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「おはようぅぅ、寒っ。」
「おはよ。」
「おはよ〜。ほんと、最近寒くなってきたよねぇ。」
ついこの前まで『ちょっと涼しくなったな』なんて言っていたのに、気づけばもう11月も終わり、 あと数日で12月に入ろうかという今朝は、空気がぐっと冷え込んで、そろそろ暖房をつけたくなるような気温になっていた。
そこで、涼ちゃんが夏の経験を活かし、ある提案をしてきた。
「もう、暖房付けてもいい寒さになってきたし、電気代節約の為に、またリビングで一緒に寝るのはどうでしょうかぁ!」
その提案に、ぼくは思わず目を瞬かせた。
確かに、このまま冷え込んでいけば風邪を引くのも時間の問題だし、三人で一緒に寝れば暖房も必要最小限ですむ。
それに、夏と同じように、寝不足が解消されるかもしれない。
でも、それと同時に…
(じゃあ、そうなると若井と一緒に寝る事もなくなるんだ…)と、一瞬、そんなことが頭をよぎってしまった。
あれは、ただ寝付けなかったから。
頼ったのは、たまたま若井が傍にいてくれたから。
……そう、自分に言い聞かせてはいるけれど、 最近、何度もそうやって若井の温もりを求めてしまっていた自分がいて。
涼ちゃんの提案を聞いて、ふいに感じたこの胸のもやもや。
それが“寂しさ”なのか、“後ろめたさ”なのか、自分でもよくわからない。
でも、少なくともこのままじゃ、良くないような気がした。
だから、ぼくは明るい声で言った。
「そうしよ!電気代怖いし! 」
でも、理由はあくまでも電気代という事にして。
少ししてから、若井も『確かに、電気代は節約したいよね。』と頷いてくれた。
こうして、今日の夜からまた、三人でリビングに寝る事が決定した。
・・・
「「「いただきまーす!」」」
今日の朝は珍しく炊きたてほかほかのご飯だった。
理由は単純、パンを買い忘れてたから。
なので、今日はいつもの涼ちゃんのスクランブルエッグはお休みで、三人で卵かけご飯とお味噌汁を食べて大学へ向かった。
講義はいつも通り進んでいき、居眠りしそうになってるところを若井につつかれて…
昼食後は、さらに眠くなって、さらに若井につつかれて…
なんとか本日全ての講義を終えたぼくは、大きな欠伸をひとつしながら一人で図書室に向かっていた。
なぜかと言うと、提出期限が月末までのレポートを仕上げる為で、同じくレポートの期限が迫っている涼ちゃんと図書室に行く約束をしていたから。
ちなみに、今日は若井はサークルに顔を出すと言って、講義室を出たところで別れた。
何度も通っているせいか、図書室の静けさにもすっかり慣れてきた。
サッとカウンターで受付をすませると、真っ直ぐグループ席の方に進んでいく。
到着しても、あの目立つ青髪は目に入らず、どうやら珍しくぼくの方が早く着いたようだった。
ぼくは、涼ちゃんの分の席も確保しつつ、一足先にPCを開いてレポートを進める事にした。
数分後、少し早歩きの涼ちゃんが『遅れてごめん〜』と言いながら、こちらにやってきた。
「全然大丈夫!涼ちゃんの席取っといたよ。」
「ありがと〜。」
涼ちゃんは笑顔でそう言うと、ぼくの横に腰を下ろし、早速レポート作成の準備を始めた。
たまに涼ちゃんにアドバイスを貰いながら順調に進めていき、気が付いたら始めてから二時間が経とうしていた。
カタカタとキーボードを叩く音と、ページをめくる小さな音だけが響いている。
「んーっ。」
ぼくが大きく伸びをすると、隣の涼ちゃんがくすっと笑った。
「元貴、すごい集中してたね。結構進んだ?」
「うん。あと少し手直ししたら終わるかなって感じ。涼ちゃんはー?」
「僕も、そんな感じかなぁ。」
涼ちゃんの、こののんびりした雰囲気がぼくは大好きだ。
若井と二人で居る時とはまた違う、安らぐ感じが心地よい。
そののんびりとした声と、ふんわりした笑顔に、ぼくの肩の力もすっと抜けていく気がした。
「じゃあ、今日はもう帰ろっかぁ。」
「うんっ。お腹も空いたし!」
図書室が閉まるにはまだ少し時間があったけど、ぼく達は今日の所は切り上げ、 静かな図書室を出て、正面玄関へと歩き出した。
・・・
「うー、寒っ。」
外に出ると、空はすっかり暗くなっていて、昼間よりもぐっと気温が下がっていた。
たまに吹きつける風が冷たくて、ぼくは思わず肩をすくめた。
「はい。これ使って。」
そんなぼくの様子を見て、涼ちゃんがリュックの中からマフラーを取り出し、そっと差し出してくれた。
「え、いいの?」
「うんっ。帰りは寒くなるかなって思って持ってきたんだけど、僕は大丈夫だから元貴使って。」
「ほんとに?」
「うんっ。ほら貸して。」
柔らかい声とともに、ぼくに渡したマフラーをまた手に取り、手際よくぼくの首にくるりと巻いてくれた。
「あったかいでしょ?」
目の前でそう言って、ふわりと笑う涼ちゃん。
マフラーからは、涼ちゃんがいつもつけてる、あのやさしい香りがかすかに漂ってくる。
それだけで、胸の奥がぎゅっと締めつけられるように高鳴った。
まるで…涼ちゃんに、そっと抱きしめられているみたいで。
その気配のあたたかさが嬉しくて、けれど、なんだかくすぐったくて、 思わず緩んでしまいそうな頬を貸すようにマフラーに顔を埋めると、小さく『うん。』と呟いた。
すると、そんなぼくに、涼ちゃんは『でしょぉ?』と満足げに笑った。
その笑顔があたたかくて、心の中にじんわりと染み込んでくる。
寒さで縮こまっていたはずの体が、なんだか少しだけ、ほぐれる気がした。
二人で並んで歩く帰り道は、空気こそ冷たいけれど、不思議と寂しくなかった。
街灯の下を通るたびに、涼ちゃんの髪がふわっと光を帯びて揺れる。
「…ねえ、元貴って、レポート書くの結構早くなったよねぇ。」
ぽつりと、涼ちゃんが話しかけてきた。
「え、そうかな?」
「うん。今日も結構進んでたし。あとさ、分からないところを聞かれた時、ちゃんと考えてるな〜って思ったよ。」
「…それは、涼ちゃんが優しく教えてくれるからでしょ。」
ぼくがそう言うと、涼ちゃんはまた小さく笑って『えへへ、そう〜?』と肩をすくめた。
些細な会話。
けれど、その一つ一つが、どこか温かくて、くすぐったかった。
・・・
若井はまだ遅くなりそうだったので、ぼくと涼ちゃんは簡単に夕飯を済ませた。
食後、涼ちゃんはお風呂へ。
ぼくは暖房の効いたリビングでのんびりしていたけれど、ふいに外の空気が恋しくなって、立ち上がった。
窓を開けると、夜の冷気がすっと流れ込んでくる。
そのひんやりした感触が心地よくて、外に出てみたくなった。
誰がいつ置いたのか覚えていない、窓辺に並べられたサンダルに足を入れ、そっとベランダへ。
そのままハンモックに横になると、冷たい風が火照った体を撫でていって、思わず目を細めた。
ポケットからイヤホンを取り出して耳に差し込み、お気に入りの音楽を再生する。
ハンモックに揺られながら目を閉じると、自分の呼吸と音楽だけが静かに耳の奥で重なり合っていた。
どのくらいそうしていたんだろう。
すっかり体が冷えて、ぶるっと身震いしたその時…
肩をトン、トンと叩かれて、ぼくはゆっくりと目を開けた。
「僕もお邪魔していい?」
目の前に立っていたのは、お風呂から上がり濡れた髪を乾かしたばかりの涼ちゃんだった。
イヤホンを外すと、涼ちゃんはにこっと笑って、ぼくに向かってそう言った。
「お風呂上がったの?せっかく温まったのに湯冷めしちゃうよ?」
そう返すぼくに、涼ちゃんは得意げに『じゃーん!』と両手を広げた。
そこには、最近ソファの背に掛けていた、ふわふわのブランケットが。
「あははっ。準備万端じゃん。」
自慢気な涼ちゃんに笑いながら少しだけ体をずらしてスペースを空けると、 涼ちゃんは『お邪魔しま〜す』と言って、ぼくの隣に寝転んできた。
そして、そのまま、ふたりの体をブランケットでふわっと包む。
涼ちゃんの髪からは、シャンプーの香りがふわりと漂って、 ぼくの胸の奥で、小さな鼓動が跳ねる。
「わぁ〜、元貴冷えちゃってるじゃん。風邪引いちゃうよ。」
ブランケットの中で、ぼくの手にふいに触れた涼ちゃんが、少し驚いたように言った。
そしてそのまま、涼ちゃんはぼくの手をぎゅっと握ってくる。
「んふふ。涼ちゃんの手は温かいね。」
「お風呂でしっかり温まってきたからねぇ。」
そう言って微笑む涼ちゃんに、ぼくも笑い返す。
その笑顔だけで、手だけじゃなく、心の奥までじんわり温まっていく気がした。
こんな静かな時間が、ずっと続けばいいのに…
そう思いながら、ぼくはそっと、涼ちゃんの隣で目を閉じた。
・・・
「元貴〜、起きて?」
「んんぅ…」
「そろそろ寒くなってきたから戻ろ?」
「…うん。」
涼ちゃんの優しい声に、ぼくはゆっくりと目を開けた。
どれくらい眠っていたんだろう。夜風はさらに冷たくなっていて、鼻先がひやっとする。
目を擦ろうと手を動かすと、まだ涼ちゃんがぼくの手を握ったままだった。
その温かさが嬉しくて、ぼくはつい小さく笑ってしまう。
「ん? どうかしたぁ?」
涼ちゃんが不思議そうに首を傾げる。
「なんでもないよ。」
そう言いながら、ぼくは握った手にそっと力を込めた。
もう少しだけ、このままでいたいと思ったけど、それは口にしないまま。
「お家戻ろ。」
そう言って、ぼくたちは手を離さずに立ち上がり、ブランケットを持って、ゆっくりと室内へ戻っていった。
部屋の中は相変わらず暖かくて、窓を閉めると外の静けさが一気に遠ざかる。
さっきまで外にいた時間が、ほんの短い夢だったように感じた。
しばらくすると、『ただいまー!』と元気な声が玄関から響いてきた。
「おかえり、若井〜!」
涼ちゃんがリビングから声を返すと、ドタドタと足音が近づいてきて、若井が顔をのぞかせる。
「うわ〜、あったかい〜。外めっちゃ寒かった!」
そう言いながら上着を脱ぐ若井。
ぼくはソファに腰を下ろしたまま、その光景を見ている。
ついさっきまでとは違う、賑やかな空気が部屋に満ちていく。
だけど、それが嫌なわけじゃない。
さっきまでの静けさも、いまの騒がしさも、どっちもぼくにとっては大切で。
きっと、この空間にいる誰よりも、ぼくはここが好きだと思っている。
「今日からまた三人だね。」
ぼくがそう言って二人を見渡すと、涼ちゃんは「お布団用意しなきゃ!」と声をあげて、数ヶ月前にしまった布団を取りに軽やかに走り出した。
「やっぱ、涼ちゃんってお母さんみたいだよね。」
若井がそう言って笑うと、ぼくも思わず笑ってしまった。
言いながら、若井も涼ちゃんの後を追っていく。
ぼくも遅れてソファから立ち上がり、ふたりの背中を追いかけた。
物置部屋の扉を開けると、涼ちゃんが一生懸命、布団を抱えようとしているところだった。けれど、掛け布団と敷き布団を両方持ち上げようとしてバランスを崩し、ちょっとふらついていた。
「うわっ、危なっ……」
「ちょ、手伝うって!」
ぼくと若井が同時に声をかけて、慌てて涼ちゃんの元へ駆け寄った。
「ありがと〜。いけるかなって思ったんだけど、やっぱ重いねぇ。」
照れたように笑う涼ちゃん。
ぼくが掛け布団を、若井が敷き布団を受け取って、三人でリビングに戻っていく。
リビングの床に3つの布団を並べて広げていく作業は、夏と同じようにわいわいと賑やかだった。
「真ん中は元貴でいいよね?」
「そうだねぇ。なんかそうじゃないと、もう気持ち悪いよね。」
「分かる。」
「なにそれ。まあ、別に真ん中でもいいけど。」
「じゃあ、今回も元貴が真ん中……なっ!」
「ぶわっ!ちょ、いきなりすぎるってえ!」
「油断してんのが悪いんだよっ。…うわぁ!」
「ふふっ、油断してるのが悪いんでしょぉ?」
「やったなー!どりゃっ!」
「いたあっ!なんでまたぼくなの?!」
「ごめん、手が滑った!」
「もおー!えいっ!えいっ!」
「ちょ、まっ…連続は卑怯だって!」
笑い声が響くリビング。
突如始まった枕投げ。
懐かしいこの雰囲気に少しだけはしゃいでるぼく達が居た。
・・・
「消すよー。」
「うん。」
「は〜い。」
散々騒いだ後、寝る準備を済ませたぼく達は、若井の合図で揃って布団に潜り込んだ。
パチン、と音を立てて部屋の明かりが落ちる。
左には若井、右には涼ちゃん。
二人に挟まれて寝るこの感じが久しぶりで、少しそわそわして、それでもどこか安心するような。
暗闇の中で聞こえる、もぞもぞと寝返りを打つ音や、喉を鳴らすような咳払い。
誰かが布団を引き寄せる音、静かな寝息。
そんな音たちさえ、心をじんわりと温めていく。
そんな中、ふと思ってしまった。
若井の温もりも、
涼ちゃんの温もりも、
どちらも手離したくない、と。
ぼくって、本当に我儘だ。
でも、仕方ない。
だって……
ぼくは、二人の事が、好きなんだから。
もう、気付かないふりなんて出来ない。
それくらい…いつの間にか、ぼくの中で、二人への想いは大きくなっていた。
落ち着く心臓の鼓動と、力強く抱きしめてくれた若井の熱い手の温もり。
(若井はいつだってぼくの側に居てくれた…)
マフラーからふわりと香った、涼ちゃんの安心する匂い。
ぎゅっと握ってくれた優しい手の温もり。
(ずるいよ。涼ちゃんはいつだって優しくて…)
どちらかひとりなんて、選べるわけがないじゃん…
目を閉じても、ふたりの顔が交互に浮かんでくる。
(……おやすみ。)
胸の奥にそっと呟いて、ぼくはまぶたを閉じた。
この気持ちを、まだ言葉に出来る日は遠いけど。
このぬくもりに包まれていられる、今だけは…
ほんの少し、
夢を見てもいい気がした。
静かに夜は更けていく。
それぞれの想いを胸に……
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