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「で・・・でも、もう遅いし、車で送りましょうか? 」
車のキーを持って彼の後に続く、すると彼がいきなりこっちを振り向いたので、思わず私は距離をとるために後ずさった
彼の口もとにゆっくりとした笑みが広がった、一瞬私は息をするのを忘れそうになった
彼はブラックのシャツの第二ボタンまで外しているので、若い彼の色白の肌が滑らかに覗いた
その時信じられない想像が頭を駆け巡った
―この人の体を触ってみたら、どんな感覚がするのだろう―
実際彼も興味深く私を見つめていた
「・・・大丈夫です・・・ここから家はめちゃめちゃ近いです・・・ 」
「え?そうなの?」
「はい・・・・実は・・・このマンションの一番左端です」
「ええ?ならもっと早く言ってくれればいいのに、私達・・・同じマンションに住んでるの?」
私は目をしばたき、反射的に答えた彼が形の良い口を少し開いてにっこり笑った
「すいません、カレーライスがあまりに美味しくて何もかもふっ飛んでしまってました、申し遅れました。僕・・・・稲垣柚彦(いながきゆずひこ)って言います・・」
「柚彦・・・」
私は不安になりながらも笑みを浮かべた、すると彼が赤くなってほっぺを膨らませた
「あ~・・・今ヘンな名前だと思ったでしょ?これだから自己紹介するのいやなんです 」
彼は片手で顔をおおった照れて困っている
「あら、そんなこと思っていないわ、古風だけど素敵なお名前じゃない 」
私は神経質に笑いながら言った
「・・・本当にそう思う?」
彼はとても恥ずかしそうにして、照れているのか目を合わそうとしない、さっきまでカレーを食べてた勢いの彼とはまったく違い、私は意外にもクスクス笑った
「さぁさぁ、同じマンションなら送らなくてもいいわよね、今日は私もうクタクタなの・・・ 」
女性の一人暮らしにはとんでもなく遅い時間に、お邪魔していることを今この瞬間に悟ったように彼はビクッとして何度もペコペコお礼をしてそそくさと帰って行った
ガチャリとオートロックに合わせて二重ロックを内側からかけてそこで初めて安堵のため息をもらした
よかった・・・人を轢いたわけじゃなかったんだ・・・
思えば離婚して初めて面と向かって、男性と二人きりになったのかもしれない
そう思って背筋を伸ばすと俊哉に以前踏みつけられた背骨のあたりに痛みが走った
傷はもう完全に癒えているはずなのに古傷がうずく
途端に大きな音でインターフォンが鳴った、私は玄関で飛び上がった
画面をのぞくとさっきの彼だった
たしか・・・・柚彦君といったっけ・・・
「ハイ?」
思わずぶっきらぼうな声が出た
「あ・・・あの・・・僕・・・お名前を伺っていなかったので・・・その・・・ 」
あら・・・・そういえば、表札には何も書いていなかったっけ・・・・
インターフォン越しにキチンと両手を前にあわせ、真面目くさった表情の彼を見て、なんの悪意もない彼の雰囲気を頭から疑ってかかっている自分の感情が少しおかしかった
いくら俊哉とのことがあったからと言っても・・・もう少し私も強くならなきゃ・・・・
「鈴子よ・・・櫻崎鈴子・・ 」
私は言った
「実は私も古風な名前なの」