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土日は、従兄の送別会に行ったり、京平が家に来たりして過ごした。
夜、父、信雄と酒を呑んだ京平は機嫌が良く、
「俺はお前のお父さんの息子になるためにお前と出会ったんだな」
などと言い出した。
嫌です、そんな出会い……と思いながら、のぞみが、
「そういえば、専務。
お母様に、車をピカピカにして持ってきていただいてありがとうございましたって伝えてくださいました?」
と訊くと、
「お前が自分で言えよ。
それに、あの人が車をピカピカにしたわけじゃないからな。
あれはいつも命じるだけの人だ。
俺にも、いい成績を取れ、いい学校に入れ、父親の跡を継げ、といつも命じているだけだ」
と母親に対する文句を言ってくる。
その期待に、結局は、全部、応えているのがすごいが、と思いながら、のぞみは言った。
「でも、お母様、いい方ですよ。
美味しいお酒も奢ってくださいましたし」
「……お前、美味しいお酒を奢ってくれる人なら、誰でもいい人なんじゃないか?」
と京平は、少し不安を覚えたように言ってくる。
「酒蔵の若旦那とかについて行くなよ」
笑った母、浅子を見て、京平は、
「俺はお前のお母さんの方が立派な方だと思うがな」
と言い出した。
「自宅で、あんなすごい海老フライをあげられる立派な方だ。
俺は尊敬している」
尊敬ポイントがおかしいが、と思ったが、ほほほほ、と笑う浅子はご機嫌だ。
うーむ。
ものすごい勢いで、馬が射られている。
そろそろ槙家のお堀に埋められるに違いない、と両親を見ながらのぞみが思っていると、
「あんた、京平さんを送ってってあげなさいよ」
と矢で射られた浅子が言い出した。
「いや、お母さん。
帰り道が危ないですから」
と京平は断ったのだが、いいじゃないの、いいじゃないの、と言う浅子に押し切られ、のぞみは京平を車で送ることになった。
「最初に乗ったときは、お前の車に乗るなんて、なんて恐ろしい。
命がけだな、と思ったものだが」
とのぞみのピンクの車の助手席で京平が言ってきた。
ふふ。
二度も乗ったから、私の運転の確かさがわかってきたんですね、とほくそ笑むのぞみに、京平は、
「今はお前と死ぬのなら、それもいいかと思ってる」
と言ってくる。
「……だからあの、私の運転、危なくないですからね」
と言うのぞみの言葉を京平は聞いていない。
「だが、なんかこういうのもいいな」
と機嫌よく外を見ている。
「よし、運転手、川原に行け」
と言い出した。
あんまり調子に乗ってるようなら、車から降り落としちゃおっかなーと思いながら、のぞみは加速した。
川原の横を走りながら、のぞみが、
「結構酔ってらっしゃるようですけど、大丈夫ですか?」
と訊くと、京平が、あっ、こらっ、と遠ざかる川原を振り返りながら叫んできた。
「なんで駆け抜けるんだっ。
ええいっ。
止まれっ、止まらんかっ」
いや、あんた、何処の武士か大名だ、という口調だった。
「なんでですかっ。
夜の川辺は冷えますよっ」
と言うと、
「俺は今から、お前とあそこでキスするんだっ」
とまだ振り返りながら言ってくる。
「そっ、そんなこと言われたら、なおさら止められませんよっ」
「なんでだ。
だって、お前、覚えてないんだろうっ? この間の夜のことをっ。
俺はあそこで、もう一度、お前に好きだと言うんだーっ!」
ひーっ、大きな声で叫ばないでくださいっ。
っていうか、それ、もう言ってるも同然ですーっ、とのぞみは真っ赤になりながら、思わず、窓が閉まっているか、確認する。
車は交差点まで来て、止まっていた。
「お前は俺のなにが気に入らないと言うんだっ?」
と訊いてくる京平に、冷静に考えてみる。
……うーむ。
そう言われてみれば、専務を拒絶する理由がないような。
「そ、そうですねー。
まあ、とりあえず、おうちが違いすぎるのが、ネックではありますね。
お金持ちすぎて、ついて行けそうにないというか」
と言うと、
「金持ちだからって差別すんなよ」
と京平が言ってくる。
いや、一度言ってみたいんだが、そのセリフ……。
「それに、別にうちはそんなたいした金持ちでもない。
アメリカの大富豪とかと比べてみろ」
いや、比べるところがおかしいです。
「だが、お前が望むなら、俺はお前のために庶民となろう」
そう言っている時点で、すでに庶民ではないと思いますが。
そんな言い争いをしたあと、突然、ふう、と京平は溜息をついた。
「……あんまり叫ばせるから、酔いが覚めたじゃないか。
酔ってるうちに、勢いで告白しようと思ってたのに」
「あのー、そもそも専務は本当に私のことを好きなんですか?
好きになる理由がないように思うのですが」
「好きになるのに理由なんているのか?」
真面目な声で言われ、どきりとしてしまう。
「俺だって、お前なんぞを好きになるなんて思ってなかった」
いや、なんぞって……と思うのぞみを真っ直ぐ見つめ、言ってきた。
「なんで好きになったかなんてわからない。
いつから好きだったかもわからない。
でも、気がついたら、お前のことで頭がいっぱいになってたんだ」
せ、専務のくせに、すごい殺し文句を……。
いや、この人、さりげなく、結構言ってるか、と思うのぞみの前で、京平は目を閉じ、言ってくる。
「今となっては、えへ、とか言いながら、殺人事件の本ばかり借りていたお前も、担任の目の前で堂々と塀にまたがり乗り越えようとしていたお前も、可愛いんだ」
「柵です……」
貴方の頭の中の私は、何処から脱走しようとしてるんですか。
「ああ、家に着いたじゃないか」
京平は闇夜にそびえるおのれのマンションを見ながら言ってきた。
「寄ってくか?」
「いえ、帰ります」
と言うと、そうだな、と京平は素直に引き下がった。
降りかけて言ってくる。
「お前を素直に帰すのは、お前の親に嫌われたくないからだけじゃないぞ。
お前に、嫌われたくないからだ」
外に出た京平は助手席に手をつくと、身を乗り出し、キスしてきた。
「おやすみ。
寄り道すんなよ。
家に着くまで、なにがあっても、車から降りるな。
道端でダンボールに入った可愛い仔猫が、拾って、とか言いながら、鳴いてても降りるなよ」
いや、運転中に、そんな細かいとこまで見えたり聞こえたりしませんけどね。
でも、専務はなんだか気づいて降りそうだな、と思ってしまう。
「お、おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げ、のぞみは車を出した。
京平はいつまでも、のぞみの車を見送っているようだった。