テラーノベル
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朝起きて、リビングに向かう。
大体涼ちゃんが一番乗りで、ソファーに座ってスマホを弄っている。
だから、まず涼ちゃんに挨拶して、それからキッチンを抜けて脱衣所に行き顔を洗う。
その後、 キッチンに行き、麦茶をコップに注いでリビングのソファーに腰を下ろす。
それがおれの朝のルーティンになっている。
今日は、キッチンに向かう時、涼ちゃんの方をちらっと見ると、リビングのテーブルに飲み物が置かれてなかったので…
「涼ちゃんも麦茶いるー?」
と声を掛けたら、少しだけ顔を上げた涼ちゃんから『いる〜! 』と返事が返ってきたので、麦茶の入ったコップを両手に持ってリビングに戻ると、ちょうどその時、眠たそうに目をこすりながら元貴が入ってきた。
「おはよう…。」
かすれた声で挨拶する元貴の目の下には、薄くクマができていた。
「おはよ。土曜日なんだから、まだ寝てればいいのに。」
元貴の頭をポンポンと撫でながらそう言うと、元貴は首を横に振った。
「だって、今日、若井の試合観に行かなきゃだからあ。」
そう、今日は土曜日で大学は休みだけど、フットサルサークルに入って初めての試合がある。
それを先日話したら、元貴は直ぐに『応援に行く!』と言ってくれた。
でも、やはり眠たいのか、元貴はそう言うと、ふにゃっと笑った。
いつもより幼く見えるその笑顔が可愛くて、思わず頬が緩む。
「ん?若井なんで笑ってんのー?」
不思議そうに見てくる元貴に、おれは『うるさい』とだけ返して、誤魔化すようにその頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「えぇ、やっ、ちょっとお!」
小さく文句を言いながら口を尖らせる元貴に、また頬が緩みそうになったので、おれは慌てて元貴に背を向けた。
でも、向けた先には涼ちゃんがいて、目が合ってしまう。
そして、涼ちゃんは、そんなおれの様子を、全部お見通しだと言わんばかりの笑顔で見つめていた。
・・・
「今日は試合だからパワー付けなきゃねぇ!」
そう言いながら持ってきてくれた、今日の朝食には、いつものスクランブルエッグに加えウインナーが二本、どんっとお皿に乗っかっていた。
「「「いただきまーすっ。」」」
「今日、涼ちゃんも来てくれるんでしょ?」
早速ウインナーにかじりつきながら、涼ちゃんにそう尋ねると…
「うん!だから僕もいっぱい応援出来るようにパワーつけないとっ。」
そう言って、涼ちゃんも嬉しそうにウインナーをひとくちかじった。
「ぼくも!気合い入れなきゃっ。」
二人とも、どこか楽しそうで、見ているだけで自然と気合いが入ってくる。
お腹いっぱいになり、準備を済ませたおれは玄関へと向かう。
試合は午後からだけど、ウォーミングアップの為、集合時間はそれよりも早い為だ。
「いってらっしゃーい!また後でねえ。 」
「いってらっしゃ〜い。」
二人に玄関で見送られながら、少し照れくさく手を振って、おれは一足先に試合会場に向かっていった。
・・・
「若井ー!」
ウォーミングアップを終えて、ユニフォームに着替え、準備万端になった頃。
観客席の方から元貴の声が聞こえ、振り返ると、涼ちゃんと一緒に手を振ってくれていた。
まだ試合開始まで少し時間がある。
おれは思わず、二人のいる場所まで駆け寄っていった。
「ユニフォーム姿の若井、久しぶりに見たっ。」
「似合うでしょ?」
ちょっと得意げに返すと、元貴がニコニコしながら頷いてくれる。
「うん!かっこいい!」
シンプルなその一言に、思わず笑みがこぼれる。
「次が若井達の試合だよねぇ?」
「そう!絶対シュート決めるから見てて!」
「うん、楽しみにしてるね!」
「いっぱい応援するねぇ。」
「ありがと!じゃ、いってくる!」
そう言って軽く手を振り、名残惜しさを感じつつも、おれは再びチームの待機場所へと戻っていった。
ホイッスルが鳴って、試合が始まった。
緊張よりも、今は体が軽い。
さっき見た、元貴と涼ちゃんの笑顔が、頭の中にまだ残っている。
『かっこいい!』って、まっすぐに言ってくれたその言葉が、今のおれの背中を押してくれている気がした。
相手のボールを一度カットすると、すかさず味方が走り出したおれにボールを送ってくる。
それを足元でトラップして、ひと呼吸…
間を見てから、右にボールをずらす。
(いける…!)
シュートモーションに入る瞬間、世界が少しだけスローになった気がした。
キーパーの動き、ゴールの位置、ボールの回転、全部見えてる。
振り抜いた右足の先から、手応えが伝わってくる。
次の瞬間、ボールはネットを揺らしていた。
「っしゃあっ!」
思わず叫んで、拳を強く握った。
ベンチや観客席から歓声が聞こえる。
でも、その中でもひときわ大きく、耳に飛び込んできたのは…
「若井ーっ!ナイスー!!」
元貴の声だった。
そっちの方に顔を向けると、立ち上がって両手を振っている元貴と、その隣で笑顔で拍手してる涼ちゃんが見えた。
なんかもう、試合中だってことも忘れそうになる。
嬉しそうに笑う元貴を見て、胸の奥が、ふわっとあったかくなる。
そのままじゃ顔がゆるみそうで、俺は慌てて視線を前に戻した。
まだ試合は終わってない。
切り替えなきゃって思うのに、鼓動が速くて、落ち着かない。
(やば…たぶん今、めちゃくちゃニヤけてる)
ボールを追いながら、自然と笑いがこぼれていた。
一回戦、二回戦と、おれ達のチームは順調に勝ち進み、ついに決勝戦まで漕ぎ着けた。
先輩から聞いた話だと、相手は優勝常連の強豪チームらしい。
でも、二人の応援のおかげからか、全く負ける気がしない。
決勝戦も、気合い十分におれはコートに足を踏み入れた。
接戦だったけど、前半戦はリードを守ったまま終了。
息を整える暇もなく、後半戦のホイッスルが鳴る。
おれはボールを追いかけながら、コートを駆ける。
汗が目に滲んでも気にならない。
勝つことしか頭になかった。
…その瞬間までは。
ふと、視線の先。
観客席の一角で揺れる、二人の姿。
…涼ちゃんが、元貴に顔を寄せたのが見えた。
(え…?)
ほんの一瞬。
だけど、強烈に脳裏に焼きついた。
…まさか。
いや、見間違いだ。
こんな距離で、こんな状況で、そんなこと…。
でも、涼ちゃんの顔は、確かに元貴の顔のすぐ近くにあって。
元貴は、それを拒むような素振りなんてしてなかった。
むしろ、それを積極的に受け入れているようにさえ見えた。
「おいっ、若井!!!」
「…え?…あっ。」
名前を呼ばれてハッとする。
味方からのパスに、タイミングが合わない。
ボールが足元から逸れて、相手チームに奪われた。
「ごめん…!」
焦って走り出す。
だけど、頭の中がざわついていて、足が重い。
心が、試合に集中できなくなっていた。
(なんだよ、今の……)
きっと、ただの見間違いだ。
そう思いたいのに、胸の奥がずっときゅうっと痛くて…
ボールを蹴るたび、心の中で何かが少しずつ軋んでいるのを、確かに感じていた。
・・・
「若井ー!おめでとー!」
「優勝すごいねぇ!」
試合が終わると、元貴と涼ちゃんが笑顔で駆け寄ってきた。
二人の声は嬉しそうで、まっすぐおれに向けられていたけど、おれは、その笑顔をまともに見る事が出来なかった。
後半戦、正直、おれはまるで使い物にならなかった。
動揺のせいで、何本もチャンスを潰した。
それでもチームのみんなが踏ん張ってくれて、前半のリードを守りきり、優勝という結果を手にする事が出来た。
でも…
胸の奥には、ずっと黒いもやが渦を巻いたまま消えていない。
おれにとってこの勝利は、少しも晴れやかなものじゃなかった。
「……ありがとう。」
どうにか絞り出した声は、妙にかすれていた。
そんな時、ふいに元貴が顔をしかめて『痛っ』と声を上げた。
右目を指で押さえて、軽くしかめ面をしている。
「また?ん〜、さっきのが取れてなかったのかなぁ?」
涼ちゃんがそんなふうに言って、元貴の顔を覗き込む。
おれはその一言。
『また?』という言葉に、ピクリと反応した。
(また?)
あのとき、試合中に見えた光景が、頭の中にフラッシュバックする。
涼ちゃんが、元貴の顔を覗き込んでいた…
それはやっぱりキスなんかじゃなくて、目にゴミが入った元貴を心配して、近づいていただけだったのか。
「また…って?」
自分でも、声が硬いのが分かった。
正直、目の前の光景を見れば、聞くまでもない。
でも、確かめずにはいられなかった。
「さっき試合観てる時も、元貴の目にゴミが入っちゃったみたいでさぁ。」
涼ちゃんがそう言って笑った。
元貴も、『うぅ〜、目がゴロゴロするう』なんて言いながら、まぶたをパチパチさせている。
……なんだ。
そういうことだったんだ。
おれはようやく、深く息を吐いた。
自分の中で張りつめていた何かが、ほんの少しだけ緩んでいくのを感じた。
でも、完全に晴れたわけじゃなかった。
安堵と同時に、さっきまで自分が勝手に抱いていた不安と疑いが、恥ずかしさとなって胸の奥に残っていた。
(なにやってんだ、おれ……)
それでも…
今、こうして笑ってくれてる二人の顔を、少しだけ素直に見る事が出来る気がした。
「ひろぱー!行くよー!」
少し離れた所から、先輩がおれを呼ぶ声が響いた。
おれはハッとして振り返る。
この後、サークルの打ち上げがあるのをすっかり忘れていた。
おれは慌てて振り返り『今、行きますー!』と返事をした。
「ごめん!この後打ち上げあるの忘れてた!」
おれは元貴と涼ちゃんにそう言って、目の前で手を合わせる。
「全然大丈夫だよ。優勝したんだし、打ち上げ楽しんできて!」
「あんまり遅くなっちゃダメだよ〜。」
二人とも笑ってくれている。
それだけなのに、なぜか少し胸の奥がチクっとした。
・・・
打ち上げからの帰り道。
楽しくて、にぎやかで、笑い声が絶えなかったはずの数時間が、今では嘘みたいに…
一人で歩く帰り道は、驚くほど静かだった。
皆、優勝の高揚感もあって、打ち上げはいつもより騒がしかった。
おれもその輪の中で、気づけば自然と笑っていたし、何かを考える暇もなかった。
でも…今、こうして一人になると、色々と考えてしまう。
元貴への自分の想いは、もう自覚している。
でも、三人での生活が何より楽しくて、居心地が良くて、大切で。
だからこの気持ちは、今はまだ…胸の奥にしまっておくと決めていた。
涼ちゃんに嫉妬することがなかったわけじゃないけど、そこまで気にするほどでもなかった。
これまでは。
だけど……今日のは違った。
胸の奥を握られるような、刺すような痛みだった。
今までとは明らかに違っていた。
どうして今まで、この考えに至らなかったのか。
それが不思議なくらいに。
今日のことは、ただの“勘違い”だった。
でも、もしそれが勘違いじゃなかったら?
それが“現実”になる日が来たら?
涼ちゃんが元貴を…
元貴が涼ちゃんを…
好きになる未来が、ないとは言い切れない。
…ずっとどこかで、元貴はおれのものだと思ってたのかもしれない。
他の誰かに奪われるなんて、考えたこともなかった。
でも、それはただのおれの驕りだったんだ。
今日、それを思い知らされた。
元貴を、手離したくない。
だけど…
もしも、涼ちゃんが本当に元貴のことを好きだったら。
おれはどうするんだろう。
涼ちゃんのことも、大切だ。
元貴と同じくらい。
愛情か友情か、その違いだけで。
どちらも手放したくないと思ってしまう自分がいる。
まだ、涼ちゃんがそうだと決まったわけじゃないのに。
考えたって仕方ないのに。
それでもおれは、電灯に照らされた薄暗い帰り道で、そんなことばかり考えていた。
答えの出ない問いを、足元に落ちる自分の影に問いかけながら…
・・・
家に帰ると、中の明かりは全て消えていて、二人とも既に寝ているのが外から見て分かった。
おれは、そっと鍵を開けて、出来るだけ音を立てないように寝る準備を済ましていく。
昼間の試合での汗をシャワーで流したものの、ドライヤーを使うのははばかれて、髪の毛は濡れたまま自室に戻った。
バスタオルで拭きはするけど、中々乾く訳もなく、試合での疲れも手伝い、おれは髪の毛を乾かすのは諦めてベッドに横になった。
自然と瞼が重たくなり、意識がゆっくり遠のいていくその寸前…
“コンコン”と控えめなノックの音が聞こえた。
こんな時間にこの部屋に尋ねてくるのは一人しか居ない。
おれはその人を招き入れる為に、重たい身体を起こし、ドアを開けた。
「ごめん。起こした?」
ドアを開けると思った通り、そこには元貴が枕を持って立っていた。
もしかして、ようやく寝つけたところを起こしてしまったのかと心配して聞いてみたけど、元貴は小さく首を横に振った。
「…一緒に寝ていい?」
「いいよ。」
先日、元貴が酷い隈を作っていた日、見兼ねたおれが前にそうしていたように、強制的に一緒に寝た日があった。
それから度々、元貴は眠れなくなると、夜中にまた、おれの部屋に来るようになった。
おれは小さく笑って元貴を部屋に招き入れ、ベッドの中でスペースを空ける。
元貴は、とことこと慣れた足取りで部屋に入ってくると、おれの隣に枕を置いて、そっと横になった。
「わ、冷たっ。」
前は、ただ一緒に寝るだけだったのに、あの日、おれが逃がさないようにと腕の中に閉じ込めたのが気に入ったらしく…
それ以来、元貴はおれにくっついて寝るのが“当たり前”になった。
今日も変わらず、おれの首元に顔をうずめてくっついてきたけど、乾かしきれていない髪の毛が顔に触れたらしく、驚いた声を上げていた。
自分でおれの部屋に来て、勝手にくっついてきて、冷たいと文句を言う元貴。
どう考えても我儘だと思うのだけど…
その不満そうな声も顔も、可愛いと思えてしまうのだから、おれはもう、相当…なんだと思う。
「ごめん、ドライヤー使ったらうるさいかと思って。」
おれが、そう言って謝ると、元貴は…
「風邪引いちゃうじゃん。」
と、心配する素振りを見せるけど、その不満そうな顔を見ると、やっぱり濡れた髪が当たるのが嫌なだけじゃないかと思えてくる。
「じゃあ、こうしたらいいじゃん。」
なので、そう言っておれは、元貴の身体をぐいっと引き寄せた。
「ほら。これなら、元貴も冷たくないし、おれも暖かいから風邪ひかないでしょ?」
あの日の同じように、元貴を腕の中に閉じ込める。
元貴は少しだけもぞもぞと身体を動かした後、小さい声で『そうだね。』と呟いた。
おれはくすっと笑って、抱きしめる腕にぎゅっと力を込めた。
さっきよりも少しだけ上がった元貴の体温を感じながら、おれは目を閉じる。
(…やっぱり、手離したくないな。)
その想いをもう一度、胸の奥で確かめながら、おれは静かに眠りについた。
コメント
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一人一人をみんな大切にしてるの好きすぎる🥹🎶早く付き合ってくれ…(願望)投稿頻度高くて尊敬です💭いつも楽しく拝見させて頂いてます💝これからも頑張ってください🕊️☝🏻
もう、アナタ達付き合っちゃいなさいよ…テレッ 尊い…🥺 でも、ちゃんと涼ちゃんのことも大切に考えてるとこが大好きです💓