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ここは老舗高級ホテル『鳳凰ホテル』のラウンジ。
市内から少し離れた場所にありながら、国内外の著名人や政財界の人間も利用する格式あるホテルだ。
重厚な石造りの外観に、磨き上げられた大きなガラス窓。
エントランスを入れば、吹き抜けのロビーには季節の花が飾られ、スタッフが一人ひとりに丁寧に頭を下げている。
私と李人にとっては、そんな格式とは少し違う意味でお気に入りの場所だった。
最上階近くにあるこのラウンジは、大きな窓から富士山を眺めることができる。
天気のいい日に、雄大な山を眺めながら季節のスイーツを食べる。
それが、私たち姉弟のご褒美の贅沢だった。
今日も窓際の席からは、青空を背景にした富士山が綺麗に見えている。
(この景色を楽しむはずだったのに)
私が連れてきた朝倉くんを見た瞬間、李人は目を見開いた。
「姉さんに恋人がいるとは知らなかったよ」
「ち、違うの。恋人というか……」
どう説明すればいいのかわからず、言葉に詰まる。
すると朝倉くんが、私の言葉を待つことなく一歩前へ出た。
「瞳子さんの婚約者の朝倉祐二と申します。同じ一菱証券の者です」
にこやかに名乗ると、丁寧に頭を下げる。
「李人くんとは、これから末永いお付き合いになりますから。どうぞよろしくお願いしますね」
「えー、結婚の約束もしているの!」
李人の顔がぱっと明るくなる。
「こんなかっこいい人が僕の義兄なんて嬉しいです!」
「ちょっと、朝倉くん……」
私が抗議するより先に、朝倉くんがテーブル越しに手を差し出した。
「仲良くしてください」
「はい!」
李人は迷うことなく、その手を握り返した。
二人とも嬉しそうに笑っている。
(この二人、親和性がものすごく高い……)
初対面なのに、なぜこんなに意気投合しているのだろう。
「朝倉くん、弟に結婚の話をするのは少し早いわ」
私はやんわりと彼を牽制する。
「留学前にしっかり伝えなければなりません。これから一緒に住むんですし」
「え?」
夏目莉央
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131
くま🐻☁️
12
私は思わず聞き返した。
朝倉くんはいたって真面目な顔をしている。
どうやら、私がまだ整理できていない結婚や同居の話を、彼の中ではすでに決定事項として進めているらしい。
「でも今日はスイーツを食べに来ただけなのよ。ね、李人?」
朝倉くんの暴走を止めるため、私は弟に助け船を求めた。
「ガレットデロワだよ。フランスの縁起のいいお菓子だから、ちょうどいいね!」
「李人くんを仲人にして、ここで婚約を結びましょう」
「どんな理論なのよっ」
「鳳凰ホテルの高級ラウンジなら、婚約の場として十分ふさわしいです」
「いやいや、そういう問題じゃないでしょう!」
私が止めようとするのに、なぜか李人まで乗ってくる。
「ここは富士山も見えて縁起がいいし、僕が仲立ちするよ。二人は今日から婚約者だ」
「李人まで……」
二人の強引な展開に、私は呆れるしかなかった。
私一人では、この二人には勝てない気がする。
「李人くんを好きになりました。留学の件、僕もバックアップしますね」
「姉さん、朝倉さんに相談してくれたの?」
「流れでね……」
昨晩、バーで過ごした耽美な時間が脳裏をよぎる。
頬が熱くなり、私は慌てて視線を逸らした。
「これ見て!」
そんな私には気づかず、李人が一枚のチラシをテーブルの上に広げた。
「昨日、マンションのポストに留学案内のチラシが入っていたんだ。好条件だから、ここに申し込もうと思うんだ」
チラシには、外国人と肩を組み、笑顔で写る青年たちの写真が掲載されている。
『夢を追う青年の情熱にエンドラインはない』
そんな熱いキャッチコピーまで躍っていた。
「これは……」
朝倉くんが、チラシを覗き込む。
「僕も利用した留学支援団体ですよ!」
「えー、朝倉さんも留学していたんですか?」
李人が目を丸くする。
私はその瞬間、あることが頭に浮かんだ。
「ちょっと待ってっ」
チラシを手に取り、主催者の名前を確認する。
『一般財団法人 青年メイクドリーム財団』
その名前には見覚えがあった。
朝倉くんのフェイスブックに載っていた財団名と同じだ。
朝倉くんが本当に、この団体を利用していたことがわかった。
(……偶然?)
胸の奥に小さな違和感が生まれる。
それにしても、タイミングが良すぎないだろうか。
昨日のアトリエの契約もそうだ。
私たちが必要としていた場所に、朝倉くんと縁のあるミッシェルユーが関係していた。
そして今度は、李人の留学先まで。
「私もアジアからヨーロッパまで、世界の文化を見て回りました。この団体なら知り合いがたくさんいますから、僕が推薦状を書けば確実に通ります」
朝倉くんは自信たっぷりに言った。
「李人くんの力になれます」
「本当ですか!」
李人の顔が、またぱっと輝く。
私はそんな二人を交互に見つめた。
嬉しそうな李人。
その弟を優しく見つめる朝倉くん。
どちらも悪意があるようには見えない。
だからこそ、私は余計に落ち着かなかった。
すべては偶然が重なっただけ。
そう考えればいいはずなのに。
まるで朝倉くんの手のひらの上で、私と李人の人生が少しずつ動かされているような気がしてならなかった。