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翌朝。
目黒がリビングへ行くと、阿部はすでに起きていた。
借りた服を綺麗に畳み、昨夜使った毛布まで丁寧に整えている。
「おはよう。」
「……おはようございます。」
阿部は少し気まずそうに笑った。
「昨日は、本当にありがとうございました。」
そして深く頭を下げる。
「もう行きます。」
「……どこに?」
「とりあえず、仕事探します。」
「その格好で?」
阿部が黙る。
着ているのは昨日と同じ服。
財布もない。
スマホもない。
頼れる人もいない。
それでも。
「これ以上、目黒さんに迷惑かけられないので。」
そう言って玄関へ向かう。
「待って。」
目黒は咄嗟に阿部の腕を掴んだ。
「……っ!」
阿部が小さく顔を歪める。
「ごめん!」
慌てて離した。
その時。
袖がずれた。
目黒の動きが止まる。
「……それ。」
阿部はすぐに袖を戻そうとした。
でも。
遅かった。
腕には。
いくつもの痣。
薄くなりかけているもの。
まだ色濃く残っているもの。
一つではなかった。
「……昨日言ってた彼氏?」
阿部は答えない。
「これ全部?」
「……。」
その沈黙だけで十分だった。
目黒は息を吐く。
このまま。
外へ出せるわけがなかった。
「ねえ、あべちゃん。」
「……あべちゃん?」
「家政婦やらない?」
「……はい?」
あまりに唐突で。
阿部が目を丸くした。
「俺、仕事で家空けること多いんだよね。」
「掃除もあんまりできないし。」
「ご飯も外で済ませること多い。」
「それで家政婦……?」
「うん。」
「いや……。」
阿部は困った顔になる。
「俺、家政婦やったことないですよ。」
「料理できる?」
「一応。」
「掃除は?」
「普通には。」
「洗濯。」
「できますけど。」
「採用。」
「待ってください。」
目黒は笑った。
「住み込みで。」
「もっと待ってください。」
「給料もちゃんと払う。」
「目黒さん。」
「部屋余ってるし。」
「目黒さん!」
阿部はとうとう声を上げた。
「昨日会ったばっかりですよ?」
「うん。」
「どこの誰かも分からないような人を家に住ませるんですか?」
「名前は知ってる。」
「阿部しか教えてないです!」
「じゃあこれから知ればいいじゃん。」
「……。」
阿部が呆然とする。
目黒は真剣だった。
「仕事ないんでしょ?」
「……はい。」
「住むところも。」
「……はい。」
「だったら。」
目黒は穏やかに言った。
「ここにいればいいよ。」
阿部の表情が揺れる。
「でも……。」
「俺も助かる。」
「……本当に?」
「うん。」
「同情じゃなくて?」
目黒は少し考えて。
「心配はしてる。」
正直に答えた。
「でも、それだけじゃないよ。」
「……。」
「俺がお願いしてるの。」
阿部はしばらく黙っていた。
何度も断ろうとして。
そのたびに目黒に言い返されて。
結局。
「……分かりました。」
根負けした。
「本当に?」
「目黒さんがそれでいいなら。」
目黒の顔が明るくなる。
「よかった。」
「でも、ちゃんと働きますからね。」
「もちろん。」
「迷惑だと思ったらすぐ言ってください。」
「分かった。」
阿部は困ったように笑った。
「……ありがとうございます。」
___________
「じゃあ。」
目黒がスマホを取り出した。
「今日の予定決めよう。」
「予定?」
「まず病院。」
阿部の顔が曇る。
「大丈夫です。」
「却下。」
「でも――」
「その腕見て大丈夫だと思うわけないでしょ。」
「……。」
何も言えなくなった。
「病院行って。」
目黒が指を折りながら続ける。
「そのあと服買おう。」
「服は今ので――」
「何日同じ服着るつもり?」
「……。」
「下着とかも必要でしょ。」
「それは自分で――」
「お金ないでしょ。」
阿部が黙る。
「給料の前借りってことにすればいい。」
「……目黒さん、強引って言われません?」
「たまに。」
「でしょうね。」
阿部が少し呆れたように笑った。
目黒も笑う。
「あとスマホ。」
「スマホまで?」
「必要でしょ。」
「でも高いですよ。」
「仕事の連絡するのに必要だから業務用。」
「絶対嘘。」
「バレた?」
昨日より。
少しだけ自然に笑っている。
その顔を見て。
目黒も安心した。
「じゃあ決定。」
「何も決定してない気がしますけど。」
「病院、服、スマホ。」
「……はいはい。」
「あと。」
目黒が阿部を見る。
「敬語禁止。」
「……はい?」
「それも禁止。」
「急すぎません?」
「家でずっと敬語使われると落ち着かない。」
「でも雇い主ですよね?」
「家では関係ない。」
「……難しいです。」
「練習しよう。」
目黒は笑う。
「俺のことも、めめって呼んで。」
「……。」
阿部が完全に固まった。
「めめ?」
「うん。」
「目黒さんじゃなくて?」
「めめ。」
「……。」
「ほら。」
「今?」
「今。」
阿部は明らかに困っていた。
「……め……。」
「うん。」
「……めめ。」
言った瞬間。
恥ずかしくなったのか目を逸らす。
目黒は嬉しそうに笑った。
「うん。」
「……何でそんな嬉しそうなの。」
「あ。」
阿部自身が気付いた。
今。
敬語ではなかった。
目黒も気付いたらしい。
さらに笑う。
「できるじゃん。」
「……めめが面倒くさいから。」
「それでいいよ。」
阿部は呆れたように笑った。
「本当に変な人。」
「よく言われる。」
「そこは否定してよ。」
昨日。
玄関の前で力尽きていた時には。
想像すらしていなかった。
翌朝には仕事と住む場所が決まって。
病院へ連れて行かれ。
服とスマホまで買う予定を勝手に立てられて。
名前すら。
「あべちゃん」に変わっている。
それでも。
不思議と嫌ではなかった。
「……ありがとう、めめ。」
今度は。
ちゃんと言えた。
目黒は一瞬驚いて。
嬉しそうに笑った。
「どういたしまして、あべちゃん。」
阿部にとって。
逃げるためだけに歩き続けた日々が終わり。
この日から少しずつ。
立ち止まってもいい日々が始まった。
みら

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コメント
1件
お疲れ、みらさん! 今回もあったかい回だった〜。阿部の腕の痣見たときの目黒の動き、一瞬で空気変わったのが伝わってきたよ。それで「家政婦やらない?」って提案するの、めちゃくちゃ強引だけど優しさが詰まってて好き。阿部が「めめ」って呼ぶの恥ずかしそうに練習してるところ、思わずにやけたわ。立ち止まってもいいって思える日々が始まったのが本当に良かった。続きも気になる〜🔥