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そんな千鶴の言葉に蒼央は微かに動揺を見せるも、
「何を言っているんだ? 代わりなんて、そんなことある訳ないだろう? お前とアイツは似てないさ」
直ぐ様否定するけれど、千鶴は先程の彼の動揺を見逃さなかった。
胸の痛みは我慢出来ない程の痛みへ変わっていき、苦痛で顔が歪む。
「……千鶴?」
急に黙り込んだ千鶴を心配し声を掛ける蒼央は、彼女が胸を痛めていることに気付いてはいない。
それが分かっているから千鶴は、
「……すみません、わざわざお時間を頂いて変なことを言ってしまって。お二人の関係は分かりました。そうですよね、私と羽音さんは似てなどいません。すみませんでした、本当に。あの、やっぱり体調が優れないので、今日はもう、帰りたいです……」
これ以上この話を続けることは自分にとって辛くなるだけだと無理矢理話を終わらせると、自分から話をしたいと言っておいて申し訳ないが体調が悪いからもう帰りたいということを蒼央に告げた。
「そうか、それじゃあアパートまで送る」
千鶴の変化に気付いてはいるもののそれが何なのか分からない蒼央はそれ以上追求することはせず、千鶴をアパートまで送り届ける為に車を走らせていった。
そして、
「今日はとにかく早く休め。いいな?」
「はい。あの、ありがとうございました」
「ああ。それじゃあな」
アパートへ千鶴を送り届けた蒼央はいつも通り帰って行き、それを見届けた千鶴は部屋へと入っていく。
鍵を閉めて、靴を脱ぎ、廊下を歩いてリビングへ。
荷物を置いて正面からソファーへ身を投げるように身体を沈めた千鶴はクッションへ顔を埋めて目を閉じると、先程の蒼央の動揺した顔を思い返した。
(蒼央さん、明らかに動揺してた……)
羽音の存在を知ってから、ずっと気になっていた。
二人はどんな関係なのかと。
蒼央は同時期に活動を始めた戦友で、夢について語り合う仲だったと言っていたけれど、二人がそれ以上に親密だったのは駐車場での出来事で分かっている。
恐らく二人の間には、友情だけでは無く、愛情もあったのだと。
ハッキリと言われた訳でも無いけれど、二人は恋人同士だったのだろうと。
ただ、色々と事情があって別れてしまい、羽音は別の人と結ばれてしまった。
そして蒼央は未だに羽音に未練があって、それを消す為なのか、それとも喪失感を埋める為なのかは分からないけれど、羽音の代わりになるモデルを探していて、たまたま出逢ったのが自分だったのでは無いかと、千鶴は考えていた。
(……私はきっと、羽音さんの代わり……。違うって否定してたけど、あれは嘘……。私に才能があるのは本当なのかもしれないけど……それでもきっと、羽音さんには敵わないのかもしれない……万が一にも羽音さんがモデルを再開したら、蒼央さんは、きっと……彼女を選ぶに決まってる)
蒼央に認められ、自分は特別なんだと自惚れていた千鶴。
勿論、自分なりに努力もしてきたし、モデルという職業が一番合っているのかもしれないという思いもあった。
これからも、蒼央が居てくれるなら頑張れる、もっともっと彼に写真を撮ってもらいたい、そう思っていた。
だけど、自分に向けられていたあの瞳の奥に別の女性が映っているのかもしれないと知ってしまった今、カメラを向けられて笑顔を作れるか分からなくなってしまった千鶴。
「……写真、撮られたく、ないな……」
本音がポロリと口から漏れ、瞳からポタリと涙が溢れ落ちていく。
そんな時、スマホに一通のメッセージが届く。
それは蒼央からで、【体調は大丈夫か? ゆっくり休めよ】という気遣いの言葉が綴られていた。
いつもなら蒼央からのメッセージは嬉しいものなのに、この日はそれすら素直に嬉しいと思えず、既読の表示を付けたにも関わらず返信する事も無くスマホの画面をそっと消した。