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それから半月ほどで従魔たちの小屋は完成した。
「いや、わかってたけどヤバくね?」
俺の語彙力が、どこかへ飛んで行ってしまうほどの建物。
大きさはギルドと同程度、従魔たちが出入りしやすいように出入り口の扉は両開きのスイング式。二階建てで、部屋を隔てる壁は一切ない。数本の柱が立っているだけだが、その所為か内装は実際よりも広く見える。
床には飼葉が敷き詰められ、寝心地は良さそう。それに暖炉が設置されていて、防寒設備もバッチリだ。
何より炎を怖がる獣たちに配慮してか、目線より少し上までの間仕切りまで設置されていて、至れり尽くせりである。
正直、従魔たちには勿体ない。家具さえ運んでしまえば、俺が住んでもいいんじゃないかと思うレベル。
「残念ですが、ギルドでは倉庫として登録しているので、人は住めませんからね?」
それに対し、俺の心を読んだんじゃないかと思うほど的確な忠告が、隣のソフィアから飛んでくる。
「もちろん、わかってますよ」
これはギルドの所有物だ。俺のでもなく、シャーリーの物でもない。
シャーリーからの寄付金をソフィアが使った。それは合法であり、ギルドでも認められている。
ギルドは寄付を受け付けている。報告の義務はあるものの、その用途は各ギルドの支部長に一任されている。職員に臨時ボーナスを出すもよし、施設の補強や設備の補修に使うもよしだ。
それはお金でなくとも可能。食料や物品でも受け付けている。貧しい村では依頼料として作物を納める者もいるのだ。
もちろんいきなり作物で支払うと言うのはダメだが、許可が下りればそれも可能ということ。
それは換金されることなく、ギルドの運営している孤児院に送られ、子供たちのお腹を満たすことになる。
ミアも元々は孤児院からの登用だ。ギルドの運営だからこそ、その適性を買われたのだろう。
「九条殿。兄弟たちを中に入れてやってもいいか?」
「ああ。お前たちの寝床だからな。好きにしろ」
それを聞いて我先にと中へ入って行く獣たち。それはまるで開店直後のバーゲンセールの様相だ。
その後、しばらくは獣たちがそこから出て来ることはなかった。皆満足しているのだろう。
「そうだ。ソフィアさん。またしばらく村を離れますけど構いませんか?」
「ええ。大丈夫ですよ? ミアも一緒ですよね?」
「そのつもりです」
「今回はどちらへ?」
「グリムロックまでなんですけど」
「わかりました。何かあれば呼び出しがあるかもしれないので、滞在する街のギルドには顔を出しておいてください」
「……」
ソフィアからそっと目を逸らす。
「九条さん? 聞いてます? 返事をしてないからって聞いてなかったなんて通用しませんからね?」
「ええ。わかりました……」
まあ仕方がない。それがルールなのだから。
出発は明後日。明日、シャーリーが完成した小屋を見に来るそうだ。ギルドの通信術で完成したことは伝えているらしい。出資者なのだから当然である。
シャーリーは一晩こっちに泊った後、俺たちと一緒に出発する手筈になっている。途中、ベルモントでお別れだ。
結局、魔獣である四匹の従魔たちは連れて行く事にした。船にも乗れそうだし、見知らぬ土地へと行くのだ。護衛は多いほどいい。
そして出発の日がやって来た。大型の馬車でも、四匹の従魔たちが乗車すると狭く感じてしまうほどだが、さすがにそれにももう慣れた。
「お気をつけて」
「九条。酒だ! 土産は酒で頼む!」
「いってきまーす」
ソフィアとカイルの見送りに、元気よく手を振り返すミア。
肌寒い季節には従魔たちの温かさが心地いい。ガラガラと音を立てて街道を進む馬車。途中で少し止まってもらい、ダンジョンから鎧を引っ張り出してくると、馬車に積み込みベルモントを目指す。
「ミアちゃん。私もグリムロックに行きたいんだけど、一緒に行っちゃだめかな?」
「え? うーん。お兄ちゃんを誘惑しなければいいよ? でも、なんで?」
「自分の使ってる弓ね。そろそろ変えようかと思ってたんだ。九条から借りたヨルムンガンドの感覚が抜けてないってのもあるけど、もうちょっと大きいサイズに変えようかと思って」
「じゃあ、いいよ」
シャーリーに笑顔を返すミア。
グリムロックは鍛冶の街として有名だ。ミスリル製の武器はもちろん、それ以外の武器や防具も性能は折り紙付き。同じ物でもグリムロック産の物は強度も高く、そもそも鍛造技術が他の国よりも二回りは先をいっていると言われるほど。
「なんで俺じゃなくてミアに聞いたんだよ……」
「そりゃあ、ねえ……」
目を細め、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべるシャーリー。不気味なので止めていただきたい。
「あの弓を金貨千枚で売ってくれるなら、グリムロックに行く必要はないんだけど……」
「ダメに決まってるだろ」
「だよねー。いくら知り合いとはいえ、たった千枚じゃ売れないよね」
金額の問題ではないのだが、説明するのも面倒なのでそういうことにしておこう。
馬車がベルモントに辿り着くと御者に別れを告げ、シャーリーは一度自宅へと帰り、俺たちは宿を探し街中を歩く。
「お兄ちゃん……」
「ああ。わかってる。放っておけ」
不安そうに俺を呼ぶミア。怯えるのも無理もない。その原因は、俺たちに向けられている冷たい視線の所為だ。
全ての人がそうではないが、彼らは俺が誰なのかを。そして何をしたのかを理解しているのだろう。
四匹の魔獣を従えるプラチナプレートの冒険者。ノルディックを殺した張本人。
恐らく知っているのはそれだけで、ノルディックが何をしようとしたのかまでは知らないのだ。
情報技術の拙い世界。それも仕方がなく、予想通りといえば、予想通り。
それに対する従魔たちの苛立ちも肌で感じるほどだが、相手はただの町民だ。殺気立つ従魔たちの気など知る由もないのだろう。
馬車ならば中に隠れていればいいのだが、どうしても姿を見せなければいけないタイミングは出来てしまう。ミアには厳しい視線かもしれないが、宿が決まるまでの辛抱だ。
俺はというと、その程度の事は気にもならない。精々陰口を叩くのが関の山だ。だが、超えてはいけない一線を越えたのならば、それなりの覚悟はしてもらう。
「九条殿……」
「ダメだ」
小さな声で俺を呼ぶコクセイを先読みし、釘をさす。
「……まだ、何も言ってないではないか! 俺たちは野宿でも構わないと言おうとしたのだ! 一体なんだと思ったのだ?」
「いやあ、また殺すとか物騒なこと言うのかと思って……」
「さすがにそれくらい弁えておるわ! 俺たちは既に九条殿の従魔。人間の文化も日々学んでいるのだぞ?」
「お兄ちゃん。コクセイはなんて言ってるの?」
「ん? ああ、ミアのことを悪く言う奴がいたらぶっ殺してやるからいつでも言えってさ」
「そんなこと言っていない!」
「そんなこと言うわけないでしょ!」
「ははっ……冗談だよ。冗談」
二方向から思っていた通りのツッコミが返って来たので、俺は腹を抱えて笑った。
「やれやれ……。胆力があるのか、能天気なのか……」
冷たい視線に晒される中、一人爆笑する俺を見て白狐はぼそりと呟くと、呆れている様子。
「言いたい奴には言わせておけ。|両舌《りょうぜつ》は身を亡ぼすぞ?」
「りょうぜつ?」
「ああ。噂話で人を惑わそうとする者のことだ。それにどれだけのリターンがある? リスクしかないだろう? つまりはそういうことだ」
「なるほど……。一理あるな……」
|両舌《りょうぜつ》とは、仏教に存在する十悪の一つ。代表的な物だと、殺生や貪欲などが挙げられる。
つまりは|悪因悪果《あくいんあっか》。悪い行いをすれば、それが原因で悪い結果が生ずるということ。
それは相手を傷付け、自分をも苦しめる行いであり、誰も救わず救われない悪行なのである。
それを聞いた従魔たちは考えを改めたのか、先程までのピリピリとした緊張感とは打って変わって、穏やかな表情を浮かべていた。
「俺が言われるのは構わない。だが、ミアのことを悪く言う奴は俺がぶっとばしてやる」
得意げな表情でガッツポーズをして見せると、ミアはじっとりとした視線を俺に向けた。恐らくは、場を和ませるための冗談を言っていると捉えたのだろう。
「ええ……。暴力はいいの?」
「それが誰かの救いになるならいいんだよ」
十悪に暴力は含まれていない。それは使い方次第であるからだと、俺は解釈している。
誰かを守るためならば、それも許されるのだ。