テラーノベル
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弦は、しばらく無言で食べ続けた。
箸を持つ手は震えている。
涙は止まらない。
それでも、口は止めなかった。
——もぐ、もぐ。
噛むたびに、胸の奥がきしむ。
温かい飯が、喉を通るたびに、何かが引きずり出される。
「……」
英二郎なら、もう一言あったはずだ。
「ちゃんと噛め」
「詰め込みすぎ」
少し呆れたようで、でも必ず隣にいる声。
弦は、箸を握りしめた。
「……いない、な……」
独り言みたいに落ちた声は、誰にも向けていない。
けれど、部屋にいる全員が聞いた。
伊作は、何も言わずに湯呑みを弦の近くへ寄せた。
手が届く位置。
無理に渡さない。
弦は気づいて、少し間を置いてから湯呑みに手を伸ばす。
一口、飲む。
「……っ」
喉が熱くなって、また涙が溢れる。
それでも、飲む。
逃げない。
留三郎は、弦の背後に座ったまま動かない。
見守るというより、
“崩れたら受け止める位置”にいるだけだ。
小平太は腕を組んだまま、視線を逸らしている。
見ていられないのに、
見ないわけにもいかなくて。
文次郎と仙蔵は、ただ静かにそこにいた。
言葉を出せば、弦の手が止まると分かっているから。
長次は、弦の足元に落ちた涙を、そっと布で拭った。
弦が気づかないくらい、静かに。
「……」
弦は、もう一口、飯を口に運ぶ。
涙で塩辛くなっているはずなのに、
温かさだけは、はっきり分かった。
「……英二郎、さ」
誰に話すでもなく、弦は呟く。
「……俺が食うの、好きだったよな」
声が、少しだけ、昨日より落ち着いていた。
返事はない。
それでも、弦は箸を置かなかった。
泣きながら。
詰め込みながら。
朝の時間が、少しずつ進んでいく。
誰も、終わらせようとしない。
誰も、先を促さない。
ただ、
弦が“今”をやり過ごすのを、
同じ部屋で見届けている。
それだけだった。
弦は、最後の一口を無理やり口に押し込んで、箸を置いた。
指先が、力を失って畳に落ちる。
「……っ」
喉が鳴って、思わず俯く。
こぼれきれなかった涙が、ぽたっと膳の端に落ちた。
食べ終わった達成感なんて、ない。
満たされた感覚も、ない。
ただ——
何かを、無理やり体に入れたという事実だけが残った。
「……ごちそう、さま……」
習慣みたいに口を動かした瞬間、
弦の顔が歪む。
——いつもなら。
「はいはい水も飲めよ」
「ほんと、お前は美味しそうに食べるな」
英二郎の声が、当たり前のように被さってくるはずだった。
膳を引き寄せる音も、
箸を置く音も、
隣にあったはずの体温も。
「……っ、……」
弦は耐えきれず、両手で顔を覆った。
嗚咽は出ない。
声も出ない。
ただ、肩が小さく揺れる。
伊作が、そっと膳を下げる。
何も言わない。
音も立てない。
留三郎は、弦の背後に座ったまま、
さっきより少し近づいた。
触れない距離。
でも、逃げ場のない距離。
弦は、手の隙間からぽつりと零す。
「……俺さ……」
声は、弱々しい。
「……英二郎がいなくなってから……
……食ってる時も、寝る時も……」
言葉が切れる。
「……ずっと……
……呼んでた……」
答えが返らないと分かっていても。
呼ばずにはいられなかった。
部屋の空気が、重く沈む。
文次郎は、視線を落としたまま言った。
「……呼んでいい」
短い一言。
慰めでも、許可でもない。
ただの事実みたいに。
仙蔵も、続けて低く言う。
「止める理由は、ない」
弦は、ゆっくりと顔を上げた。
目は赤く、腫れている。
それでも、視線は逃げなかった。
「……英二郎……」
今度は、はっきりと。
名前を呼んだ瞬間、
胸の奥が、またひどく痛んだ。
それでも、崩れ落ちはしなかった。
泣きもしなかった。
ただ、そこに座って、
名前を呼んで、
息をしている。
六年生たちは、
その姿を見て、何も言えなくなった。
立ち直っていない。
前を向いてもいない。
それでも弦は、
食べて、呼んで、ここにいる。
それだけでいいんだ。
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