「杏凛、俺と契約結婚をしなさい。そうすれば君を助けてやる事も出来る」
久しぶりに会った彼は、私への挨拶も無しに開口一番そう言った。
幼い頃から愛想の良い人ではないことくらい知っている、高すぎる身長とその強面な顔の所為で余計にそう見えるのだけど。それでもこの人が見た目ほど怖い人ではないのはずっと前から分かってる。
……だからと言って、この人の事が苦手な事には変わりなかったのだけれど。
私が現在とても困っているのは間違いないことで、それをお互いの家同士で長い付き合いのある彼が知っていても何もおかしい事ではなかった。
今一番おかしいのは目の前にいるこの男性、鏡谷 匡介の発言なのだけど。
「貴方、今なんて言ったの……?」
匡介さんの言葉が全く理解出来ない。私が匡介さんと結婚、いったい何のために?私の頭の中は疑問だらけだというのに、目の前の彼は顔色一つ変えることは無い。
いいえ、それどころか眉一つ動いていないのではないかしら?
「三年間だけでいい、その間に君の祖父の会社を立て直してみせるから」
そうね、匡介さんの素晴らしい仕事ぶりは私の耳にも届いているわ。きっと貴方なら私の祖父の会社だって立て直す事も出来るでしょう。
でもね……
「どうして? そんな言葉で私がすんなり貴方に嫁ぐとでも思っているの?」
私が貴方と結婚する理由は何なの? 契約だなんて、私の心なんてまるで無視したような彼の提案に素直に答える事など出来るわけがない。
……だってこの人は、私にずっと冷たく接してきた鏡谷 匡介。
「杏凛、君は祖父の会社を潰したくないのだろう?」
さも当然のように言う言葉に間違いはない。つい最近、杏凛たちの両親は祖父から会社の経営難を相談されたばかりだった。
大好きな祖父の会社を潰したい孫がいるだろうか? そんな事をわざわざ聞いて来るこの男は、相変わらず無神経だと思う。昔から本当に変わらないわね、と。
「そうね、だからと言って私と貴方が契約結婚なんて馬鹿げてる。他にも方法はあるんじゃないかしら?」
「ただの幼馴染の身内に出来る事と、妻の身内に出来る事では大きな違いがある。会社の連中を納得させるためにも必要な結婚だと思わないか?」
そう言われても、働くことの出来ない私には分からないことが多くて。匡介さんの言われるままに納得するしかなかった。
「でも……」
「君の嫌がる事は何一つしないと約束する。約束の期間、君はただ俺の隣に居てくれればいい」
真っ直ぐに私を見つめる匡介さんの瞳、少なくとも彼は今まで私に嘘をついたことは無かった。それならば……
「本当に、隣に居るだけでいいのならば……」
そうすれば大好きな祖父の会社を立て直すことが出来る。私は彼からの提案にゆっくりと頷いて、差し出された手を取ったのだった――――
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