味に呟く。
「しかも、我慢してこじらせて俺よか重症になってるし」
直里まで呆れ顔で星良を見てくる。
「るせぇ……」
咳のせいでそう言うのが精一杯だった。
「星良、何か欲しいものはある?」
「よっぽど無茶なものじゃなけりゃ用意するよ」
泉樹と冴里が聞いてくるが、欲しいものと言われても、ぼんやりした頭ではすぐに思いつかない。
「別に……、何も……」
「ご飯は食べられそう? 何でも食べたいもの作るよ」
陽出の厚意は有り難い。しかし、今は食事をする気になれなかった。
「……いらねぇ、全然食欲ねぇ……」
「あ、プリンとかはどう? 甘いもの好きでしょ?」
枕元にかがんで星良の顔をのぞき込みながら、千詠が提案する。
「それくらいなら、なんとか……」
「俺、買ってくる!」
星良の返事を聞くなり、風太が部屋を飛び出していった。
「待って風ちゃん、僕も行く!」
時彦も風太を追いかけていく。
星良を休ませるためにと、一旦、全員が部屋を出て約三十分後。
直里がドラッグストアのレジ袋を持って戻ってきた。
「星良、生きてっか?」
「風邪くらいで死ぬかよ! ゲホッ……」
大声を出そうとすると咳き込んでしまい、怒鳴りたくても掠れた声しか出ない。
「薬も持ってきたし、後でちゃんと飲めよ」
「わかった……」
怠い身体を強引に起こして、直里がレジ袋から出した風邪薬とミネラルウォーターを受け取り、ひとまず枕元に置く。
「風太たちがプリン買ってきてくれたぞ。食べられるか?」
「ああ」
プリンも受け取り、小さいプラスプーンで口に運ぶ。
普段だったら物足りないくらい控えめサイズのプリンが、今の星良にははちょうどよかった。
「ずいぶん汗かいてんな。着替える?」
「そうだな……」
言われてみれば、熱のせいか汗だくでTシャツが肌に貼り付き不快だった。
「じゃ、用意してくる」
そう言って直里は部屋を出ていった。
――ん? 用意?
洗濯済みの星良の服はこの部屋にある。着替えるだけなら、部屋を出て準備をするものなどないはずだった。
しばらくして戻ってきた直里は、湯気の立つ洗面器とタオルを持っていた。
「ちょ、ちょっと待て、直里、何する気だ……」
「何って、体拭くだけだよ」
直里は洗面器を床に置いてタオルを浸し、絞り始める。
「そこまでしなくていいから……!」
「汗かいたままだと気持ち悪いだろ?」
「汗拭くくらい、自分で……」
「病人が遠慮すんな。ほら、脱いで脱いで」
「待てって!」
星良の抵抗も虚しく、服を全部剥かれ全身くまなく拭われたうえで、替えの服を着せられた。
「男同士なんだから、そんな恥ずかしがることねぇのに」
拗ねるように毛布の中にすっぽり潜り込んだ星良を見て、直里は首を傾げる。
「そういう問題じゃねぇっつーの……」
普段の着替えでお互いに裸を見ることはあるが、それとは状況が全く違う。デリカシーに欠ける直里にはわからないのだろう。
――このクソガキ!!!
真っ赤な顔を毛布で隠しながら、星良は大声が出せないぶん心の中でめいっぱい叫んだ。
その後、ほぼ一晩で完治した直里からもらった風邪で、一週間も寝込むはめになってしまった星良であった……。
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