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#ご本人様とは一切関係ありません
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#ご本人様とは一切関係ありません
あんにんどう腐(ゆ腐)
2,751
#ご本人様とは一切関係ありません
さくら(皇千ト君最推し)
2,469
その日のタイキは、スタジオに入ってきた時から少しだけ静かだった。
いつもなら誰かの声にすぐ反応して、
「おはよー」だの「今日やばくない?」だの、
明るい声を先に置いてから荷物を下ろすのに。
今日は違った。
「おはよ」
短い。
声も少しだけ低い。
ルイは鏡の前でストレッチをしながら、その一瞬で顔を上げた。
タイキはキャップを外して、前髪をかき上げる。
その横顔が、妙に白い。
(……顔色悪いな)
そう思ったのは、たぶんルイが最初だった。
いや、正確には“最初に気づいた”というより、
今のルイはタイキのことを見すぎている。
だから、気づかない方が難しい。
「タイキ」
声をかけると、タイキが少しだけ振り返った。
「ん?」
「寝不足?」
聞いた瞬間、タイキは少しだけ目を細める。
「何だよ急に」
「顔色悪い」
「…別に平気」
いつもの返し。
でも、その返し方に少しだけ力がない。
ルイはそれ以上言わなかった。
言わなかったけど、目は離せなかった。
⸻
ダンスリハが始まる。
音が入る。
フォーメーション確認。
通し。
修正。
もう一回。
いつも通りの流れのはずなのに、タイキの動きがほんの少しだけ鈍い。
遅れるわけじゃない。
ミスするわけでもない。
でも、抜きのタイミングが微妙に重い。
ターンの戻りで、少しだけ軸がぶれる。
アダムも途中で気づいたらしく、鏡越しに一度だけタイキを見る。
カノンも眉を寄せた。
でも一番はっきり見ていたのは、やっぱりルイだった。
タイキの額の汗の出方が、おかしい。
汗をかいてるのに、顔色が戻らない。
呼吸も少し浅い。
「ストップ!」
スタッフの声で一度止まる。
タイキはその場で膝に手をついた。
ほんの一瞬だけ。
でも、ルイはもうその瞬間に動いていた。
「タイキ」
近づく。
タイキが顔を上げる。
「平気」
先にそう言った。
でも、平気な顔じゃない。
「平気じゃねぇだろ」
ルイが低く返した、その時だった。
タイキが一歩踏み出して、少しだけ足元を崩した。
大きく倒れたわけじゃない。
でも、身体がふっと横に流れる。
ルイが腕を掴んだ。
そのまま支える。
タイキの体温が、服越しでもわかるくらい熱かった。
「……っ」
ルイの表情が変わる。
「熱あるじゃねぇか」
タイキはルイの腕を掴んだまま、少しだけ顔をしかめた。
「……だから、平気だって」
「あるやつが言う台詞じゃない」
アダムが近くまで来る。
「タイキ、座れ」
ゴイチもタオルを持ったまま寄ってきた。
カノンは心配を隠さず眉を寄せている。
「お前、朝から変だったぞ」
「言えよ、そういうの」
タイキはそこまで言われてようやく、反論する気力もなくしたみたいに床へ座り込んだ。
壁にもたれて、小さく息を吐く。
「……ごめん」
その声が、やけに弱い。
ルイの胸の奥が、ぎゅっと縮む。
⸻
スタッフが早めに切り上げを決めて、今日は解散になった。
タイキは休憩スペースでスポドリを飲まされながら、まだ「一人で帰れる」と言っていた。
でも全然説得力がない。
ゴイチが「送るか?」と聞く。
アダムも黙って立っている。
カノンは「いや絶対一人無理でしょ」と普通に言っていた。
その中で、タイキは少しだけ視線を迷わせたあと、ルイを見た。
その目が合った瞬間、ルイの中で何かが静かに決まる。
「俺が送る」
短く言う。
誰も反対しなかった。
アダムだけが一瞬ルイを見て、それから小さく頷いた。
タイキはその反応を見て、少しだけ目を伏せた。
「……悪い」
ルイはその言葉に何も返さず、タイキのバッグを先に持った。
「立てるか」
「……たぶん」
「たぶんじゃ困る」
そう言いながらも、声は思っていたよりやわらかかった。
タイキが立ち上がる。
少しだけふらつく。
ルイは反射的に手を伸ばしかけて、でも一瞬止まる。
掴まない。
勝手には。
代わりに、低い声で言う。
「肩、使うか」
タイキは一瞬だけルイを見る。
それから小さく頷いた。
「……借りる」
その一言で、ルイはようやく自分の肩を差し出す。
前みたいに引き寄せるんじゃない。
タイキが選んで預ける分だけ、支える。
その重みが、妙に静かに胸へくる。
⸻
タイキの部屋に着く頃には、外はもう夜だった。
鍵を開ける手元も少し危なっかしくて、ルイは横で何も言わずに待つ。
部屋に入る。
いつものタイキの匂い。
ソファ。
ローテーブル。
少し脱ぎっぱなしの上着。
ルイはそこで一瞬だけ立ち止まる。
前なら、この“二人きりの部屋”は別の意味を持っていたかもしれない。
でも今は違う。
今夜ここにいる理由は、一つしかない。
タイキを休ませるため。
ルイはそのまま靴を脱いで、振り返る。
「ベッド行け」
タイキは少しだけ目を瞬かせる。
「……命令?」
ルイは一拍置いてから、小さく息を吐いた。
「お願いでもいい」
タイキはそこで少しだけ笑った。
熱で弱ってるくせに、そういう返しだけはする。
「……じゃあ、聞いとく」
ふらつく足で寝室へ向かうタイキの背中を見ながら、ルイはようやく小さく息を吐く。
タイキの部屋に入ると、熱のせいか空気が少しだけ重く感じた。
ルイは靴を脱いで、部屋を見回す。
ソファ。
ローテーブル。
飲みかけの水。
充電器。
ベッドへ続くドア。
寝室に入っていくタイキの背中を見送ってから、ルイはようやく部屋の真ん中で立ち止まった。
同じ夜。
でも、前とは違う。
今ここにいる理由は一つだけだ。
ルイはそれを胸の中で繰り返してから、キッチンへ向かう。
冷蔵庫を開ける。
ミネラルウォーター。
ゼリー飲料。
冷却シートは――ない。
「はぁ……」
小さく息をついて、ルイはすぐにスマホを取り出した。
近くのドラッグストアの即配を開く。
冷却シート、スポドリ、体温計、消化のいいレトルト粥、経口補水液。
迷いなくカートに入れる。
注文を済ませてから、寝室のドアを軽くノックした。
「入るぞ」
返事はすぐにはない。
数秒してから、少し掠れた声。
「……ん」
ドアを開ける。
タイキはベッドの端に座ったまま、上着だけ脱いでいた。
首にまだ熱が残っているみたいに赤い。
頬も少し火照っていて、目の焦点が普段よりゆっくりしている。
ルイはその顔を見た瞬間、眉を寄せた。
「座ってんじゃねぇよ」
「今から寝る」
「その“今から”が遅い」
ルイはベッドの横まで行って、ほんの一瞬だけ手を止めた。
前なら迷わなかった。
熱を確かめるためでも何でもなく、もっと雑に触っていたかもしれない。
でも今は違う。
「……額、触るぞ」
タイキが少しだけ目を上げる。
熱のせいで反応が一拍遅い。
「ん……」
その返事を聞いてから、ルイはようやく手の甲をタイキの額に当てた。
熱い。
思っていたよりずっと。
ルイの指先が一瞬だけ強張る。
「お前、これで平気とか言ってたのかよ」
タイキは小さく目を閉じた。
「……言うだろ、そのくらい」
「言わねぇよ、普通」
「言うって、仕事だし」
言い返す声に力がない。
それでも口だけは減らない。
ルイはそこで、少しだけ安心した。
完全にぐったりしていたら、それはそれで怖かった。
「薬ある?」
「引き出し……たぶん」
「たぶんばっかだなお前」
ベッド脇の小さな棚を開ける。
頭痛薬と風邪薬。
未開封のスポドリ味のゼリー。
体温計は見つからない。
「体温計ないのかよ」
「どっかにはある……」
「使わねぇなら、ないのと一緒だろ」
ルイは小さく舌打ちしそうになって、ギリギリで止めた。
怒ってるわけじゃない。
いや、少しは怒っている。
でもそれはタイキにじゃなくて、無理してたことにだ。
「とりあえず水飲め」
ペットボトルを差し出すと、タイキは素直に受け取った。
こういう時だけ変に従順なのが、余計に危うい。
「薬、どっち」
「……風邪薬、かな」
「かなじゃねぇ」
「じゃあ、風邪薬で」
ルイは錠剤を出して、手元に置く。
タイキがそれを飲み込むのを見届けてから、ようやく少しだけ息を吐いた。
「デリバリーで色々頼んだ」
「冷却シートと、スポドリと、粥」
タイキがぼんやりしたままルイを見る。
「……何でもできるじゃん」
「こういう時だけな」
その返しに、タイキはほんの少しだけ笑った。
すぐにその笑いは消えたけど、口元に残った柔らかさだけは消えなかった。
ルイはベッド脇の椅子を引いて座る。
距離は近い。
でも必要以上には近づかない。
タイキはそのことにも、たぶん気づいている。
しばらくして、配送の通知が鳴る。
ルイが受け取りに出る間、タイキはベッドに横になっていた。
戻ってくると、タイキは半分だけ目を閉じていた。
眠そうなのに、完全には眠れていない顔。
ルイは袋から冷却シートを取り出す。
それを見たタイキが、小さく眉を寄せた。
「それ、いる?」
「いる」
「子どもみたい」
「うるさい」
冷却シートのフィルムを剥がして、また一瞬だけ手が止まる。
「貼るぞ」
「……ん」
返事を聞いてから、額にそっと貼る。
その時の触れ方は、驚くくらい丁寧だった。
タイキは熱でぼんやりした頭のまま、その指先の慎重さを感じる。
看病のための接触なのに、ルイはちゃんと毎回許可を取る。
勝手に触らない。
必要な分だけしか触れない。
それが、今のルイなんだと思う。
「少し楽か」
ルイが聞く。
タイキは少しだけ目を閉じたまま答える。
「……冷たい」
「効いてる証拠だろ」
「雑」
「感想もらったから十分だ」
ルイはレトルト粥を温めるために立ち上がる。
キッチンに向かう背中を、タイキはぼんやり見ていた。
夜の部屋。
ルイがいる。
でも、前の夜とは全然違う。
ソファに押し倒される夜じゃない。
息が乱れる夜でもない。
ただ、自分のためだけに動くルイが、静かにキッチンに立っている。
その背中を見ていると、胸の奥が少しだけやわらかくなる。
ルイは鍋に湯を張って、レトルト粥を温める。
キッチンの小さな灯りの下で、ひとつひとつの動きが妙に落ち着いて見えた。
今夜ここにいるのは
タイキの体調を戻すため。
それだけだ。
でも、それだけだからこそ余計に胸にくる。
今はただタイキを休ませたい。
触れたいじゃなくて、寝かせたい。
話したいじゃなくて、少しでも楽にしたい。
それが今の自分の一番深いところにある気持ちだと、ルイは痛いくらい理解していた。
粥を器に移して、スプーンを添えて寝室へ戻る。
「食えるか」
タイキがうっすら目を開ける。
「……ちょっと」
「じゃあちょっとでいい」
ルイはベッドの横に座って、器を差し出す。
タイキが起き上がろうとして少しふらつくと、ルイの手が反射的に伸びる。
でも、背中に触れる寸前で一度止まった。
タイキがそれに気づいて、熱っぽい目でルイを見る。
「……支えて」
小さい声。
その一言に、ルイの喉が静かに鳴る。
「ん」
短く返してから、今度はちゃんと背中へ手を回した。
必要なだけ。
支えるためだけ。
タイキはその腕に少しだけ体重を預ける。
熱を持った体温が、服越しに伝わる。
ルイはその重みを受け止めながら、自分の呼吸が少し浅くなったのを自覚した。
でも、それを押し込める。
今はそれじゃない。
「食えそうか」
「……うん」
タイキはスプーンを持つ。
一口食べる。
少しだけ眉を寄せる。
「まずい?」
「いや……普通」
「熱ある時の普通は信用ならねぇな」
「じゃあ、ちょっとおいしい」
その言い方に、ルイは小さく息で笑った。
「なら十分」
少しずつ食べるタイキを、ルイは黙って見ていた。
急かさない。
見すぎない。
でも目は離さない。
途中でタイキがスプーンを止める。
「……もういい」
「半分食ったか?」
「たぶん」
「じゃあよし」
器を受け取る。
また少しだけ指が触れる。
それだけで、自分の方が妙に意識してしまうのを、ルイは内心で苦く笑った。
片付けを済ませて戻ると、タイキはもうベッドに横になっていた。
でも目は閉じていない。
「寝ろ」
ルイが言う。
タイキは天井を見たまま、小さく言った。
「……帰んの」
その声が、思っていたより弱かった。
ルイはベッドの横で少しだけ止まる。
「帰るわけねぇだろ」
すぐに返す。
「熱あるやつ置いて」
タイキの目が、そこで少しだけ揺れる。
「……そっか」
「ソファでいる」
「ベッド使えば」
「使うかよ」
「何で」
ルイは一瞬だけ言葉に詰まった。
何で。
そんなの、言えるわけがない。
「お前の部屋で、お前が熱出してんのに」
「俺がベッドで寝たら最低だろ」
タイキはそこで、ほんの少しだけ笑った。
弱い笑い。
でもちゃんと笑った。
「……真面目」
「うるさい。寝ろ」
ルイが言うと、タイキは少しだけ目を細める。
「ルイ」
「ん」
「ありがと」
その一言に、ルイは一瞬だけ何も返せなかった。
今までの夜で、その言葉が欲しかったわけじゃない。
でも今の夜に、それを言われるのはどうしようもなく響いた。
「……いいから寝ろ」
なんとかそれだけ返す。
タイキは小さく頷いて、ようやく目を閉じた。
ルイはしばらくその顔を見ていた。
熱で少し赤い頬。
静かに上下する呼吸。
さっきより少し落ち着いた額。
同じ夜。
でも今夜は、欲も駆け引きもない。
ただ、相手の呼吸が穏やかになるのを見ている夜だ。
ルイはそこでようやく立ち上がり、部屋の灯りを少しだけ落とした。
ソファへ向かう前に、もう一度だけ寝室を振り返る。
タイキは眠りかけていた。
でも完全には落ちきっていない、そんな浅い呼吸。
ルイは小さく息を吐く。
ただ、このまま朝まで熱が下がることだけを願っていた。
ソファに座ってからも、ルイはすぐには横にならなかった。
タイキの部屋の明かりは落としてある。
寝室のドアは少しだけ開けたまま。
そこから漏れる薄い灯りと、静かな気配だけがリビングまで届いていた。
ローテーブルの上には、飲みかけの水と、さっき使った体温計代わりの感覚で触れた冷却シートの空袋。
ソファに深く座っても、身体は全然休まらない。
静かだ。
なのに、ルイの頭の中だけは落ち着かなかった。
看病して。
薬を飲ませて。
粥を食わせて。
熱でぼんやりしたタイキの背中を支えて。
今夜やっていることは全部まっとうで、全部必要なことだ。
それなのに、その一つひとつが胸の奥へ変に残る。
背中の熱。
弱くなった声。
「……支えて」と言った時の、少しだけ掠れた響き。
それから、目を閉じる前の「ありがと」。
ルイは両手を組んだまま、小さく息を吐いた。
「……寝れるわけねぇだろ」
誰に言うでもなく呟く。
今夜は何もしない。
当たり前だ。
それはもう決めている。
決めているのに、タイキが弱っているぶんだけ、普段見えないところまで見えてしまう。
強がらない顔。
誤魔化さない声。
自分を頼るみたいに、少しだけ体重を預けてきた瞬間。
そういうものが、静かにルイを揺らす。
寝室の方で、小さな物音がした。
ルイの視線がすぐにそちらへ向く。
シーツが擦れる音。
浅い呼吸。
それから、少し遅れて、控えめに名前を呼ぶ声。
「……ルイ」
ルイはほとんど反射で立ち上がった。
「起きたか」
寝室へ入ると、タイキはベッドの上で少しだけ眉を寄せていた。
冷却シートが少しずれている。
熱で額に汗が浮いていて、眠りが浅かったのがわかる。
「……水」
小さな声。
ルイはすぐに枕元のペットボトルを手に取る。
「起きれるか」
タイキはうっすら頷いたけれど、上半身を起こしかけて少しだけ力が抜ける。
ルイは一瞬だけ迷って、それから静かに言った。
「支える」
タイキが目を閉じたまま、少しだけ頷く。
「……うん」
その返事を聞いてから、ルイはようやく腕を背中へ回した。
熱い。
やっぱりまだ、ちゃんと熱がある。
ルイはそれを意識しないようにしながら、タイキの身体をゆっくり起こした。
タイキは半分だけルイにもたれたまま、水を受け取る。
一口。
二口。
飲み終わっても、すぐには離れなかった。
ルイもすぐには離さない。
それが看病のための時間だと、どちらもちゃんとわかっている。
でも、その理解の上にある静かな体温が、逆に苦しかった。
「もういいか」
ルイが低く聞くと、タイキは少しだけ遅れて頷いた。
でも、そのまますぐには自分で体勢を戻さない。
ルイはそこで小さく息を止めた。
タイキは目を閉じたまま、ぼんやりした声で言う。
「……まだ、ちょっと」
言い切らない。
でも、それで十分だった。
まだ、ちょっと寄りかかっていたい。
まだ、ちょっと離れたくない。
そう聞こえるくらいには、今のタイキは弱っていて、正直だった。
ルイは何も言わなかった。
ただ、そのまま支えた。
いつもなら、こういう近さはすぐに別の意味を持ってしまったかもしれない。
でも今夜は違う。
タイキを楽にするための近さ。
それだけ。
それだけのはずなのに、ルイの胸の奥は静かに鳴り続けている。
「ルイ」
「ん」
「……いる?」
その問いは、熱のせいで少し曖昧だった。
ルイは数秒だけ答えずにいた。
“いる”に、どこまでの意味が入っているのか。
眠るまでなのか。
今この瞬間だけなのか。
朝までなのか。
でも、考えるまでもなかった。
「いる」
すぐに返す。
「朝までいる」
タイキの呼吸が、そこで少しだけゆるむ。
「……そっか」
本当にそれだけ言って、少しだけ額をルイの肩口へ寄せる。
ルイは目を閉じたくなった。
やめろ、と思う。
そんなふうに安心した顔をするな。
弱ってる時にそういうことをするな。
でも、もちろん声には出さない。
代わりに、ルイは少しだけ体勢を調整して、タイキの首が苦しくならない位置へ自分の肩を寄せ直した。
「冷却シート、貼り直すぞ」
少ししてから言う。
タイキは「ん」とだけ返す。
その返事を待って、ルイはゆっくり身体を離した。
離れた瞬間、さっきまで預かっていた熱が腕の内側に残る。
新しい冷却シートを貼る。
前髪を少しだけ上げて、額にそっと触れる。
今度は前髪を整えるとか、そういう甘い余地はない。
本当に熱を下げるためだけの接触。
それでも、タイキはその指先に少しだけ目を細める。
「冷たい?」
「……うん」
「我慢しろ」
「雑……」
「文句言えるならまだ平気だな」
タイキはそこで、うっすら笑った。
熱のある笑い。
でもそれが少しだけ見られて、ルイの胸の奥はまたやわらぐ。
「寝ろ」
ルイが言う。
タイキは枕に頭を戻しながら、小さく目を開けたまま聞く。
「ルイは」
「ん」
「寝ないの」
ルイはベッド脇の椅子へ腰を下ろす。
「お前が寝たら」
「それまで?」
「様子見る」
タイキは数秒、ルイの顔を見ていた。
熱のせいで焦点は少し甘い。
でも、その目にはちゃんとルイが映っている。
「……同じ夜なのにな」
ぽつりと、タイキが言う。
ルイの目が少しだけ揺れる。
その言葉の意味は、すぐにわかった。
前の夜。
呼ばれて、行って、終わって、帰るだけだった夜。
ルイの欲しいように始まり、ルイの欲しいように終わっていた夜。
それと今夜は、同じ“二人きりの夜”なのに、何もかもが違う。
ルイは少しだけ視線を落として、それから言った。
「……もう、同じにしたくねぇから」
タイキは何も言わない。
でも、その沈黙はちゃんと聞いている沈黙だった。
ルイは続ける。
「今夜はお前休ませるためにいる」
少し間。
「それ以外、いらない」
その言葉は静かだった。
熱い言葉じゃない。
でも、今の二人にはたぶんそれがいちばん深い。
タイキの目が、そこでほんの少しだけやわらいだ。
「……うん」
その一音が、やけに素直だった。
熱のせいだけじゃない。
今夜のルイが本当にそう思ってることが、ちゃんと伝わったからだとわかる。
しばらくして、タイキのまぶたが重く落ちていく。
呼吸が少しずつ深くなる。
額の熱も、さっきよりはほんの少しだけ落ち着いてきた気がする。
ルイは椅子に座ったまま、その寝顔を見ていた。
何もしない。
ただ、いる。
そのことが、こんなに大きい夜になるなんて、少し前の自分ならきっと知らなかった。
同じ夜。
でも今夜は、欲じゃなくて、看病の夜。
奪うんじゃなくて、守る夜。
ルイはそこでようやく、少しだけ背もたれに身体を預けた。
寝息が整うのを聞きながら、小さく目を閉じる。
このまま朝まで熱が下がればいい。
それだけでいい。
そう思える自分に、少しだけ救われる夜だった。
タイキの呼吸がようやく少し深くなってきた頃だった。
寝室の中は静かで、冷却シートの冷たさがまだ額に残っている。
ベッド脇の椅子に座ったルイは、背もたれにもたれず、少し前屈みのままタイキの寝顔を見ていた。
熱はまだある。
でも、さっきよりは少し落ち着いた。
呼吸も浅すぎない。
今のところは大丈夫そうだ。
その時、ローテーブルの上に置いていたスマホが短く震えた。
ルイは一瞬だけ視線をそちらへやる。
タイキは起きない。
もう一度、震える。
ルイはそっと立ち上がって、音を立てないようにスマホを手に取った。
画面には、グループLINEの通知。
STARGLOW
小さく息を吐いて、寝室のドアのすぐ外まで出る。
でも閉めない。
タイキの気配がちゃんとわかる距離に立ったまま、ルイは画面を開いた。
メッセージはすでにいくつか入っていた。
⸻
ゴイチ
タイキどう?
カノン
熱下がった?
ちゃんと水飲ませた?
あいつ絶対「平気」って言うでしょ
アダム
今どんな様子だ
⸻
ルイはその文面を見て、少しだけ口元を緩めた。
みんな、気にしてる。
当たり前だけど、その当たり前が少しだけあたたかい。
ルイは親指を動かす。
前の自分なら、たぶん一言で済ませていた。
寝た。大丈夫。
それだけで終わらせていたかもしれない。
でも今は違う。
ベッド脇の椅子に座って、タイキの熱の高さも、呼吸の浅さも、自分の肩にもたれた重さも知ってしまった今、曖昧に返す気になれなかった。
ルイは静かに打ち込む。
⸻
ルイ
さっき薬飲ませて、粥も少し食わせた
今は寝てる
熱はまだあるけど、呼吸は落ち着いてきた
冷却シート貼って、水も飲ませた
一人にするより今夜は俺がいた方がいいと思って、部屋にいる
⸻
送信。
自分で打っておいて、少しだけ目を瞬かせる。
ちゃんと説明した。
それが妙に自分らしくなくて、でも今はそれでよかった。
すぐに既読が増える。
最初に返ってきたのはカノンだった。
⸻
カノン
うわ、めっちゃちゃんと看病してるじゃん
えら
ルイがそこまで言うならちょっと安心した
⸻
その後に、ゴイチ。
⸻
ゴイチ
了解
朝まで様子見て、まだ高かったら病院な
無理そうなら連絡しろ
⸻
そして、アダム。
⸻
アダム
助かる
熱が上がるようなら起こしてでも水飲ませろ
朝、俺も連絡する
⸻
ルイはそのやり取りを見ながら、小さく息を吐いた。
“助かる”なんて、アダムに言われると少しだけ現実味が出る。
今自分がやっていることが、ちゃんと必要なことなんだと確認される感じがした。
そこへ、またカノン。
⸻
カノン
タイキ起きたら「お前ら全員うるせぇ」って言いそう
でもちゃんと伝えといて、みんな心配してたって
⸻
ゴイチも続く。
⸻
ゴイチ
あとルイも無理すんなよ
そのまま朝まで起きてそうだから
⸻
それを見て、ルイはほんの少しだけ笑った。
図星だった。
今の自分はたぶん、朝までずっと起きていてもおかしくない。
タイキが少し寝返りを打つだけで、全部気になってしまう気がする。
ルイは短く返す。
⸻
ルイ
わかった
起きたら伝える
俺は平気
⸻
すぐにゴイチから返ってくる。
⸻
ゴイチ
平気って言うやつはだいたい平気じゃない
⸻
カノンが即乗る。
⸻
カノン
それ今日のタイキと同じやつじゃん
⸻
ルイはそこで思わず、本当に小さく笑ってしまった。
笑い声までは出さない。
でも肩が少しだけ揺れる。
寝室の方を見る。
タイキは起きていない。
それを確認してから、ルイはまたスマホへ視線を戻した。
⸻
ルイ
うるせぇ
でもサンキュ
⸻
送信したあと、自分で少しだけ驚く。
“サンキュ”なんて、こういう場で打つのはたぶん珍しい。
でも、今日はそれくらいの気分だった。
すぐに既読が増える。
カノンはスタンプを返してきた。
ゴイチは「寝ろよ」の一言。
アダムは何も送らず、でも既読だけが静かについた。
それが、いちばんアダムらしかった。
ルイはグループLINEを閉じて、スマホを胸の前で少しだけ握る。
ちゃんと、状況を説明した。
ちゃんと、みんなに伝えた。
それだけのことなのに、少しだけ胸の奥が静かだった。
前の夜なら、こんなふうに誰かに説明する必要もなかった。
そもそも、説明できるような夜じゃなかった。
でも今夜は違う。
タイキが熱を出して。
自分が看病して。
メンバーが心配して。
その中でルイは、ベッド脇の椅子に座って、ちゃんと「今どういう状態か」を言葉にしている。
それが、妙に今の自分たちらしかった。
ルイは寝室へ戻る。
椅子を引いて、またベッド脇に座る。
タイキの額を見る。
少しだけ汗は引いている。
呼吸も穏やかだ。
ルイは小さく息を吐いて、スマホを膝の上に伏せた。
「……みんな、心配してたぞ」
もちろん、返事はない。
でも、その寝顔を見ながらそう言うと、少しだけ部屋の空気がやわらいだ気がした。
そのことが、ルイには少しだけ救いだった。
ベッド脇の椅子に座ったまま、ルイはしばらく動かなかった。
寝室の灯りは落としてある。
枕元の小さな明かりだけが、タイキの額と頬をぼんやり照らしていた。
熱はまだある。
でも、さっきより呼吸は落ち着いている。
冷却シートも効いてきたのか、額の赤みも少しだけ和らいで見えた。
ルイは腕を組むでもなく、ただ膝の上で手を重ねたまま、タイキの寝顔を見ていた。
静かな夜だった。
さっきまでグループLINEを返していたスマホも、今はもう伏せてある。
ローテーブルの上の水。
少し開いた寝室のドア。
部屋の隅で小さく鳴るエアコンの音。
それしかない。
それなのに、ルイの中だけは全然静かじゃなかった。
今夜は何もしない。
何もいらない。
ただ、熱が下がるまでそばにいる。
それだけだと、何度も自分に言い聞かせている。
でも、その“それだけ”が思っていたよりずっと難しい。
タイキが弱っている。
無防備で、素直で、強がる余裕もないままそこにいる。
そういう姿を見ていると、胸の奥のやわらかいところばかりが揺さぶられる。
ルイは小さく息を吐いた。
「……寝ろ、ほんとに」
もちろん、返事はない。
でも、その言葉を落とした直後だった。
「……ルイ」
かすれた声。
小さくて、熱に浮かされたみたいに曖昧な呼び方。
ルイの背筋が、ぴんと張る。
「……は?」
思わず、そんな声が出る。
タイキは起きていない。
目も閉じたまま。
でも眉がほんの少しだけ寄っていて、呼吸がさっきよりわずかに浅い。
夢でも見てるのか。
それとも熱で意識が浮いてるのか。
ルイは椅子から少しだけ前へ身を乗り出した。
「タイキ」
低く呼ぶ。
反応はすぐには返らない。
けれど、数秒遅れてまた小さく、今度はもっと頼りない声で。
「……ルイ」
その呼び方に、ルイの胸の奥がぎゅっと掴まれる。
こんなふうに呼ばれるなんて、ずるいと思う。
熱で弱って。
眠ったまま。
何も飾らない声で。
ルイは迷ったあと、かなり小さな声で返した。
「いるぞ」
その瞬間だった。
タイキの手が、布団の上からふっと持ち上がる。
宙を探るみたいに。
何かを探しているみたいに。
指先が、空いた空間をゆっくりとさまよう。
その様子があまりにも無防備で。
あまりにも、子どもみたいで。
ルイは一瞬、息を止めた。
「……おい」
タイキは目を閉じたまま、手だけを探す。
掴むものがないまま、空を切る。
そのたびに眉が少しだけ苦しそうに寄る。
ルイはそこで、自分の手を見た。
膝の上に置いたままの手。
これを伸ばしたら。
握ったら。
それは今まで自分に課してきた線を、少しだけ越えることになる。
触りたいからじゃない。
欲しいからでもない。
でも、触れることには変わりない。
ルイは喉を小さく鳴らした。
「……ずるいだろ、それ」
誰に言うでもなく、ほとんど吐息みたいに呟く。
でも、放っておけるわけがなかった。
探してる。
ちゃんと。
自分を。
ルイはゆっくり手を伸ばした。
勝手に掴むんじゃない。
でも、タイキの探る手が届く位置に、自分の指先をそっと置く。
次の瞬間、タイキの指がそれを捉えた。
ぎゅっ、と。
思っていたよりしっかり。
熱を持った手が、ルイの手を握る。
その感触に、ルイの呼吸が止まる。
タイキはまだ眠ったままだ。
目も閉じている。
でも、その手だけは離す気配がない。
確かめるみたいに一度だけ指先を動かして、それからようやく少し落ち着いたように眉の力が抜ける。
「……っ」
ルイは何も言えなかった。
ルイはベッド脇の椅子に座ったまま、その繋がれた手を見下ろした。
自分の手の中に収まっているはずなのに、掴まれているのは完全にこっちだった。
熱い。
タイキの熱のせいだけじゃない。
自分の体温まで上がっているのがわかる。
「……まじかよ」
小さく漏らす。
タイキは返事なんてしない。
ただ、握ったまま眠っている。
でも、その握り方はどこか切実だった。
無意識だからこそ、ごまかしも遠慮もない。
いてほしい。
離れないでほしい。
たぶん、そういう手だった。
ルイはそこでようやく、空いている方の手で自分の顔を軽く覆いたくなった。
今夜は何もしないって決めていた。
何もいらないって思っていた。
でも、こんなの。
こんなの、何もしないでいられる方が難しい。
握り返したい。
ちゃんと包みたい。
少しでも楽になるように、落ち着くように、そうしてやりたい。
でもその一歩を自分から行くのは違うと、まだどこかで思う。
だからルイは、握り返す代わりに、指先だけをほんの少しだけ動かした。
逃げない、と伝える程度に。
ここにいる、と伝える程度に。
それだけでタイキの呼吸がまた少し深くなる。
本当に、それだけで。
ルイは目を閉じそうになるのを堪えた。
「……いるって言っただろ」
囁くような声で、もう一度そう言う。
タイキは眠ったまま、小さく息を吐いた。
それが返事みたいだった。
しばらく、そのまま時間が止まる。
ベッド脇の椅子。
眠るタイキ。
繋がれた手。
夜の静けさ。
同じ夜。
でも、今までのどの夜とも違う。
欲しいから近づく夜じゃない。
相手を休ませるために、ただ手を貸している夜。
それなのに、今までで一番胸が苦しい。
ルイは自分の手を握るタイキの指を、じっと見つめた。
そういえば、こんなふうにタイキの方から求められたのは初めてかもしれない、とふと思う。
起きてる時のタイキは、簡単には預けない。
選ぶ。
試す。
見極める。
でも今、眠ったままのタイキは、その全部を飛ばして自分を探して、掴んだ。
そこに意味を見たら、たぶん自分は今夜ちゃんと壊れる。
だからルイは、できるだけ静かな顔のままそこにいた。
ルイはもう一度だけ、ほんの少しだけ指先を動かした。
逃げない。
離れない。
朝までここにいる。
その全部を、手の中へ置くみたいに。
タイキはそれに応えるみたいに、さらに少しだけ握る力を強めた。
ほんの一瞬。
でも確かに。
それだけでルイは、今夜はもう眠れないだろうなと悟った。
それでもよかった。
こんなふうに求められる夜なら。
こんなふうに、相手が無意識のまま自分を探す夜なら。
起きてるままでいい、と本気で思った。
タイキの手を握られたまま、ルイはしばらく動けなかった。
寝室の灯りは小さくて、夜はもうだいぶ深い。
窓の外の気配も薄くなって、部屋の中にはタイキの呼吸と、エアコンの小さな音だけが残っていた。
熱を持った手。
でもさっきより少しだけ落ち着いた体温。
その手が、自分の手を離さない。
ルイはベッド脇の椅子に座ったまま、何度か小さく息を吐いた。
眠れるわけがないと思っていた。
こんな状態で。
タイキに手を握られたままで。
しかも、それが無意識だからこそ余計に。
でも、夜は長かった。
起きていようと思っていても、静かな呼吸を聞いていると、自分の身体の力まで少しずつ抜けていく。
緊張で張っていた肩。
気を張り続けていた目。
ずっと起きていた意識。
全部が、じわじわと落ちていく。
ルイは空いている方の手で一度だけ目元を押さえた。
それから、握られている手を起こさないように少しだけ位置を変える。
椅子をベッドへ寄せる。
膝がベッドの縁に当たるくらいまで近づいて。
上体だけを静かにベッドの脇へ預けた。
顔を伏せるみたいに。
でも、タイキの手は離さないまま。
この体勢なら、もしタイキがまた起きてもすぐ気づける。
そう思ったのが最後の理性だった。
ルイは薄く目を閉じる。
タイキの手が、まだ自分の手を握っている。
ときどき少しだけ力が入って、また緩む。
そのたびに胸の奥が小さく鳴る。
「……ほんと、ずるい」
誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
でも、その声のあとにはもう何も続かなかった。
タイキの呼吸が深くなっていく。
その一定のリズムが、夜の静けさと重なって。
ルイの意識も少しずつ、そっちへ引っ張られていく。
眠るつもりなんてなかった。
朝まで起きているつもりだった。
それでも、気づけばルイはそのまま、椅子に座った体勢のまま眠っていた。
上体だけをベッドに伏せて。
片手は、タイキに握られたままで。
⸻
朝は、思っていたより静かに来た。
カーテンの隙間から、やわらかい朝の光が差し込む。
夜の熱を少しずつ薄めていくみたいな、淡い色。
最初に目を覚ましたのはタイキだった。
まぶたをゆっくり開ける。
熱はまだ少し残っているけれど、昨夜みたいな重さはない。
頭も、少しだけ軽い。
「……ん」
小さく息が漏れる。
見慣れた自分の部屋。
天井。
壁。
窓からの光。
そこまで認識してから、右手に何か温かい感触が残っていることに気づく。
視線を落とす。
自分の手が、誰かの手を握ったままだった。
一瞬、思考が止まる。
それからゆっくり、ベッドの脇へ視線を動かす。
ルイがいた。
ベッド脇の椅子に座ったまま。
上体だけをベッドへ伏せるように預けて。
その不自然な体勢のまま、眠っている。
片手は、自分に握られたまま。
タイキはそこで、完全に目が覚めた。
「……は」
声にならない息が漏れる。
ルイの髪は少しだけ乱れていて、普段みたいに完璧に整っていない。
寝ているせいで表情も無防備だ。
目の下に少しだけ疲れが残っていて、首もたぶん痛くなるような角度で眠っている。
椅子に座ったまま、一晩。
たぶん、ずっとこうしていた。
タイキはその姿を見たまま、しばらく動けなかった。
昨夜のことが少しずつ戻ってくる。
熱。
薬。
粥。
「朝までいる」と言った声。
それから――寝言でルイを呼んだことまでは、ぼんやりとしか覚えていない。
「……まじかよ」
小さく呟く。
ルイは起きない。
眠りが浅そうな顔なのに、それでも起きないということは、それだけちゃんと疲れていたんだと思う。
タイキは握ったままの手に、少しだけ視線を落とした。
ルイの手は大きい。
骨ばっていて、男の手だ。
でも今は、その手のひらの温度が妙にやさしい。
自分のために、こうして一晩いた。
しかも、ベッドにも上がらず。
近くにいながら、勝手に楽な方を選ばず。
必要な距離だけを守って。
そこまで考えて、タイキの喉が小さく鳴る。
昨夜のルイの言葉が、不意に思い出される。
今夜はお前休ませるためにいる。
それ以外、いらない。
タイキはほんの少しだけ目を伏せた。
ずるいと思う。
あんなふうに言って、本当にその通りにするのが。
口だけじゃなくて、こうして身体ごと証明してくるのが。
前なら、同じ夜でも全然違った。
ルイの欲しいように始まって、ルイの欲しいように終わる夜だった。
でも今は違う。
自分が熱を出して、眠っている間も。
ルイは何もしないで、ただそこにいた。
それが、こんなに刺さるなんて思わなかった。
タイキはルイの寝顔をもう一度見る。
ベッドに伏せたままの姿勢。
苦しくないわけがない。
起きたら絶対に首が痛い。
それなのに、ちゃんと自分の手は離していない。
その不器用さが、やけにルイらしくて。
でも同時に、今のルイじゃなきゃしないことでもあった。
タイキは、握ったままの手にほんの少しだけ指を動かした。
反射みたいに、ルイの指先がわずかに応える。
眠っているのに、ちゃんと返してくるみたいで。
タイキはそこで、思わず少しだけ口元を緩めた。
「……寝てんのに、何だよ」
小さくそう言ってから、自分でも驚くくらい声がやわらかくなっていることに気づく。
ルイはまだ起きない。
朝の光の中で見るルイは、夜よりずっと無防備だった。
それなのに、変な隙はない。
ただ、昨夜ずっと自分のために起きていたんだという痕跡だけが、静かにそこにある。
タイキはその姿を見ながら、胸の奥がじわっと満たされるのを感じていた。
熱のせいだけじゃない。
まだ頭は少し重い。
でも、それとは別に、何かがやわらかくあたたかい。
このままもう少しだけ、起こさずに見ていたいと思う。
でも同時に、こんな体勢で寝かせたままにもできない。
タイキは少しだけ迷ってから、小さな声で呼んだ。
「……ルイ」
返事はない。
もう一度。
「ルイ」
それでもすぐには起きない。
タイキはそこで、握ったままの手にほんの少しだけ力を込めた。
するとようやく、ルイの眉がわずかに動く。
伏せていた顔が少しだけ上がる気配。
タイキはその瞬間、なぜか自分の胸まで少し速く鳴るのを感じていた。
ふたりの朝は、たぶんここから始まる。
コメント
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ああもう、この回やばかった……。タイキが熱出して弱ってるのにずっと「平気」って強がるの、めっちゃ刺さった。でもそれ以上にルイの変化がエグい。「欲しくて触るんじゃなくて、楽にさせたくて触る」って切り替わってるの、前の関係を知ってるからこそ胸にくる。無意識に手を探すタイキの指がルイを見つけて離さなかった場面、完全に持ってかれたわ。朝、伏せたまま寝てるルイの不器用さが愛しすぎる…。 最高のシリアス回、ありがとうございます🔥