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阿部は目黒の家を出て、わずか数分で気付いた。
「……めめ。」
「ん?」
「これ、めめの車?」
「そうだよ。」
「……本当に?」
「なんで?」
目の前に停まっているのは、どう見ても高級車だった。
車に詳しくない阿部でも分かる。
少なくとも。
家政婦を雇う余裕がある、という目黒の話をもう少し真剣に聞くべきだった。
「……何の仕事してるの?」
「会社員。」
「会社員ってこの車買えるの?」
「買える人もいるんじゃない?」
目黒は笑いながら助手席のドアを開けた。
「あべちゃん、乗って。」
「……傷つけたらどうしよう。」
「その時はその時。」
「怖いこと言わないで。」
恐る恐る助手席に乗る。
車内まで綺麗だった。
「めめって……お金持ち?」
「まあ、困ってはない。」
「その言い方する人、大体お金持ちなんだよ。」
___________
病院に着く。
診察を受け。
腕だけでなく、身体に残っている怪我も診てもらった。
幸い、緊急の治療が必要なものはなかった。
医師からはしばらく安静にするよう言われた。
そして、会計。
阿部は困っていた。
当然だった。
財布がない。
身分証も。
保険証もない。
目黒が普通に支払いを済ませようとする。
「待って。」
「何?」
「高いよ。」
「保険証ないからね。」
「そうじゃなくて!」
阿部は小声になる。
「俺、払えない。」
「知ってる。」
「じゃあ……。」
「給料から引いとく?」
「……本当に?」
「嘘。」
「めめ!」
目黒が笑った。
「治療費くらい気にしないで。」
「気にするよ!」
「じゃあ元気になったら家事頑張って。」
「……。」
それを言われると。
阿部は何も返せなかった。
「……絶対返すから。」
「はいはい。」
「本気だからね。」
「分かった。」
明らかに分かっていない返事だった。
___________
次は服。
店に着いた阿部は、値札を見て固まった。
「……帰ろ。」
「なんで?」
「高い。」
「普通だよ。」
「めめにとってはね!」
目黒は気にせず店内を見る。
「これ似合いそう。」
「一着でいい。」
「こっちも。」
「聞いてる?」
「スカートもいる?」
「いらない。」
「ワンピース。」
「めめ。」
「これかわいい。」
「めめ!」
気付けば。
目黒の腕には大量の服。
「俺、家政婦だよね?」
「うん。」
「制服でも着せるつもり?」
「それいいね。」
「冗談だから。」
さらに。
下着。
部屋着。
靴。
バッグ。
必要なものを次々選んでいく。
「待って待って。」
阿部が目黒の腕を掴む。
「こんなにいらない。」
「いるよ。」
「いらない。」
「季節変わるし。」
「三着くらいあれば生活できる。」
「できるけど。」
目黒が真顔で答える。
「洗濯大変じゃん。」
「家政婦だから洗濯するの俺!」
「あ、そっか。」
「今気付いたの?」
結局。
阿部が必死に止め。
目黒が勝手に増やし。
その攻防の末。
当初の予定より遥かに多い服が購入された。
「……これ、働いて返すの何年かかるの?」
「プレゼントだから返さなくていいよ。」
「昨日会った人にこんなプレゼントしないで。」
「今日から家政婦だから知らない人じゃない。」
「屁理屈。」
___________
そして。
最後。
「はい。」
目黒から箱を渡された。
「……何?」
「スマホ。」
開ける。
阿部が固まる。
「これ……。」
「新しいやつ。」
「業務用って言ったよね?」
「業務でも使えるよ。」
「そういう意味じゃない。」
どう考えても。
家政婦との連絡だけに必要な端末ではない。
「もっと安いのでいい。」
「長く使える方がいいじゃん。」
「……。」
阿部は目黒を見る。
「めめ。」
「ん?」
「俺がこのまま全部持って逃げる可能性とか考えないの?」
目黒は少し驚いた顔をした。
そして。
笑う。
「その時は。」
「……。」
「元気に逃げられるようになってよかったって思う。」
阿部は何も言えなくなった。
「……馬鹿。」
「なんで?」
「知らない。」
大切そうに。
スマホの箱を抱えた。
___________
帰り道。
高級車の後部座席には。
阿部の服や日用品が大量に積まれていた。
助手席で。
阿部は新しいスマホを設定している。
連絡先を見る。
目黒。
一件だけ。
「……本当に何もない。」
「これから増やせばいいよ。」
「うん。」
しばらく。
車内には穏やかな音楽だけが流れていた。
すると。
目黒が何でもないことのように言った。
「あ、そうだ。」
「何?」
「すぐ引っ越すから。」
「……。」
阿部が顔を上げる。
「手伝ってね。」
「……はい?」
「引っ越し。」
「聞いてない。」
「今言った。」
「俺、昨日来たばっかりなんだけど。」
「うん。」
「家政婦になったの今日だよね?」
「うん。」
「すぐ引っ越すの?」
「そう。」
阿部は頭を抱えた。
「なんで今のタイミングで家政婦雇ったの……。」
「ちょうどよかったね。」
「俺にとっては全然よくない。」
目黒は楽しそうに笑っている。
「荷造り手伝って。」
「……怪我人なんだけど。」
「じゃあ指示係。」
「家政婦なのに?」
「新居の家具も一緒に選ぼ。」
「なんで俺が?」
「一緒に住むんだから、あべちゃんが使いやすい方がいいでしょ。」
「……。」
阿部が止まる。
「え?」
「ん?」
「俺も行くの?」
今度は。
目黒が不思議そうな顔をした。
「当たり前じゃん。」
「……。」
「住み込みなんだから。」
「そうだけど……。」
昨日まで自分には帰る家すらなかった。
それなのに。
今日、知らない男に拾われて。
仕事をもらって。
服も。
スマホも。
居場所も与えられて。
そして、次に住む家まで。
もう決まっているらしい。
阿部は窓の外を眺めながら。
小さく笑った。
「……めめって本当に変。」
「また言った。」
「だって変だもん。」
「その変な人の家政婦になったの誰?」
「……俺。」
目黒が笑う。
阿部も。
少しだけ笑った。
逃げるために何日も歩いてきた阿部は。
知らないうちに。
目黒と一緒に進む、
次の行き先まで決められていた。
___________
引っ越しから数日。
阿部は新居の広いソファに座りながら、ぼんやりリビングを眺めていた。
「……。」
綺麗。
というより。
広い。
前の家も十分立派だった。
でも新居は、それ以上だった。
目黒から引っ越すと聞いた時。
阿部はてっきり。
家政婦として忙しくなると思っていた。
荷造り。
掃除。
荷解き。
家具の配置。
少しでも役に立とうと。
怪我が治ったら何から始めるかまで考えていた。
ところが。
引っ越し当日。
「……俺、何すればいい?」
「座ってて。」
「は?」
「業者さんがやってくれるから。」
本当に。
全部業者がやった。
荷造りから搬出。
新居への搬入。
家具の設置。
細かい荷解きまで。
「……家政婦いる?」
阿部が聞いたら。
「いる。」
即答された。
何のために。
___________
そして。
目黒は思っていたより家にいた。
仕事が忙しいと聞いていたから。
ほとんど帰ってこないのだと思っていた。
でも。
三日に一回くらいは。
普通に一日家にいる。
「めめ今日休み?」
「うん。」
「じゃあ俺、掃除するから。」
「昨日業者さん来たよ。」
「……洗濯。」
「さっき回した。」
「俺の仕事!」
「暇だったから。」
家政婦とは。
阿部は日に日に分からなくなっていた。
___________
ある日。
冷蔵庫の中身が少なくなっていることに気付いた。
「買い物行ってくる。」
そう言った瞬間。
目黒が止めた。
「駄目。」
「……なんで?」
「あべちゃん一人で?」
「うん。」
「駄目。」
「子供じゃないんだけど。」
「分かってる。」
「じゃあ行ってくる。」
「食材届くようにしたから。」
「……何?」
翌日。
本当に届いた。
野菜。
肉。
魚。
飲み物。
日用品まで。
定期的に。
家まで。
「……。」
阿部は玄関に届いた大量の食材を眺める。
「俺。」
「うん。」
「家から出る必要なくなったんだけど。」
「便利でしょ?」
「便利だけど。」
「まだ元彼が探してるかもしれないじゃん。」
その言葉を聞くと。
阿部は何も言えなくなる。
確かに。
怖かった。
外へ出て。
もし見つかったら。
そう考えるだけで。
身体が強張る。
「……もう少し落ち着くまで。」
目黒は優しく言った。
「一人では出ないで。」
「俺がいる時、一緒に行こう。」
「……うん。」
心配してくれている。
分かっていた。
だから。
素直に頷いた。
___________
ただ。
一番納得できないのは。
料理だった。
「めめ。」
「ん?」
「何してるの?」
「夕飯。」
「見れば分かる。」
目黒はキッチンに立っていた。
「俺が作るよ。」
「今日は俺が作りたい。」
「……俺、家政婦。」
「知ってる。」
「料理も仕事。」
「じゃあ手伝って。」
「逆じゃない?」
結局。
二人で並んで料理する。
目黒が肉を焼いて。
阿部がサラダを作る。
途中。
目黒が味見をする。
「美味しい。」
「それ俺が作ったドレッシング。」
「じゃああべちゃんの手柄。」
「……。」
楽しそうな目黒を見ていると。
強く言えなくなる。
___________
その日の夜。
阿部は一人。
ソファに座っていた。
目黒はお風呂。
静かなリビング。
ふと。
思う。
「……何なんだろ。」
仕事として住ませてもらった。
家政婦として。
そのはずだった。
でも。
引っ越しは業者。
掃除も定期的に業者が来る。
食材は届く。
洗濯くらいなら目黒もする。
料理まで目黒がする。
給料は。
ちゃんと振り込まれている。
住居費も。
食費も。
請求されたことはない。
服も買ってもらった。
スマホも。
病院代も。
「……俺、何してるんだろ。」
ほとんど。
養ってもらっているだけ。
阿部は自分の腕を見る。
痣は。
少しずつ薄くなっていた。
目黒は。
一度も詳しく聞こうとしなかった。
どうして。
出会ったばかりの自分に。
ここまでしてくれるのだろう。
「……。」
考えても。
答えは出ない。
すると。
「何考えてるの?」
「わっ!」
いつの間にか。
目黒がお風呂から出ていた。
「びっくりした。」
「ごめん。」
目黒が隣に座る。
「難しい顔してたから。」
「……。」
阿部は少し迷って。
聞いてみた。
「めめ。」
「ん?」
「俺のこと家政婦として雇ったんだよね?」
「うん。」
「……俺、必要?」
「必要。」
また。
即答。
「でも全然仕事してない。」
「してるよ。」
「何を?」
目黒は少し考える。
「今日、帰った時。」
「うん。」
「あべちゃん、おかえりって言ってくれた。」
「……それ?」
「嬉しかった。」
阿部は目黒を見る。
冗談を言っているようには見えなかった。
「それ、家政婦の仕事じゃないよ。」
「じゃあ何だろうね。」
目黒は笑った。
「……。」
分からない。
やっぱり。
この人が。
分からない。
それなのに。
不思議だった。
怖くはなかった。
むしろ。
目黒が家にいる日は。
少し嬉しくなっている自分がいる。
「……変な人。」
「今日も言われた。」
「だって本当に変。」
「いいじゃん。」
目黒は笑う。
「あべちゃんがここにいてくれれば。」
その言葉の意味を。
阿部はまだ知らなかった。
ただ。
目黒に拾われてから。
眠る時に怯えることがなくなった。
食事を毎日食べられるようになった。
そして。
玄関の音がすると。
自然に。
「おかえり」と言えるようになった。
それだけで今は。
十分なのかもしれないと。
阿部は思い始めていた。
Bad End→4から
Happy End→7から
コメント
4件

BADがあるの それなんか怖い😱可哀想なやつだよね😢💦 早くハッピーエンド見たいよ。
辛い結末はちょっと想像したくない、幸せな結末を欲しているのです😢 現実社会でハッピーな話が少ないから妄想の世界では嬉しい、幸せ、楽しいって時間が多くあって欲しい
分岐あるんですね! 楽しみです😍
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#⛄️
kaede🍁
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