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第十八話「どこ行くの…」
日曜日、朝。
「今日どうする?」
小太郎がコーヒーを飲みながら聞く。
「んー……適当に歩く?」
山本美憂は、少しだけ考えてからそう答えた。
最近は、こういう時間が増えた。
隣にいて、話して、笑って。
それが当たり前みたいになってきている。
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二人で並んで歩く。
何気ない会話。
穏やかな空気。
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その時。
「……あれ」
美憂の足が、止まった。
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「どうした?」
小太郎も立ち止まる。
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視線の先。
少し離れた場所。
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「……佳」
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そこにいたのは——
高橋佳。
一人で、歩いている。
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「え……」
小太郎も驚く。
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「なんで……」
こんなところに。
一人で。
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佳は気づいていない。
ただ、ゆっくりと歩いている。
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(……どこ行くの)
胸がざわつく。
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「……つける?」
小太郎が小さく聞く。
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一瞬、迷う。
でも——
「……うん」
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二人は、距離を保ちながら後を追った。
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最初に向かった場所。
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——遊園地。
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(……ここ)
三ヶ月前。
佳と来た場所。
笑って、はしゃいで。
あの日は、すごく楽しくて。
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佳は、入口の前で立ち止まる。
中には入らない。
ただ——
じっと見ている。
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何も言わずに。
ただ、静かに。
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(……なんで)
その姿に、胸が締め付けられる。
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少しして、また歩き出す。
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次に向かったのは——
ゲームセンター。
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ガラス越しに中を見る。
クレーンゲーム。
ぬいぐるみ。
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(……あの時)
一緒に取ったやつ。
笑いながら、ふざけながら。
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佳は、少しだけ口元を緩めて——
でもすぐに、その表情は消えた。
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何もせず、また歩き出す。
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次は——
喫茶店。
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(……ここも)
あの日。
クレープ食べて。
どうでもいいことで笑って。
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佳は、外から店内を見つめる。
少しだけ、目を細める。
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懐かしむみたいに。
でも——
どこか、遠くを見るみたいに。
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「……なに、あれ」
美憂の声が、震える。
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「全部……」
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全部、知ってる場所。
全部、自分と一緒に行った場所。
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「……なんで一人で」
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言葉にならない。
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「……美憂」
小太郎が、静かに呼ぶ。
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「佳、さ」
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美憂は、目を離せないまま言う。
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「思い出、なぞってる」
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その一言で。
全部が、繋がる。
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「……っ」
涙が、溢れる。
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「……なんで」
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声が震える。
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「なんで一人でそんなことしてんの」
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止まらない。
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「……っ、なんで」
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肩が震える。
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小太郎は、何も言わずに隣にいる。
ただ、そっと支えるように。
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でも。
その目には、うっすら涙が浮かんでいた。
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「……きついな、これ」
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小さく、呟く。
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佳は、また歩き出す。
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そして——
最後に向かった場所。
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家の近く。
少しだけ高い場所。
夜景が見える、小さなスポット。
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(……ここ)
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何度も来た場所。
くだらない話をして。
ただ隣に座って。
それだけで良かった場所。
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佳は、そこに一人で立つ。
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空を見上げる。
街の光を見下ろす。
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そして——
何かを呟く。
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でも、聞こえない。
距離がある。
風もある。
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ただ。
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肩が、震えていた。
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(……泣いてる)
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分かる。
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声は出ていない。
でも——
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確実に、泣いている。
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「……っ」
美憂の喉から、声が漏れそうになる。
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でも。
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(ダメ)
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口を押さえる。
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今、声をかけたら。
全部、壊れる。
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佳が隠してきたもの。
守ろうとしてるもの。
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それを——
踏み壊してしまう。
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「……行かないの?」
小太郎が、小さく聞く。
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首を振る。
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「……行けない」
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涙が止まらない。
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「……あの人」
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震える声で言う。
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「最後まで、一人でやろうとしてる」
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それが分かるから。
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「……邪魔、できない」
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それが、どれだけ苦しいことでも。
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二人は、ただ見ていた。
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一人で泣く佳を。
一人で思い出を辿る佳を。
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何もできずに。
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ただ——
見守ることしかできなかった。
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