テラーノベル
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部屋に充満する冷えた空気とダンボールの匂い。
何だってこんな寒い部屋で大掃除なんかしなきゃいけないんだ。
エアコンの壊れた生徒会室で寒さに震えながらかじかんだ手で書類整理をこなす。
ひと口に書類と言っても、この生徒会室には様々な資料が保管されているため結構な量だ。
「…これほんとに僕一人でやらなきゃいけないんですか」
「早い者順。蒼井が来るの遅いからでしょ」
遅い者に仕事を決める権利は無いとでも言いたいのだろうか。
会長の方をちらりと見ると、自販機で買ったのであろうホットミルクティーを飲みながら呑気にPCで仕事をしていた。
終業式でのスピーチの台本作りだろう。
どう考えてもそっちの方が楽な仕事だ。
というか、僕は別に来るのが遅かった訳じゃない。コイツが早すぎるんだ。
いつも絶対僕より先にこの部屋にいる。
なんなんだコイツ、暇人なのか?
「ほら手止めないで、早くしないと帰れないよ」
内心穏やかではないものの、再び手を動かす。
去年の年間予定表、書類制作のテンプレート、前会長考案の企画書、他にも山ほどある。
全部捨てればいいやと思っていたが、意外と必要なものばかりで捨てたくても捨てられない。
勝手に捨てて後で怒られても困るし…
「何これ重っ」
棚の奥の方にあった段ボールを引っ張り出す。
両手に収まる程の大きさなのにかなり重い。
なに入ってんだこの段ボール。
箱を開けると、そこにあったのは文化祭で高等部の一年生が毎年恒例で行っている演劇の脚本だった。
演目はだいたい決まっているようで、どれも聞いた事のある有名なものだった。
しかし、その中で一つだけ聞いた事のないタイトルが印刷された脚本があった。
『リュミエールの輝き』
最近出来た新しい演劇なのだろうか。
日付は去年、ってことは会長の学年か。
ページを1枚めくると、左側に目次が、右側に十数人の役者の名前が書かれていた。
その一番上に見覚えのある名前があった。
「勇者リュミエール役、源輝…」
…この人が勇者?魔王の間違いじゃなくて?
まぁ顔的には合ってなくもないけど…
「んー?なんかあったの?」
独り言のつもりが会長にも聞こえていたらしく、いつの間にか隣にいた。
「これ去年の会長のクラスのやつですよね」
「こんな演目ありましたっけ」
「あー、それね、うちのクラスのオリジナルだよ」
オリジナルとかアリなのか。
少し気になってぱらぱらと中身を確認する。
内容はまぁありがちなRPG物語だった。
しかし、一つ引っ掛かりがあった。
主人公の勇者リュミエール、これがどっからどう見ても会長なのだ。
脚本を書き上げた時はまだ役者は決まっていなかった筈なのに、表紙のイラストまで会長そっくり。
それだけじゃない、言動、仕草、話しぶり、全てが会長を模して作られたようだった。
確かにキャラと役者は近い方が演じやすいのかもしれないが、近いとか言うレベルじゃない。
そして何より『リュミエール』という名前。
リュミエールはフランス語で光を表す言葉だったはず。
タイトルに輝の文字が入っているということもあり、考え付く答えは一つしかなかった。
「…これって会長が主人公の前提で書かれてます?」
「やっぱりそう思う?僕も最初これ見た時はびっくりしたよ」
「お陰で役はすぐに決まったけどね」
どこまでも持ち上げられた完璧なヒーロー像。
思わず吹き出しそうになる。
おそらく、会長の外見と周りの妄想が合体した結果がこれなんだろう。
会長はこれをどんな気持ちで演じたんだろうか。
本人が望んで普段そのキャラで過ごしているから別に何とも思っていなかったのかもしれないが、本当の源輝はもっと普通の男子高校生だ。
人の悪口も言うし、料理は壊滅的だし、たまに言うこと聞かないでめちゃくちゃする。
家柄は特殊だが、中身は僕らとそう大して変わらない。
「…..会長はしんどくないんですか」
「ん〜… 別にしんどくはないかな、僕にとって不利益よりも利益の方が大きいし」
「ただそうすると気が抜けないんだよね〜、光にも前同じこと言われたよ」
言葉足らずかと思ったが通じたらしい。
気が抜けないのは完全に自業自得だが、少し同情もする。
ルックスからしてどのみち定められた未来だったのだろう。
そうでもないとこんな化け物が生まれるはずがない。
「皆が僕を理想とし続ける限りは期待に応えるよ。期待されるのって悪くないでしょ」
とんでもないナルシスト発言が飛び出してきたが…
……なんかモヤモヤする。
間違ってはないんだけど、なんかそういうことじゃない。
こういう時何を言うのが正解なんだろう。
励ましたいとかではないんだけど…うーん…
「僕は”普通”の会長が好きですけどね」
あ、これだ、一番しっくりくる。
コイツに好きという言葉を使うのは抵抗があるが、仕方ない。
多分これが一番伝わりやすい。
当の本人は、驚いた顔で固まったかと思えば急に笑い出した。
「ふふっ そっかそっか、そうだね 」
「じゃあ蒼井の前では普通で居ようかな 」
「是非ともそうしてください、変にキラキラされても気持ち悪いので」
「じゃあこれからも蒼井の前では今まで通りにするよ」
一瞬意味がわからず、今度は僕が固まった。
今まで通り…?つまり…….?
「……どういうことですか?」
「…はぁぁ……」
「痛っ」
なぜか頭を叩かれた。
やっぱりコイツは勇者には向いてないと思う。
コメント
6件
蒼井茜の優しさに触れてそれに絆されてくのが手に取ってわかりますぞ源輝さんや……(?)蒼井にとっての源輝の普通は源輝にとっての普通と一緒で…ちょっと自分で言っててよくわかんなくなってくるけど…()とにかく!!!蒼井茜が思うまんまの源輝でいて良いって蒼井なりの優しさなんだよね!!!それに源輝が絆されて抜け出せなくなっちゃってるんだよね!!!(≧∇≦)でも最後に振り回されてるのは蒼井でなくて源なんやろね
急に頭叩く源輝と急に頭叩かれて驚いている蒼井茜に笑いを隠せないのだが…なのに何故か尊い それは多分いつもの光景だからなんだろう… それに蒼井茜は周りにとっての”普通“では無いからだろう…蒼井茜は源輝に頭を叩かれて痛かったはずなのに怒りもしない それどころか物凄く冷静で他の人だと源輝じゃ無かったら怒るし源輝に頭叩かれると嬉し過ぎて失神する そんな中蒼井茜はこうやって冷静で そんな所に惚れない蒼井茜に面白い蒼井茜に 源輝は魅了され恋という呪いにかかってしまったんだと俺は思う…