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その日の夜。
こさめは医務室の前をうろうろしていた。
🦈「……まだかなぁ」
落ち着かない。
さっきから何度も時計を見てしまう。
すちは軽傷だった。
腕の打撲だけで済んだらしい。
それを聞いて安心したはずなのに、胸のざわつきが消えない。
すると、医務室の扉が開いた。
🦈「あ」
出てきたのはすちだった。
包帯の巻かれた腕を見て、こさめはすぐ駆け寄る。
🦈「すちさん!」
🍵「わ、びっくりした」
🦈「大丈夫!? 痛くない!?」
🍵「平気平気」
いつもの穏やかな笑顔。
でも、こさめは納得できなかった。
🦈「……ごめんなさい」
ぽつりと零す。
すちはきょとんとする。
🍵「なんでこさめくんが謝るの」
🦈「だって、こさめがちゃんとしてれば……」
震える声。
あの時、何もできなかった。
怖くて動けなかった。
守られたのは自分の方だった。
看守失格だ。
そう思うと、情けなくてたまらない。
すると、すちは少し困ったように笑った。
🍵「こさめくん」
ぽん、と頭に大きな手が乗る。
🦈「……っ」
🍵「新人なんだから、怖くて当たり前だよ」
優しく撫でられる。
子ども扱いされてるみたいなのに、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ安心してしまう。
こさめは唇を噛む。
🦈「でも、すちさん怪我した……」
🍵「俺が勝手に庇っただけ」
🦈「なんで庇ったの」
その問いに、すちは少し黙った。
廊下の明かりが静かに二人を照らす。
やがて、すちは小さく笑った。
🍵「……放っておけなかったから」
🦈「それだけ?」
🍵「うん」
嘘だ。
こさめにはなんとなく分かった。
すちは肝心なことを隠す時、少しだけ笑い方が柔らかくなる。
でも、それ以上聞けなかった。
聞いたらだめな気がしたから。
沈黙が落ちる。
遠くで鉄扉の閉まる音が響いた。
すると突然、すちがこさめの頬に手を伸ばす。
🦈「へ?」
親指が目元を軽く拭った。
🍵「泣いてる」
🦈「え」
言われて初めて気づく。
こさめの目から、ぽろりと涙が零れた。
🦈「あ、れ……」
なんで泣いてるんだろう。
怖かったから?
安心したから?
分からない。
でも涙は止まらなかった。
するとすちは少し眉を下げる。
🍵「……そんな泣かれると、悪いことした気分になるなぁ」
🦈「だ、ってぇ……」
🍵「ん?」
🦈「死刑囚なのに優しくしないでよぉ……」
自分でも意味が分からない言葉だった。
でも、本音だった。
優しくされるたびに苦しくなる。
この人はいなくなる人なのに。
情を移しちゃいけないのに。
すちは目を静かに見開いた。
それからふっと苦しそうに笑う。
🍵「……ほんと、困らせる天才」
🦈「うぅ……」
🍵「こさめくん」
名前を呼ぶ声がやけに優しい。
こさめが顔を上げると、すちは静かに言った。
🍵「俺にあんまり近づかない方がいいよ」
🦈「……なんで」
🍵「傷つくから」
その声は、今までで一番静かだった。